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 意図せず縮まってしまっているような気がする距離に戸惑いながら、引かれるままついていく。歩調も合わせてくれているし、私に引っ掛かりそうな枝や葉をさりげなく避けてくれている。

 令嬢だった時も護衛してくれていたクロード様はこんな風に紳士的だったのに、当時のレイラはそれが当然だと思って気にもしなかった。

 それどころか大きいから威圧的に見えるとか、荷物持ちにしか役に立たないとか散々なことを言っていた気がする。


 ……あ、思い出したらものすごく申し訳なくなってきた。本当、私って最低。

 早く監視の任務から解放されて、ルミナートで良縁に恵まれるのを願うばかりだわ。現在進行形で私に振り回されて苦労してる分、幸せになってください。


 家に着く頃には日も傾いてきており、クロード様の言うように早めに切り上げてきて正解だった。

 思ったより私の足が限界だったようで、あのまま強行していたら途中で動けなくなっていたかもしれない。

 ルーシアもクロード様を見ると嬉しそうに尾を振って出迎えた。鼻を撫でる姿を見て、ふと自分の右手に視線を落とす。

 クロード様は右手でルーシアの鼻を撫でる一方、左手は私と繋いだままだ。

 いつ離してくれるんだろう。もう家に着いたから大丈夫なんだけど……かといって、助けてもらっておいて私から離すのも失礼な気がする。自然と離れる気配もない。

 目線で訴えてもルーシアを撫でるのに夢中だし。気付いてもらえるように話せばいいのかしら。


「あの、騎士様。今日はありがとうございました」


 話し掛けたことでこっちを向いてくれたけど、何だか微妙な表情をしている気がする。愛馬を撫でている間は話し掛けるな、ということだったのだろうか。

 私だって癒されてるところを邪魔したくはなかったが、アニマルセラピーは村に戻ってからにしてほしい。とにかく今は私の手を離してほしい。

 けれど、返ってきた言葉は予想外の内容だった。


「……その“騎士様”というのはやめてくれないか」

「どうしてですか?」

「村でそんな呼び方をしたら、俺はともかくあんたのことがバレるかもしれないだろう」

「……では、他の方がいる前では名前で呼ばせて頂きます。二人きりの時は、騎士様のままで」

「どうしてだ」


 ムッとしてる。これ、怒ることなの? この人、自分と私の関係性理解してるのかしら。


「私は犯罪者で貴方は監視の騎士です。お互いの立場を弁えるためにも、あまり親しくするのはいかがなものかと思うのですが」


 これ、普通は私が言われる側のセリフだと思うのだけど。

 どうして諭す側になっているのだろう。

 クロード様は黙ったまま私を見下ろしている。睨んでいるようにも見えるけど、私は間違ったことを言ったつもりはないので真っ直ぐ見返した。


「……わかった」

「ご理解頂き、ありがとうございます」


 軽く頭を下げると、そっと手が離れた。

 その後、村に戻るクロード様を見送って家に入ると私の体は自然と一人がけのソファに沈んだ。


 それにしても、クロード様はどうして騎士様呼びを嫌がったのだろう。親しい間柄でもないのだし、普通は名前呼びを嫌がるものではないの?

 クロード様は優しいけど、何を考えてるのか時々わからないわ……。

 それとも、これも私がボロを出すための計算? 私を排除する理由でもみつけたいのかな……眠くて、よくわからなくなってきた……。


 …………

 …………

 ……?

 ドンドンとうるさい……。

 何の音? 乱暴に叩いて……声がする。誰のだろう。


「――い! レイラ!!」


 微睡んだ意識の中で強く名前を呼ばれ、重い瞼を開く。気だるさを覚えながらぼんやりしていると、何かが壊れる音がして、次いで荒い足音が聞こえた。


「レイラ!」

「……クロード、様……?」


 焦った表情で覗き込んできた相手に呟くと、クロード様は安堵のため息をついた。

 脱力する様を見ていた私の頭がようやく動きだし、ソファから体を起こす。


「き、騎士様? どうしてここに?」

「どうしてって……昼前になっても一向に出てこない上に呼び掛けても返事がないから、何かあったのかと……!」

「え……お昼?」


 見ると、窓の外はすっかり明るく日差しが掛かっていた。

 どうやら私は昨日このソファに座った後、そのまま寝入ってしまったらしい。自分で思うよりよっぽど疲れていたみたいだ。


「もしかして、朝からずっと外で待っていてくださってました……?」

「……仕事だからな」

「それは……ごめんなさい……」


 あれ、でもどうして外で待っていてくれたクロード様が家の中にいるのだろう。合鍵はないし、そういえば何か壊れた音が聞こえたような……。

 嫌な予感を覚えつつ、ドアの方を振り向くと……あったはずの扉は無残にも床に倒されていた。


「ち、蝶番を壊しただけだ。古くなっていたし、新しいのを付けてちゃんと直す!」

「そうしてもらえると助かります……」


 とはいえ、壊す原因となったのは私だから責められない。

 そりゃ、呼んでも返事がなかったら何かあったと思うよね。疲れて爆睡してただけなんて情けないにも程がある。


「具合が悪いわけではないな?」

「はい。元気です」

「だが、昨日の疲労が残っているだろう。今日は家で大人しくしているといい」

「そうですね……あのまま外出はさすがに不安なので……」


 倒れたままのドアを見る私にクロード様も罰が悪そうに頭をかくと、急いで外に出ていった。


「村に戻って部品を持ってくる!」

「わかりました」


 私の返事を聞くのもそこそこに、ルーシアの蹄の音が遠ざかっていくのが耳に届いた。

 何だか申し訳ないけど、私にドアを直す技術はないしやってもらえるなら有難い。蝶番が劣化しているのはこの家に来た時からわかっていたから、いつか直さなきゃなーとは思ってたのよね。


 さて、クロード様が戻ってくる前に昨日やれなかったことをやらなきゃ。

 まずはお風呂……と思ったけど、ドアがあの状態じゃ不安だし昨日のお弁当作りで散らかしたままだったキッチンを片付けよう。クロード様に見られてなかったかしら……。


「その前に顔洗おう……」


 思えば寝起きを見られてしまったわけで、普通の女の子だったら目覚めて早々に男の人が目の前にいたら叫んだり恥ずかしがったりするものよね。

 そういう普通の女の子の気持ちが薄れてるって、私はもう恋愛はおろか人と一緒に過ごすことは出来ないのかもしれない。


(まあ、それはそれで仕方ないわよね。幸か不幸か悲しくないし、自業自得だし)


 洗顔で気持ちを引き締めた後、キッチンの片付けをしているとお腹が鳴った。

 昨日のお昼から丸一日何も食べてなかったことを思い出し、簡単な昼食を作ることにした。

 程なくしてルーシアの嘶きと蹄の音が聞こえたかと思うと、急いだ様子のクロード様が道具箱片手に入ってくる。


「おかえりなさい。早かったですね」

「た……だ、いま……」


 どうしてそんなぎこちない返し? と、思ったけどすぐ自分の言葉のせいだとわかった。

 おかえりなさいって、別に同居してるわけでもないのに。でも、一応帰ってきた体だし間違ってもないような? ……まあ、もう口に出しちゃったしいいや。話題を変えよう!


「お昼ごはんを作っているのですが、騎士様も食べていきませんか?」

「いいのか?」

「多めに作ってしまったので、よろしければ」

「……ドアを直した後で頂こう」


 今回もすんなり了承してくれた。

 まあ、今回はドアを直してくれるし(壊しもしたけど)お礼も兼ねてるから食べてくれると嬉しいなーと思ったけど。

 鍋の様子を気にしつつ、ドアがある方に顔を向ける。

 新しい蝶番をつけ直してドアの位置を戻すクロード様の手際の良さに感心して、つい目が釘付けになってしまう。

 やがて修理が終わりドアの開閉を確認したクロード様は、すぐ後ろにいた私に気付くと驚いて後ずさった。


「なっ、いつの間に……!」

「さっきからいましたよ? あとお昼、できました」

「あ、ああ。わかった」


 昼食はパンにチキンとキノコたっぷりのクリームシチューとサラダにしたけど、男の人には足りないメニューかもと作ってから少し後悔した。

 向かいに座ったクロード様の反応を窺うと、しばらく料理を見ていたものの食事前の祈りをすると躊躇いなく口に運んでいく。

 ……私がまだ食べていないのに、もし毒が入っていたらどうするのかと心配になる。そういえば、昨日のサンドイッチも普通に食べてくれたな。

 無用心なのかよほど空腹だったのか、私を信用して……というのは自意識過剰よね。毒耐性でも持っているのかしら?


(そもそも毒なんて入れないけど。まあいいや、私も食べよう)


 両手を組んで祈りを終え、サラダを食べているとふとクロード様と目が合った。

 ……けど、あからさまに視線を逸らされる。


「お口に合いませんでした? 味が薄かったとか……」

「い、いや違う! 味は問題ない……美味しい」

「そうですか? 不味かったら遠慮なく仰ってくださいね。今後の参考にしたいですし」


 まだ料理の感覚は慣れていない。記憶の中では忠実でも、手が追いついていない可能性もあるのだ。調味料の適量が少なかったり多かったりしてしまう時もある。こればかりは場数を踏まないとならないため、まだまだ手探りの段階だ。

 こんな状態で人様に手料理なんてハードルが高いけど、成り行きなので仕方ない。どうかクロード様が不味いのを我慢して食べてくれてるわけではありませんように……。

 そんな祈りを心の中でしていると、またクロード様と目が合った。今度は逸らされなかったけど、複雑な表情にやはり無理して食べていたのかと気持ちが落ち込んだ……気がする。

 

「今のお前は……本当にあのレイラ・ルーリエなのか?」

「え?」


 デジャヴ? 以前のやり取りを思い出して首を傾ける私に、クロード様は何故か悔しげに言葉を続ける。


「これが、今のが本当のレイラならばルミナートでのお前は一体、何だったんだ……? まるで別人じゃないか……!」

「……」

「今のお前であれば、犯罪者なんて汚名も国外追放なんてこともなかっただろうに……!」


 ……私も罪を犯す前に記憶を思い出したら、大人しく過ごすつもりだったけど……手遅れの状態から記憶が戻ってしまったからなあ。

 もしも主人公が現れる前に戻れたなら、私は王子とは……無理としても他の貴族と結婚して幸せになる未来もあったのだろうか。

 けど、後戻りはできないし私は国外追放された犯罪者。殺人未遂と傷害罪は紛れもない事実でその罪は贖わなければならないのだ。

 クロード様は私の変わりようにまだ混乱している。陛下の魔法の影響だと納得してもらえたかと思ったけど、それだけでは説明できない何かを感じてしまっているのだ。

 前世の記憶の話なんて出来ないし信じてもらえないから私に出来ることは少ない。でも、何かを伝えないとこの人にいらない気苦労を背負わせてしまう。


「……私は間違いなく、レイラ・ルーリエですよ」

「だが、今のお前は……!」

「今がどうあれ、私が彼女に対して行った愚行や王子に害をなしたこと、国家反逆の罪を犯したことは事実です」

「愚行とわかっていながら、どうして……」

「裁きを受けてから理解したことです。……嫉妬に駆られた愚かな女はここまでされないと自身の行いを愚行と考えなかった、それだけです」


 私が言葉を続けるのを固い表情のまま聞いていたクロード様は、自分の顔を手で覆うと深いため息をついた。


「そうか……そうだな、お前は王子を愛していた」

「女の嫉妬は怖いですね」

「自分で言うな……」


 他人事のように首を傾けると、クロード様は苦笑して顔を上げた。さっきまでの苦しさは和らいだけど、まだ気持ちは晴れていないようだ。


「今は……どうなんだ?」

「何がです?」

「王子のこと……愛しているのか?」


 その言葉に目を瞬かせ、考えるように視線を上に向けて……うーんと唸る。


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