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「俺も行く」
「……わかりました」
「あれ? 兄さんはこの村に越してきたんだよな、ここで別れないのか?」
「積み荷を運ぶ必要もあるので」
不思議そうに見る店主さんだったけど、私とクロード様を交互に見ると納得したように頷きながら笑った。
「ははっ、そりゃ恋人が俺みたいなおっさんと一緒にいたら心配か。なら、兄さんが運んでってくれるか?」
「え?」
「すぐここに帰ってくるんだろ? 荷馬車は夜……いや、明日の昼までに返してくれりゃいいからさ。ああ、餌と水はやっといてくれると助かるが」
……ものすごい誤解されてる。
確かに端から見たら恋人に間違えることもあるかもしれないけど。おじさんには私達が仲良く見えたのかしら。
しかも明日の昼までって言い直したってことは家に泊まる前提?
隣のクロード様が固まっているのが顔を見なくてもわかる。
ものすごく心外だと思っているのが痛いほどわかるから、私が代わりに答えることにした。
「店主さん? 私達はそんな関係じゃありませんよ、誤解しないでくださいね」
「なんだ、兄妹か? 似てないなあ」
「いえ、彼は――父の知人なんです」
ですよね、と視線で訴えると察してくれたクロード様はぎこちなく頷いた。
「あ、ああ。彼女の父親には以前お世話になったので、自立の手伝いになればと」
「へえ、そうだったのか」
一応納得してくれたらしいおじさんから手綱を受け取ると、クロード様は私に目を向けた。
「スペースがあるから荷台に乗ったらどうだ?」
「……壊れないでしょうか?」
「嬢ちゃんなら問題ないさ」
「では、お言葉に甘えて」
荷物を軽く寄せて空いたスペースに腰を下ろすと、それを確認したクロード様は御者席に乗って馬を動かした。
ガタガタと揺れ、バランスを崩さないよう台の縁に掴まる。
馬車と違うから座り心地については仕方無い。
「大丈夫か?」
「はい」
村を出ると、頃合いを見てさっきのことを話しかけた。
「先程は話を合わせてくださってありがとうございました」
「……正直に言うわけにもいかないしな」
「騎士様のことも明かさない方がいいですか?」
「そうだな。問われたらあんたのことが気付かれる可能性がある」
「村の人達を不安にさせるわけにもいきませんからね……」
犯罪者が近くに住んでいるなんて知ったら誰だって警戒する。しかも国家反逆罪という重罪。理由も理由なだけに、私だって第三者だったら怖いもの。
まだ雑貨屋さんと食材屋さんしか行ってないけど、二人とも初対面の私にとても優しくしてくれた。村の雰囲気も穏やかで平和なのは見てすぐにわかったから、それを壊すわけにはいかない。
(迷惑かけないようにしよう……)
一人暮らしに慣れたら、誰もいない山奥に引っ込んで自給自足生活もいいかもしれない。覚えることはたくさんあるから、まずは色んな経験をしないとね。
「――い、おい」
「えっ?」
呼ばれて我に返ると、いつの間にか家に着いていて両手に荷物を持ったクロード様と目が合った。
「荷物を運ぶから鍵を開けてくれ」
「あ、玄関前に置いてもらえれば――」
後は自分でやります、と言い掛けて止める。
ここまでしてもらってそのまま帰すのも失礼よね。お茶くらい淹れて…………飲んでもらえるかは、わからないけど。
とりあえず急いでドアを開け、中に促す。床に荷物を置いてもらうと、そのまま外に出ようとしたので声を掛けた。
「あの、良ければお茶でも飲んでいきませんか?」
「いや、必要ない」
……ですよね。毒を入れてもおかしくない奴のお茶なんざ飲みたくないですよね。
まあ、ダメ元だったし返答も想定内だからいいや。大人しく引いてサクッとお帰り頂こう。
「わかりました。今日はご案内頂きありがとうございました、とても助かりました」
「これも仕事の内だ」
「雑貨屋の店主さんにもお礼を伝えておいてください。あと――」
思い出し、食材の入った袋を開けて中を漁る。そして取り出したそれを差し出すと、クロード様は目を瞬かせた。
「……ニンジン?」
「ルーシアにあげてください。乗せてくれたお礼です」
「……」
「あ……もしかして、ニンジン嫌いでした?」
「いや、好物だ。よく知っていたな」
馬の好物を知ってる令嬢なんて少ないよね。レイラは乗馬なんて習ってないし、動物は臭いから嫌ってセリフがあった気がする。
そんな私が馬にプレゼントをあげること自体クロード様は驚きかもしれない。何だかニンジンをじっと見ているし。
……あっ。
「ニンジンに毒なんてついてませんからね? さっき買ったものですし」
「ふ……これでルーシアに何かあったらあんたを斬るだけだ」
あ、本気の目だ。笑みが怖い。
レイラならやりかねないからね。ええ、悲しいかな自分のことだけど疑うのはわかります。でもこんな犯人バレバレなことするほどレイラは馬鹿でもないから。自分で手を汚すことを嫌うからね。
……ヒロインは自分で殺そうとしたけど。
過去の行いに心の中で嘆息していると、クロード様の声で顔を上げた。
「今のあんたはそんなことしないだろう」
「……」
「俺はこれで失礼する。また明日」
「あ……はい、お気をつけて」
短い挨拶を交わした後で見送り、家に戻って一息つく。
……気のせいかな、クロード様の雰囲気が柔らかくなってきてる気がする。まだここに来て数日なのに、監視がそんな優しくていいのだろうか。私にとってはありがたいことだけど、それでクロード様の任務は大丈夫なのだろうかと不安になる。
レイラの監視なんて近付くのはおろか、話すことも目が合うだけでも虫酸が走るぐらいの気概でないと務まらないような……。
それとも、信用させる演技? 甘い顔してボロを出すのを待ってるとか? そんな器用なこと出来るような性格には見えないけど……。
なんて、クロード様の名前さえ今日偶然知った私が彼の性格云々言う資格はないか。
「考えても仕方ないわね……」
とにかく、私は無害であることを日々の生活で証明すればいいのよ。クロード様にも甘えない、当てにしない、頼らない、自分のことは自分でする。それだけ!
「さて、ご飯作ってお風呂入って寝よう」
水を溜めておいたバスタブの下に設置してある空洞に薪を入れ、魔法で火を点ける。これでしばらく放置しておけばお湯が沸く。
次に、キッチンに戻って器具と食材を取り出す。コンロのような台の下にまた空洞があり、この中に火を点ければ調理ができる仕組み。魔法が使えればわざわざ火打ち石を使って火を起こす必要がないから、制御の腕輪様々ね。火力の調整が出来ないところが難点だけど……。
新鮮な野菜に卵も買えたし、今日は野菜炒めに玉子焼きも作ってみよう!
「料理なんて久しぶりね。できるかな?」
何せ、レイラになってから料理するのは初めてだ。フライパンを握るのも初めてならナイフを持つのも野菜を切るのも初めて。全てが前世の記憶頼りだから、後は体で覚えるしかない。
(どうせ食べるのは自分だけだし、失敗しても食べられれば問題なし!)
調理道具に調味料、野菜を取り出し魔法で溜めておいた水で野菜を洗ってナイフで皮を剥いてざく切りにして、と……うん、やり方は覚えているから何とか扱える。皮剥きは要練習……ピーラーが欲しい。
頭をフル回転させ必死に記憶を辿りながら調理を進める。この世界って菜箸ないのかなー、卵の殻が入って取れないからちょっと辛い。
ナイフとフォークにスプーンが一般的だから、お箸がないのよね。どこかに和食文化ないかな、お米ほしい。今度他国について調べてみよう。
……と、四苦八苦しながらも何とか野菜炒めと玉子焼きが完成した。やや焦げてしまったのは仕方無い。むしろ初めてやったにしては上出来な方だと思う。
「味も……うん、ちょうどいい」
懐かしい味。調味料も前世と似たものが多いから助かったわ。醤油と味噌も探したらあるのかな?
初めての自炊に及第点をあげ、お風呂で湯船に浸かって疲れを癒す。熱かったら水を加えればいいし、本当にこの腕輪には助けられてる。
最初は腕輪をしたまま入っていいのか不安だったけど、お湯で壊れる程度のものは作らないだろうし自分では外せないしで気にしないことにした。異変を感じたらクロード様に伝えればいいや。
(明日は何をしよう……。この辺りを散策してみようかな? 周囲に何があるか確認しておきたいし、クロード様がいれば安心だし)
利用してしまうようで悪いけど、どのみち私を監視しなくてはいけないのだから付き合ってもらおう。
「本当、騎士って大変ね……」
他人事のように呟くと、自然とため息が出た。
翌朝。
朝食を終えてぼんやりしていると、蹄の音が耳に入り窓越しに外を見た。
予想通りルーシアに乗ったクロード様を視認し、準備しておいたバスケットを持って外へと出る。
「おはようございます」
「おはよう。今日もどこかへ行くのか?」
「ええ、今日は周辺を散策してみようかと思って。よろしいでしょうか?」
「ああ、俺もまだこの辺りの地理は疎い。危険生物の情報はなかったが、周囲の把握はしておくべきだろう」
断られる可能性は低いと思っていたけど、嫌な顔をされたらどうしようと考えていただけに快諾してもらえて安心した。
私は魔法が使えるけど、威力は制御されているし危機意識や咄嗟の対応力と判断力は十分に備わっていない。監視とはいえ、近くに頼れる騎士がいてくれるのは心強いのだ。
(……って、もうすでに頼ってるし……)
昨日の頼らないと言った言葉を早速破っている自分に辟易しながら息をつく。
「……どうかしたのか?」
「い、いえ。お気になさらず……では、行きましょう」
「ルーシアはここに繋いでいった方がいいな」
草の多い場所を選んで木に繋ぐと、クロード様が振り返って微笑んだ。
「昨日もらったニンジン、喜んで食べていた」
「良かった。あのニンジン、美味しかったですからね。私も昨日料理で使いました」
私の言葉にクロード様は目を瞬かせた。本当に料理をしたのか、と驚いているのがよくわかる。
自分のことながら同感だけに苦笑するしかない。
とはいえ、ルーシアが喜んでくれたのは嬉しい。いつか直接あげたいな。
ルーシアに見送られながら出発し、まず向かったのは初日に水汲みに行った川。
当てもなくうろつくより、予め目印を置いてから徐々に範囲を広げて散策した方が確実だろう。迷う確率も低くなるしね。
方位磁石があると便利なんだけど、残念ながら手持ちはない。地道に歩いて自分で地図を作るしかなさそう。
「騎士様はこの辺りの情報はどれほどお持ちですか?」
「特にこれといった情報はないな。畑を荒らす害獣は時折いるようだが、人に害を及ぼす危険生物はおらず村の治安もいい。王都と違い長閑で落ち着きのある静かなところだ」
うん、簡単にいうと田舎ってことですね。
「ああ、あとここは精霊信仰地域らしい」
「精霊信仰……ですか」
「昔、この辺りに精霊が住んでいたそうだ。実際に見た者はいないようだが、村の文献には記述が残されているらしい」
「精霊に好かれた人は、魔法と同等の力が使えるんでしたっけ?」




