10
「クロード様、お風呂を使ってください。すぐ沸かしますから」
「い、いや。そこまではいい、大丈夫だ」
「……では、服も濡れてますしせめて乾かすぐらいはさせてください」
風と火魔法を使ってクロード様を包み濡れた身体を乾かす。その間にタオルや雑巾を洗面所へ置いておくと、魔法が解けたクロード様は驚いた表情で私を見ていた。
「どうしました? まだ乾いてませんでした?」
「ち、違う。使い手が離れていても魔法が持続していたから……」
「ああ、でも少しの間だけですから。それくらいなら他の魔法使いも出来るのでは?」
クロード様の視線を受けて首を横に振っていたディーネだけど、私はそれどころではなかったので彼に詰め寄った。
「ディーネ、どうしていきなりあんなことしたの? クロード様も濡れるし、家も汚れるわ」
「だって、ボクもいるのにレイラもクロードも二人の世界に入ってたんだもん」
「そんなこと……」
「のけ者にされたみたいで寂しかったんだもん……」
視線を落としながら唇を尖らせる姿に怒る気も失せて、ディーネを抱きしめる。
込み入った話をしていたからとはいえ、確かにディーネからしたら相手をされないのは寂しいことだったのかもしれない。やり過ぎだけど、そんな風に哀しげに言われたら怒れないわ。
「ごめんね」
「ううん。ボクもごめんなさい」
慰めるように髪を撫でると、ディーネも私の背中に手を回して抱き返した。肩に埋まった顔を横目に見ると、一瞬私の後ろに向けて舌を出しているのが見えた気がしたけど……すぐ笑顔になったから気のせいよね。
ひとしきりディーネを慰めた後で、ふとクロード様のことを思い出し後ろを振り向く。
微妙な顔をして立っていたクロード様は、私を見ると何故か目を泳がせた。
「話の途中にすみませんでした。それで、続きは……」
「あ、ああ。いや……また今度にする」
「? そうですか……」
真剣な話のような気がしたけど、気が削がれたのかもしれない。話すつもりではあるようだし、クロード様が言うまで大人しく待っていよう。
それにしても、クロード様がいられるのもあと半年かあ……。確かに専属の監視だなんて一言も言ってなかったし、重要な戦力を犯罪者一人の為に長く拘束なんてしてられない。交代制度があるのも頷けるわ。
クロード様が言うには、交代までの期間を待たずに脱落する貴族が大半だからここまで長期に監視任務が続くのは珍しいみたいだけど。
ふふん、生活も安定してきたし私はまだまだ平民ライフを満喫するわよ。
気になるのは、やっぱり次の騎士様よね。クロード様も知らないみたいだし、変な人じゃないといいなあ……。ルミナートでの私の評判は知ってるだろうから、嫌われているのは確実でしょうね。
魔石販売も止められたらどうしよう、酷いと問答無用でルミナートに強制送還されてしまうかも。今回はクロード様が真面目に任務をこなすタイプだから良かったけど、そうではない騎士だったら監視任務なんて苦痛なはずだもの。
あ……もう既に不安が……。
「そ、そうだ。あの、ディーネについてはどうしましょう? もう国に報告はされたのでしょうか」
「いや……俺もどうしようかと思っている。犯罪者が精霊使いになったと報告すれば、お前が強制的に戻される可能性も否定出来ない……」
「そ、それは困ります……」
「王族に限らず、精霊研究をしている魔法使いや学者からも目をつけられる。……考えたくはないが、犯罪者ということを利用して非人道的な行為もされかねない」
強制的に魔法使いの子供を量産されるばかりか、ディーネも国益に利用されるかもしれない。その想像はしたくないけれど、ルミナートの裏側を知った今では否定出来ないのも事実だった。
精霊の存在はおとぎ話扱いされてはいるけど、研究者がいないわけではない。考古学や魔法研究に携わる者は精霊や精霊使いに興味を持って調査している者もいるのだ。ただ、魔法国家のルミナートでは重要視されてないので王国の片隅に追いやられてはいるようだけど。
「大丈夫だよ。もしボクやレイラに手を出したら……ね?」
無邪気な笑顔で最後まで言われなかった言葉に、私とクロード様は固唾を飲む。以前だったらからかっているのかと簡単に捉えていたけど、祈祷祭の一件で冗談ではないと身を持って知ってしまったから。
「あ、あの、やっぱり国には内密に……後任の騎士様も秘密にしてもらえるようお願いするしかないのでは」
そうでないと王都が水に沈められかねない。いくら手練れの魔法使いが集まろうと、甚大な被害になるのは容易に想像できる。後任の騎士様もそれを理解してくれれば納得せざるを得ないはず。
精霊を怒らせることほど恐ろしいことはないのだから。
「……そうだな。いつか報告することになっても今はまだ機ではない、慎重に様子を見よう」
「そうですね……」
はあ……まさかクロード様がいなくなるなんて展開は予想していなかったわ。彼がルミナートに戻って幸せになってくれればいいと思っていたはずなのに、いざ期限が設けられると複雑になるのはどうしてだろう……。
後任の騎士様とどう接しようとか、生活に影響が出なければいいとか色々考えることはあるのに。
「どうした?」
「……会えなくなってしまうのですね」
思わず洩らした言葉にクロード様は目を瞬かせ、私も自分の失言に気付いて慌てて口を押さえる。
でも、遅い。思うだけにしようとしたのについ本音が口に出てしまった。
「え……」
「い、いえ、すみません。お仕事ですし仕方ないですものね、忘れてください!」
「レ――」
「さっきのタオル、そのままだったので洗ってきます!」
クロード様の言葉を遮るように両手を叩いて、早口で言いながら洗面所へと逃げ込む。
後ろ手にドアを閉めて、そのままの体勢で私は長いため息をついた。
(だ、ダメだわ……これはダメなやつだわ)
寂しい、なんて。
これは抱いてはいけない感情での意味になっているわ。掛かった魔法が綻び始めて、今まで意識しなかったことに反応を示すようになっている。
それを言葉にしたら、魔法が完全に解けてしまう……そんな気がする。
それはダメ。破滅する未来を知っていて、敢えて進むなんて。だから、この気持ちは無理やりでも抑えないと。
胸に手を当てて、目を閉じて何回か深呼吸して……
「……よし」
胸の奥底で溢れそうな気持ちに蓋をして、見えないように覆い隠して、私はその存在を忘れるようにそっと伏せていた瞼を上げた。




