第一話 知らない場所
もう体の痛みがない。慢性的な頭痛や目の奥の痛みも、全く。快適そのもの。健康な人ってこんなに体が楽なんだ。でも、どうして……。
あぁ、そうか、天国か。自分は死んで天国に来たんだ。
ゆっくりと目を開ける。
目に入ったのは雨漏りの跡が沢山ある木の天井だった。
……天国ってぼろ小屋みたいなところなんだ。
「くっさ……」
体を起こしてみると、カサカサと乾いた草の擦れるような音がした。
シーツをめくってみると、草を乾いた茶色い紐で束ねたものがきちんと整列させてある。草でふかふかにしたものの上にシーツを敷いたベッドのようだ。昔お母さんが見せてくれたアニメのハイジって子のベッドみたい。
……天国って、アルプスにあるの?
清潔で真っ白な部屋にずっと居た私には異様な景色だ。
私はベッドから降りてみようと足を下ろす。少し固そうな薄茶色の靴が置いてあったので、それを履く。小さなぼろ古屋には台所やベッド、服が2枚。最低限のものしかない。服もあんまり見たことのないようなタイプの服だ。丈の長いワンピースで生地も少し固めの少し黄ばんだ白。
私はそのワンピースを着て、古屋から出ようと扉に手をかけた。
この扉を開いたら、きっと白い雲の上みたいな美しい天国が広がっているのだろう。
死んだらどうなるのか聞いた時、お母さんが天国の絵本を見せてくれた事があった。私みたいな頑張り屋さんも、お母さんもきっと天国に行けるって。きっとそんな天国が扉を開いたら広がっているのだろう。
私は扉を開いた、薄暗い古屋から眩しい光が降り注ぎ、あまりの眩しさに目を閉じる。光に慣れてきたところで、ゆっくりと目を開いた。
「ん? どこ、ここ」
扉を開いたら空の上でも雲の上でもない。
でこぼことした道と草原、ぽつんぽつんと少し遠くに同じような古屋があるだけの、のどかな田舎の風景が広がっていた。
予想と違った事。それに、全く知らない場所に居る事。何が起こっているのかわからず、呆然と立ち尽くしていると、急に声が掛けられた。
「あら、光。おはよう。今日は少しお寝坊さんね」
自分と同じような格好をした恰幅の良い女性が私に話しかけた。
私の名前も知っている……。もしかして、この人が天国の案内人なのだろうか。
「あの、すみません。天使さんですか?」
私がそう言うと、女性はきょとんとした顔をした後に、体を少し反らせる程大きな声で笑った。
「あっはっは、そんなこと亭主にも言われた事ないよ。どうしたんだい、今日は」
何やら自分は変な事を言ってしまったようだ。
「あ、いえ。なんでもないです」
これ以上墓穴を掘る前に話を切り上げよう。
それにしても、ここはじゃあどこなんだろう。私がきょろきょろと周りを見回していると、ちょうど荷馬車を引いた男性が通りかかった。
男性はくたびれた声で尋ねてくる。
「すいません、ここはどこの村ですか?」
「ココカラ村だよ」
「あぁ、まだそんなところか……。ありがとうございます」
「ご苦労様です」
男性はおばさんから返答を聞いて更に疲れたような顔をした後に、帽子を上げて軽く会釈した後、大きなため息をつきながら馬をパシリと叩き、再度出発した。
男性が見えなくなったところで、おばさんもその荷馬車の後ろ姿を見ながら大きくため息をつく。
「大変だねぇ、きっとありゃハジマリ村から来た人だよ。最近また首都の近くの村が襲われたから、こんな辺鄙なところから物資を首都に送らないといけないんだ。まったく、なんで魔王なんてもんは復活しちゃうんだろうねぇ」
「魔王……?」
「今日の光は本当に様子がおかしいね。魔王が復活したろ? 最近。すごいニュースになったじゃないか。魔物も増えてきたし、あんたもぼんやりしてると襲われちまうよ。気を付けなさいね」
「あぁ、はい。ありがとうございます」
私がそう言うと、おばさんは首を傾げて私のおでこに手を当てた。
「うーん……熱はないみたいだね。どうしたんだい、具合でも悪いのかい? あ、お腹が空いてるんだろ! 来な、もうすぐ昼ご飯だ。おいで、今日はうちで一緒に食べな」
「あ、大丈夫です! 私自分でなんとか……」
「いいんだよ、子どもは遠慮しないで。ほら、さっさと来なさい。どうせあんたまた食べないで居ようとするんだから、ちゃんと食べるまで見張ってるからね」
おばさんは私を引きずりながら、近くの小屋に行く。美味しそうな匂いがした。
扉を開けると、少しひょろっとした優しそうなおじさんが小屋の中に居て、私を見るなり目を細めて微笑んだ。
「あぁ、光。こんにちは」
「この子ったら今日様子がおかしいんだよ。またきっと何日もご飯を抜いたのさ。目いっぱい食べさせるよ」
「光は元々食が細いんだよ。でも光、食べたくなくても少しでも何か食べないと体に良くないぞ。今日は、おじさん達と一緒に食べよう」
おじさんはそう言うと、私の手を引いて食卓テーブルの椅子に座らせた。
おばさんは皿を取り出して、スープをよそう。テーブルにパンや野菜やスープ、オムレツを並べてくれた。あたたかくて美味しそうな匂いがする。
おじさんもおばさんも席に座り、三人で手を合わせてから食事をいただいた。
優しい味のする美味しいご飯。おじさんもおばさんも沢山笑いかけてくれて、こうやってテーブルでご飯を囲むのも食べるのも久しぶりで、本当にここが天国なのかもしれないと思った。
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