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「うん、完成っと」
数日間部屋にこもって黙々と作業を続けたおかげで、お店納品分の魔石と魔結晶が完成した。
魔石だけならともかく、やっぱり結晶を一つ作るだけでも気力の消耗が激しい。研磨技術が私にあれば良かったけど、それを覚えるよりは神経使って魔法を込めた方が早い気がする。単に面倒とかではない、決して。たぶん。
「……でも、繊細なコントロールは出来るようになってきたかな?」
初めての時よりはコツが掴めてきたから、幾分かはスピードも上がった気がするし。結晶作りのおかげで少しは魔法レベルも上がっただろうか。
「よし、後は伯爵用の納品分ね。今は魔石だけしかないのよね……」
大型結晶の提案はしたけど、器の用意は私には出来ないので伯爵にお願いしてある。入手出来たら連絡が来るみたいだけど、見つからなかった時の為に普通サイズの結晶も複数個用意しておいた方がいいわよね。
期限はまだ数ヶ月あるから問題ないけど、大型結晶が見つかった場合の注入時間を考えると結構ギリギリになりそう……。大きさによっては一、二週間くらい掛かるかもしれないし最悪一ヶ月とかも十分予想出来る。
その辺は伯爵も考えてくれていると信じよう……。
「と、いうか大型結晶見つかった場合はどこで魔法を込めるのかしら……?」
結晶を寄越してくれるの? いや、魔法使いを呼び出して公開作業の可能性も……。
わああ、それ困るわ! 非公開で通しているのに! 正体明かすわけにもいかないし、バレたら困るし。ど、どうしよう……。
大型結晶を提案した私が発言を撤回するのも信用問題になりそうだし。何より、涙まで見せた伯爵の期待を裏切ってしまうのはとても心苦しい。
「はあ……」
今うろたえても仕方ないわよね、ひとまず休憩しよう。そろそろお昼時だし、適当に何か作ろうかしら。
あ、でも食材少なかったんだった。夕飯の分までなかったはずだから村まで買いに行かなきゃ。
そんなことを考えながら部屋を出ると、ディーネだけの姿があった。
「あら、クロード様は? 鍛練?」
「ううん、村までおつかいー」
「おつかい……?」
「暇そうだったから、食材買いに行ってもらった。レイラも作業で疲れてるのに買いに行くの大変でしょ?」
ディーネ……その気遣いは有難いのだけど、騎士様をパシリに使わないでちょうだい……。
事前に書いておいた買い物リストはなくなってるから、ちゃんと持ってくれたみたいだけど。一応監視役なんだから、クロード様も断ってくれていいのに。
「あ、帰ってきたかも。でも一人じゃないっぽい」
「え?」
どういうこと、と聞く前にドアが開いて買い物袋を片手に持ったクロード様が入ってくる。そして、私に気付くと何かを伝えるように視線を後ろに向けた。
「……レイラに客だ」
「私に?」
一旦ドアを閉め、袋をテーブルに置きながらクロード様は複雑な表情を浮かべる。
「リオルド・ハーヴィスのことでお前に話があるそうだ。村の食堂にいたが、村人に聞かれるのも面倒だと思って連れてきてしまった」
「ハーヴィス卿の……? 本人ではないですよね」
「女性だ。執事と護衛もいるが……どうする?」
執事と護衛を伴った女性のお客さん?
誰だか見当もつかないけど、ハーヴィス卿の話なら確かに込み入った内容かもしれない。知らない人を入れるのはちょっと躊躇うけど、クロード様とディーネもいるし追い返すのも何なので私は渋々ながら頷いた。
クロード様がドアを開けて応対すると、程なくして二人の男女が中に入ってきた。
最初に入った執事さんは立派な白髪を後ろに撫で付けた老齢の男性。背筋を正し、紳士的な佇まいが長年のキャリアを窺わせる。次に入ってきた女性は私と同じくらいの年頃で、柔らかいミルクティーのような淡い髪色をした華奢で大人しそうな、いかにも箱入り娘といった可愛らしい子だ。
護衛の人はいなかったから、外で待機させてあるみたいね。狭いから気を使われたのかも。
女性は珍しそうに中を見回した後、私に目を向けると少し寂しそうに眉を下げた。次いでドレススカートを軽くつまんで優雅に挨拶する。
「初めまして。わたくし、ローグ子爵の娘、サーシャ・マリアスと申します」
「初めまして、レイラです。こちらは弟のディーネです」
ディーネと一緒に挨拶を返すと、彼女は顔を上げて思いきった様子で口を開いた。
「初対面にも関わらず、突然の訪問を謝罪します。どうしても直接お訊ねしたくて、失礼を承知で参りました」
「と、言いますと……?」
「レイラ様……レイラ様は、リオルド様をどう思っているのでしょう!?」
「えっ?」
リオルドって……もちろんハーヴィス卿のことよね。どう思っているとは、どういうことだろう?
意味がわからず首を傾げたまま固まる私に、執事さんが軽く咳払いした。
「……お嬢様、順を追ってお話するべきかと」
「あ……そ、そうですね。申し訳ありません、レイラ様……」
「いえ。あの、狭いところですが立ち話も何ですのでこちらへどうぞ」
「お気遣い頂きありがとうございます」
ソファへ促し、サーシャさんが落ち着く間に手早く紅茶を淹れる。シヴィアで自分へのご褒美用に高級茶葉を買っておいて良かったわ……。お高い物だから使えなくて隅に追いやってたティーセットも役に立つ日が来るなんて。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます……」
緊張しているのか、ぎこちなくティーカップを持って一口。直後に驚いたように目を開いてまた一口二口と飲み進めた。
「美味しい……これ、どこのお店で?」
「商業都市の専門店です」
「……帰りに寄ってみます」
使用は高級茶葉だけど、お湯はディーネの美味しいお水を沸かせたものだから王宮御用達以上に美味しい自信があるわ。
ご令嬢に褒めてもらえると嬉しいわね、隣でどや顔しているディーネに感謝だわ。
執事のカルディさんも感嘆の声を洩らすのを聞きながらサーシャさんの向かいに座ると、カップを置いた彼女は悲しげに視線を落とした。
「わたくし、ユウェル様とリオルド様の幼馴染みなんです。二人は妹のように接してくれていて……わたくしも兄のように慕っていました」
ふむふむ。幼馴染みかあ……でも、祈祷祭では見なかったわね。そんなに仲が良かったらパーティーにいてもおかしくないはずだけど。
「先日、リオルド様から結婚の話を聞いて……」
「……ハーヴィス卿が? 結婚? どなたと?」
……嫌な予感がしつつもとりあえず最後まで話を聞こうと冷静さを保ちながら首を傾ける。
けれど、予想通り顔を上げたサーシャさんは涙目で私を睨むように見た。
「誤魔化さないでください! レイラ嬢とは貴女のことでしょう!?」
あー、やりやがったわね。あの弟。
周りに言いふらし始めたってことは、本気で外堀固めようと動き出したんだわ。
隣に座るディーネと後ろに立っているクロード様からも冷たい空気を感じるのは気のせいではないはず。
「えーと、ハーヴィス卿は私と結婚すると? ライネル伯爵もご存知で?」
「どっ、どうしてそんな他人事のように! おっしゃるのですか!」
ポロポロと涙を溢しながら渡されたハンカチで拭うけど、それでも隙間からこぼれ落ちていく。
目の前で泣かれて普通は慌てるのだけど、今だけは怒りと困惑が混ざって慰める余裕もなかった。
けど、私と彼女のためにも誤解は解いておかないと。
「……ミス、マリアス。私はハーヴィス卿と結婚するつもりはありませんよ」
「……ふえ?」
「それは彼が言ってるだけです。私はきちんとお断りしました」
これで泣き止んでくれるかなと思ったけど、短い沈黙の後でサーシャさんはまた涙を溢れさせるとわっと泣き出した。
「それでは、リオルドが一方的に貴女を愛していて強引にでも自分のものにしようと躍起になっているってことではないですかー!!」
いや、後者はともかく前者は違うのよね……。
ああ、どうしよう。手がつけられない泣きっぷりだわ。
でも、何だろう。妙に冷静に見れているのは。号泣している女の子が目の前にいるのに、私にあらぬ疑いが掛かっているのに、冷静通り越してとても穏やかな気持ちだわ。
これは、きっと……。
「……ミス、マリアスはハーヴィス卿を異性として慕っているのですね」
「っ……!」
自然と出た言葉にサーシャさんがピタッと泣き止む。ハンカチの隙間から真っ赤な目を向けた彼女は、耳まで赤くしてうつむいてしまった。
「ど、どうして……」
……むしろわからないと思ったのかしら? 様付け忘れて呼び捨てにした時点でバレバレだけども。無自覚?
そんなあからさまな反応したら恋事にぶにぶのクロード様だってわかるわ。本来なら人の恋路にあまり首は突っ込みたくないのだけど。ラナさんの時は陰ながら応援しようと傍観していたけど、今回はそうもいかなそう……。
「誤解があるようなので訂正させてもらいますが、彼は私に愛のない結婚を前提として求婚されました」
「え、え?」
「ハーヴィス卿は私自身を愛してなどいませんよ。もちろん、私もです」
「ど、どういうことです……?」
涙はすっかり引っ込んで、代わりに困惑を隠せず疑問符がサーシャさんの頭上を駆け巡ってる。
どういうことかの真意はわからないけど、理由は断言されているから答えられる。でも、それは私の立場も関係しているから軽々に話していいのか憚られてしまうのだ。
「……ごめんなさい。こちらの都合で詳しくはお話出来ません」
「え……」
不満そうに見られるのは仕方ない。けれど、今の私が伝えられるのはこれだけだ。彼女ではきっと理解してもらえないであろうと、後ろに立つカルディさんに視線を向けると察してくれたのか、彼は軽く瞼を閉じて小さく頭を下げた。
「お嬢様、これ以上は。そろそろ戻りましょう」
「ま、待って! 話はまだ……」
「ごきげんよう。ミス、マリアス」
そう伝えると、彼女は私を見て一瞬固まったのがわかった。すぐに我に返って諦めた様子で立ち上がると、令嬢らしく優雅に一礼する。
「わかりました。……あと、わたくしのことはサーシャとお呼びください」
「……では、お言葉に甘えて」
「それではレイラ様、失礼致します」
「お気をつけて」
外へ出て馬車が去っていくのを見送った後、姿がなくなったのを確認して長いため息をつく。
貴族のご令嬢と対面して話すなんて久しぶりすぎて疲れたわ……。一応平民スタイルで失礼はないように振る舞ったつもりだけど、大丈夫だったかしら。
そんなことを考えていると、ふとクロード様の視線に気付いて顔を向ける。




