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自然の力を使う精霊術と魔力を使って行使する魔法。力の根源が違うだけで知らない人が見ればどちらかはわからないだろう。ただ、精霊術は自然界での使用では威力が発揮されるが、街中などの自然が少ない場所では力が劣ると聞く。
そう思うと、やはり場所を問わず行使できる魔法の方が便利ではないだろうか。……当人の魔力量にもよるだろうけど。
そして、精霊は目に見えないだけでどこにでもいると言われている。
自然の中でたまに光る玉のようなものが浮遊していることがあり、それが精霊の眷属ではないかという話が本にあった記憶がある。精霊の記述はあまりないから、私にはその程度の知識しかない。
ルミナートは魔法国家という理由もある。存在するかも曖昧な精霊より、自分で行使できる魔法の方が重視されているのも仕方がない。
精霊を使役できるという意味では召喚にも近いかな? まあ、召喚術なんて精霊以上に存在するのかも不明な悪魔にしか出来ないというし、おとぎ話のようなものなんだけど。
それでも、魔法を使えない人が多く住む地方や自然の多い地域では精霊を守り神として崇めるところが多いみたい。精霊を使役できる人は精霊使いと呼ばれ、神の使いとして敬われるとか。実在しているのかもわからないのに、精霊使いなんて更に眉唾ものだと思うけど。
精霊信仰の概念が薄いルミナート王国でそんな話をしたら、田舎者だと鼻で笑われてしまうでしょうね。
「俺は魔力がないから魔法や精霊に関することの詳細はわからない。村の人から聞いた話だから、気になるなら今度リーゼ村の人に聞いてみるといい」
「そうです――ね!?」
返事をする間に躓き、倒れると思った瞬間に体が浮き上がる。強い力にされるまま引かれ頭上を見上げると、クロード様の顔が間近にあった。
どうやら転びそうなった私を助けてくれたらしい。腹部に腕がまわっているので動けず、彼の胸に全体重を預けている状態になっている。
「大丈夫か? 足は捻ってないな?」
「はい、お陰さまで怪我はありません」
「そうか……」
「……」
離してくれないかなーと視線で訴え、沈黙すると少しして気付いたらしくクロード様は弾けたように離れた。
「っ……!」
あ、顔が赤い。もしかして、照れた?
一応、女の子扱いはしてくれているみたい。
……私は掛けられた魔法の影響のせいか特に何とも思わないんだけどね。普通だったらときめいたり、恥ずかしがったりする状況なんだろうな。
「助けてくれてありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、淡々とした様子の私を見ていたクロード様は何ともいえない表情を浮かべて軽く頭を振った。
「いや、当然のことをしただけだ。……足下には気を付けろ」
「はい」
反応薄いからきっとつまらない奴と思われてるよね。愛想がなくて申し訳ない。
でも、変に距離が縮まるよりかは一定の距離感があった方がお互いの為だと思うし。
だいぶ歩いたところで川の上流に着き、場所の確認がてら休憩することにした。
慣れない道の歩き通しで悲鳴を上げているふくらはぎを揉み、横に置いたバスケットに目を向ける。
(そろそろお昼だけど……どうしよう?)
一応、昼食用に簡単なものを作ってきた。多めに作ってみたけどクロード様が食べるかは五分五分だ。
お腹は空いてるだろうけど、携帯食は持ってるだろうし余計なお世話感は否めない。けど、私が一人で食べてるのもどうなんだろう。
いや、でも差し出して断られたら仕方ないものね。それで私が一人で食べても文句はないわよね。私はお腹空いてるし!
と、いう結論から声を掛けようとすると先に相手から訝しげな声が届いた。
「さっきから考え込んでいるようだが、どうかしたのか?」
おっと、バスケットを見つめたまま固まっていたら向こうから。クロード様も何となく気にはなっていたらしいバスケットを膝に置き、話を切り出した。
「そろそろお昼の時間ですし、お弁当にしませんか?」
「ベントウ……?」
初めて聞く単語に疑問符が散らされる。
そうだ、ルミナートにお弁当文化はなかった。このバスケットも普通は買い物袋の要領で使われているものだものね。
「ええと、お昼ご飯を作って持ってきていたんですが……騎士様もいかがですか?」
どう説明するか迷いながら百聞は一見にしかず、とバスケットを開けてみせる。
ベーコンエッグサンドに焼いたお肉をレタスで挟んだサンドイッチや玉子焼き、タコさんになれなかったウィンナー……練習がてら色々チャレンジしてみて、見た目がまだマシなものを持ってきた。残念なものは私の朝食になったので問題なし。
興味はあるようで覗き込んだクロード様だけど、見せておいて何だかすごく恥ずかしくなってきた……。
「これを、あんたが?」
「ええ。もちろん、無理にとは言いませんが」
ちゃんと断ってもいいですよー、という雰囲気を出したけど、この人なら濁さず嫌なものは嫌だときちんと言ってくれるだろう。
「……では、頂く」
律儀に手を洗った後でそっと伸ばした手は、お肉を挟んだサンドイッチを掴んだ。観察するように見た後、半分が口の中に消える。
……特に考えずに作ったけど、クロード様にはサイズが小さかったかも。二口でなくなってしまった。
咀嚼するのを見つめ、喉に通ったのを確認して目で感想を求めてみる。
「……旨い」
「本当ですか?」
「ああ。肉の味を挟んだ葉が緩和して食べやすくなっている。パンもあるから腹持ちも良さそうだ」
うん、そこまで言われるとむず痒いけど美味しいなら安心。お肉は少し味つけが濃かったかもと思ったから、レタスを挟んでおいて良かった。
他も興味ありそうだったので、どうぞとバスケットを寄せる。
「お口に合ったなら良かったです。見た目はあまりよくありませんが、味見はちゃんとしてますから」
「玉子焼きか。これは初心者が焼くには難しいものじゃないか?」
「これは成功したものなので……」
焦げ目が多いものは既に証拠隠滅済みである。
渡した串で玉子焼きを刺したクロード様は一口で頬張ると、驚いた表情を浮かべた。
「甘いな……」
「あ、すみません。砂糖を少し多めにしたものがあったんです、甘いの苦手でしたか?」
「甘味類は苦手だが、これは久しぶりに食べたから懐かしいと思っただけだ。子供の頃、母が甘い玉子焼きを作ってくれたのを思い出した」
「そうなんですか……」
「他を食べても?」
「はい、どうぞ」
……思ったより食べてくれてる。お腹空いてたんだなあ。
というか、これってデートみたいになってない? 雑貨屋の店主さんでなくても、この状況を見たら恋人だと勘違いされても反論できなくない? まさか犯罪者と監視の関係だなんて誰も思わないよね。
ま、誰も見てないからいっか……。
全部食べられてしまいそうな勢いだったので、私もサンドイッチを食べながらチェックした地図に目を向ける。
香草や料理の添え物になる木の実、スープの出汁に使われるきのこやロウソク代わりに使える光る草などなど……。生活に使えそうなものは道中クロード様が色々教えてくれた。
本当に親切な人なんだと思う。私相手にもこんな風に接してくれるんだから、恋人くらいいそうなものだけど。
「騎士様に婚約者はいらっしゃらないのですか?」
「ぐっ!」
何気なく聞いたらクロード様は口にしていた水を吹き出した。私のいない場所だったから別にいいけど、気管に入ったのかむせている。
収まるのを待って首を傾けると、クロード様は眉を寄せてため息をついた。
「そんなものはいない!」
「ですが、お話くらいは来ているでしょう?」
訊ねると、思い当たることがあるのか視線を逸らされた。
騎士団の副長で見た目も性格も良ければその辺の令嬢は放っておかないでしょうね。平民にも人気ありそう。爵位は……どうだったかしら? 第二騎士団までは貴族が大半だった記憶があるけど、第三騎士団にも貴族はいるはず。
「お、俺のことはいい。あんたには関係ないことだ」
「そうですね。けど、お待たせしてる方がいないとわかって安心しました」
「は……?」
「お仕事とはいえ、私のせいで騎士様を長く拘束してしまうのはとても申し訳ありませんから」
早く解放してあげたいけど、それを決めるのはクロード様だし私が無害だと思ってもらうにはまだまだ時間が掛かりそう。年単位は覚悟するべきだわ……。
少しして、すっかり軽くなったバスケットを手に散策を再開することにした。
とはいえ、長時間の歩きに慣れていない私の足は結構限界だったりする。顔に出ないのが幸いで平気なふりをしていたけど、クロード様はお見通しだったようで来た道を戻るよう促された。
「無理して急ぐ必要はない。わからないことは少しずつ知ればいいんだ」
「……はい」
焦っていたつもりはないけれど、もしかしたら自覚がないだけで気が急いていたのかもしれない。
迷惑を掛けたくないと思っていたけど、一人で出来ることなんて限られているのだし少しは人に頼ってもいいのかな……。
「ほら」
差し出された手を見て、思わずクロード様を見上げる。
……これは手を引いてくれる、ということだろうか。手を繋いで歩くと? 私と? 犯罪者と?
「……失礼、します……」
逡巡し、せっかくの厚意を断るのは失礼に当たると判断。恐る恐る手を伸ばし、指に触れると大きな手に優しく掴まれた。自分ではない体温を直に感じながら、繋がれた右手に視線を落とす。
(距離感、距離感が……!)




