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「……どうしました?」
「いや、以前と変わらないところもあるなと思って」
「変わらないところ……?」
「長年培った侯爵令嬢の威厳は伊達ではないということだ」
え、私偉そうな態度をしてしまったの? どうしよう、そういえばサーシャさん、一瞬固まったわよね。令嬢相手だから無意識に戦闘モードになってしまったのかしら……! 前のレイラは笑顔を浮かべながら、どんな令嬢に対しても常時敵対心を抱いていたもの。
後で無礼を働いたとか怒られないといいけど……。うう、やっぱり貴族と関わるとろくなことがない……!
あとは、あのベテラン執事さんが私の意図を汲んでいてくれているかどうかに掛かっているわね。サーシャさん、ハーヴィス卿の真意を暴く為にも頑張ってくださいね。
「それにしてもハーヴィス卿……どうしたものでしょう」
「そうだな、簡単には諦めそうにはないと思っていたが公に動き出してきたとなると……厄介だな」
「思惑があるのは確かですが、魔法使いの子どもが欲しいという理由がよくわかりませんね。次男とはいえ伯爵家であれば爵位も十分なはずですし……」
やっぱりもっと上の爵位を狙っているのかしら。リディオントでは貴族の魔法使いは希少だし、子どもを利用して王族や上位貴族に取り入るつもり?
でも……何だろう。うまく言えないけど、何かが違う気がする。
うーん、と首を捻っていると後ろでクロード様らしからぬ舌打ちが聞こえた。思わず振り返ると、怖い顔で遠くを見ている。
「よりにもよって子ども……これだから貴族の男に会わせたくなかったんだ……!」
「クロード様……?」
何だか独り言を呟いているようだけど、目が怖いわ。口振りからハーヴィス卿のことよね。
ま、立場的にも他国の貴族との婚姻は良く思わないし順序すっ飛ばして子どもなんて論外よね。相手が魔法使いでも、ルミナート側からしたら他国に嫁がせる時点でアウトだろうし。婿に来るなら歓迎されそうだけど、今の私は平民ですし?
……今はそんなこと考えても仕方ないか。問題は彼の企みよね。
何かを隠している? 幼馴染みのサーシャさんにも誰にも言えない、大きな何か……。それが私への求婚へと直結しているなら調査したいところだけど、残念ながら私にそんな探偵みたいな真似事は出来ない。
……探偵みたいな……探偵?
あら、私その職業に似たようなことしてる人を知っていたわ。
貴族の粗捜しが好きな、趣味と実益を兼ねた奇特な人が。
「炎青さん……」
「え?」
「ハーヴィス卿が何を企んでいるのか、何をするつもりなのか。炎青さんに依頼して調べてもらいましょう」
「そうか……サラムを伴って伯爵邸の近くにいたならあの辺りの地理も我々よりは詳しいはずだ。諜報活動もこなせるようだし、頼れるとしたら彼だけしかいないな」
私の提案にクロード様も頷き、早速依頼をしにシヴィア行きを検討する。
その思考が伝わったのかディーネが私を見ながら口を開いた。
「わざわざ行かなくて大丈夫だよ」
「え?」
「この間、炎青に注文した調味料がそろそろ届く頃だし」
確かに、お醤油や味噌、お米とかを定期購入契約して近々届く予定だけど。
それがどうしたのだろう、と疑問に思って――数日後、その答えがわかった。
「よお」
早朝にドアがノックされて開けると、壁みたいな胸元があって短い声が頭上から降ってきた。
見上げると、肩に木箱を乗せたサラムさんと目が合う。相変わらず迫力のある体格と顔つきだわ。
隣の肩には鈴ちゃんがちょこんと座っていた。
「サラムさんに鈴ちゃんまで……。いらっしゃい」
「こ、こんにゃ、ちは……」
指定した場所に木箱を置くサラムさんから飛び降り、鈴ちゃんはクロード様を見るとそわそわしながら私に寄り添って服を軽く掴む。この様子だと、まだクロード様には慣れてなさそう。
珍しそうに家の中を見回していた鈴ちゃんは、忙しなく耳や鼻をピクピクさせた。
「おねえちゃんの、におい……いっぱい、する……」
「こいつの家だからな」
呆れた様子で安定のツッコミを入れるサラムさんに代金の支払いをしていると、私のお財布を見て鈴ちゃんの大きな目が更に開いて尻尾がピンと立った。その後で左右に揺れたので、どうしたのかと思っていると気付いたサラムさんが財布を指す。
「財布に付けてる飾り。前に鈴があげたやつだろ」
「え? ええ、そうです」
私としては普段から使ってるから今?と思ったけど、考えてみたら鈴ちゃんの前でお財布を出すのはこれが初めてだ。私、炎青さんにご飯代払っていなかったものね……。
せっかくの綺麗な飾りだし、大事にしまっておくことも考えたけどそれでは勿体ないし、だったら大事な物に付けることで飾りも大切に使えるだろうと思ってお財布に付けたのだ。
私も魔石を作る側として、調度品扱いの魔石を愛でてもらうよりは使って喜んでもらえる方が嬉しい側なのよね。もちろん大事に飾ってもらえるのも嬉しくないわけではないのだけど……これ、前世の感覚が庶民で貧乏性なのが影響してるわよね。
鈴ちゃんの反応を見る限り、赤面しながらものすごく尻尾が揺れてるから使用して正解だったみたいで良かった。自分が作ったものが使われるって嬉しいものね。
「それにしても、まさかサラムさんが届けてくれるとは思ってませんでした」
「荷馬車の手配は時間と手間と金が掛かるからな。途中事故って壊されたりしたら腹立つし」
「なるほど……」
不慮の事故や野盗に襲われて荷物が奪われるケースもあり得なくはない。そういう意味の保険を考えてもサラムさん自身が届けてくれるなら、安全性もスピードもこれ以上信用できる人材はないわ。
口は悪くても荷物の扱いは丁寧だし、何だかんだで紳士的なのよね。言ったら怒られそうだから言わないけど。
「……」
でも、伝わってしまったようで無言で睨まれてしまった。とても不服そうだけど、それを口にしないのは思うことは自由なので怒られる謂れはないとわかっているからよね。
と、それはさておきサラムさんが直接来てくれたのは有り難いわ。
鈴ちゃんにジュースを渡し、サラムさんにも何か飲み物をと思ったけど飲み物も椅子も不要と断られてしまった。そういえば、サラムさんが座ったりしてるの見たことないなーと思いつつ話を切り出す。
「あの、サラムさんから炎青さんに伝えてほしいことがあるんです」
「……調べごとか?」
「心を読まないでください……」
私、そんなに思考が駄々漏れなのかしら。もしも変なこと考えていたら筒抜けってことよね。
「読んでねえ。そろそろ言う頃だと思ってたからな」
「えっ?」
「リオルド・ハーヴィスの件だろ。この間子爵令嬢が押し掛けてきたようだし、大方奴がお前に求婚した真意を探ってほしいとかじゃねぇの?」
そこまで知っていたことに私もクロード様も驚きを隠せず、思わず声が洩れる。
「調べていたのか?」
「つーか、成り行きだな。……魔獣使いの雑魚野郎以前から、こいつの調査はしていたからな」
「それは……」
「炎青の胸くそ悪い趣味だ」
……そっか、炎青さんは小説の知識で追放されたレイラ・ルーリエがここに住んでいることを知っていた。小説の登場人物がどうしているか、実際に存在しているとわかれば気になるのも当然だ。私だって第三者の立場だったら本物のキャラクターを遠くからでも見たいと思う。
サラムさんの言う“胸くそ悪い趣味”とはそういう意味だろう。いつ見られていたのかはわからないけど、ディーネのことは知らなかったみたいだから私が来たばかりの頃よね。
クロード様の前で前世の知識なんて言えるはずもないし、私だけが理解できるよう濁して教えてくれるあたり彼の気遣いが伝わる。
「ムカつくから生温い目で見んな」
優しい人を優しい目で見てるだけなのだけど。怒られるのは心外だけど、ものすごくシャイということで済ましておこう。
ふと、隣で頬を膨らませたディーネが嫌そうに呟く。
「ぶぅ……だから他の精霊にレイラを見せるの嫌だったのにー……」
クロード様と似たようなことを言ってる……。
ともかく、本題を進めないと。
「知っていたなら話は早いです。依頼としてお願いできますか?」
「……何にせよ、来月は納品で街に来るだろ? その時でいいから店に来い。話は通しておく」
「わかりました。よろしくお願いします」
空になったカップの横でテーブルに突っ伏していた鈴ちゃんの襟首が掴まれ軽々と持ち上がる。
「鈴ちゃん、またね」
「にゃう、また……」
持ち上がった状態の鈴ちゃんの頬が柔らかそうだったので、思わず指でつつく。お餅のような柔らかさで鈴ちゃんもくすぐったそうに笑ってくれた。
「サラムさんも……あっ」
サラムさんにも挨拶しようとしたのと引っ込めようとした指の位置、サラムさんの顔がこっちに向いたタイミングが絶妙すぎて私の指先がサラムさんの頬に沈む。
場が沈黙し、そのまま固まっていると後ろで見ていたクロード様とディーネが同時に吹き出した。
「笑うな!」
「す、すまない……」
私がサラムさんの頬をつつくなんて絵面、炎青さんが見たら絶対大笑いするわよね。事故とはいえ申し訳ない。
「ごめんなさい……つい」
「帰る!」
「は、はい。お気をつけて」
うーん、怒ってはないだろうけど結局怒鳴られてしまった。
けど、話は出来たし一歩前進ね。ハーヴィス卿の企みが少しでもわかるといいのだけど。




