8
「わかりませんね……今となってはどうしてあそこまで執着したのか謎です。でも、お二人には幸せになってほしいと思ってますよ」
「そうか……」
「なので、復讐とか物騒な感情もありませんので安心して監視してくださいね」
「安心して監視しろって……矛盾してないか?」
「ですが、それが騎士様のお仕事なのでしょう?」
「ふっ、くく……! 本当、もう別人だな……!」
……笑われたわ。そんなに変なこと言ったかしら?
よくわからないけど、クロード様の迷いが薄れたなら良かったとしておこう。
「今のお前なら、問題なさそうだな……」
「はい?」
「いや…………ごちそうさま」
「あ、はい。お粗末様でした」
いつの間にかお皿が空になっている……。きれいに完食してくれると作った甲斐があったわ。
私がまだ食べている間にクロード様は薪を割ってくると言って外へ出ていった。
……何から何までお世話になります。
遅れて昼食と片付けを終えると、薪の割れる音が一定のリズムを刻んで聞こえた。
……もう少し掛かるだろうし、ドアも直してもらったからお風呂に入っちゃおう。
脱衣所で服を脱ぎ、事前に沸かしていたバスタブに入りながらついでに洗濯も、とたらいに脱いだばかりの服や下着を放り込み魔法で溜めた水を張って洗濯用石鹸の欠片を放り込む。続けて風魔法をたらいの中心に集中させ、空中で指を回して水を回転させる。
洗濯機の要領で洗い、水を替えて濯ぎを済ましたところで一通りを終えた。さすがに脱水は魔法では出来ず、手作業で絞るしかない。風魔法も使えるので乾かすことも可能だろうが、コントロールが下手なのは変わってないので加減を間違えると服を傷めてしまうのだ。
たらいの中という部分的な場所なら何とか回せるけど、それより範囲が広がると集中力が持続せず散漫してしまう。
何とかしたいけど、魔法関係の本はルミナートにしかないだろうから独学で覚えるしかない。
「独学って、何から始めたらいいかもわからないのに……それ以前に、他にも覚えることたくさんあるし魔法は後回しね」
ため息をつき、バスルームを出てタオルで髪や体を拭いていると近くで足音が聞こえた。
はっとして体を向けたのと脱衣所のドアノブが回ったのは同時で、止める間もなくクロード様が顔を出した。
「レイラ、どこだ? 薪割り終わっ……」
「…………」
「…………」
「くしゅんっ!」
長い沈黙が流れる中、私のくしゃみで固まっていたクロード様が我に返り、次の瞬間には目にも見えないスピードでドアが閉まった。
扉越しにどもった声が響く。
「すっ、すす、すまん! 違う、わざとじゃなく! や、やましい気持ちはこれっぽっちもない! 断じてない!!」
「あ……はい、わかってます」
バスタオルがあったので全部は見られてない……と、思いたい。
変に冷静なのはやっぱり魔法の影響かなあ、とぼんやり思いながら着替えを終えて洗濯物を絞って天井に吊るしてある紐に掛けておく。
クロード様が帰ったら部屋干しにしよう。
脱衣所を出ると、家の中にクロード様の姿はなかった。
もしかしたら帰ってしまったのかと思ったけど、外に出ると玄関に続く短い階段に座り込む背中があった。
頭を抱えて一人言を呟く様子を後ろから見ていると、私に気付いたらしいクロード様が勢いよく振り返った。その顔は酔っているのかと思うくらいに真っ赤だ。
「大丈夫ですか?」
「な、何で俺の心配なんだ……!?」
「ものすごく顔が赤いので……。先ほどのことなら事故だと思ってますので気にしないでくださいね。あと、室内に入る前はノックをお願いします」
「あ、ああ……!」
「それと、見たものは忘れてもらえると助かります」
「…………努力、する……!」
長い間があったのが引っ掛かるけど、そればかりはクロード様に任せるしかない。
私の方は恥ずかしい気持ちはあるけど顔に出るほどじゃない。顔が熱い気がするのはお風呂上がりだからだ。
陛下の魔法、本当すごいわ。
あまり引きずられても困るので、話題を変えようとさっきまでやってくれていた薪を確認しに裏手へまわる。思ったより山積みにされた薪は納屋に収納されており、私はクロード様に振り向いた。
「納屋にまで運んでくださってありがとうございます。あれなら当分は薪に困らないですね」
「あ、ああ……」
まあ、割ってもらった薪は乾燥させてからでないと使えないから、それまでは納屋に置いてあった薪を使うけど。それより……。
あからさまに視線を逸らされてる。と、いうより私を見ないようにしてる?
さっき見たばかりだし、今すぐ忘れることはできないかもしれないけどこうも分かりやすく赤面されると私も違和感が……。
クロード様の年なら過去に恋人の一人や二人いそうなもんだし、それなら女性の裸も見たことがあるのでは?
うーん……色々想像はできるけど、聞いても答えにくいだろうから口には出来ないわ。早く忘れてくれることを願おう。
ま、心配しなくても悪女の裸なんて速攻記憶から抹消したいわよね。どうぞどこかで可愛い女性を捕まえて記憶を上書きしてください。
まだ夕方前だったけど、クロード様の状態が悲惨だったので今日はこれで帰ることになった。
監視は大丈夫かなーと思ったけど、私は出掛けるつもりはないしお風呂も入ったので家でまったりしていたい。クロード様も精神的にそれどころではなさそうなので、早く立ち直ってくれるのを願うばかりだ。
ルーシアに跨がるのを見送っていたけど、思い出して急いで声を掛けた。
「あの、明日はこちらに来なくて大丈夫です」
「え……?」
「明日は村に行きますので、そのまま待っていてください。ちゃんと朝に起きて行きますから」
もちろんこれは私のワガママだ。信用してもらえるかはクロード様の判断に委ねるし拒否されても仕方ない。
ただ、村に行くのにわざわざ家に迎えに行ってまた村に戻るという効率的な部分が気になってしまうのだ。
少しの間私を見ていたクロード様は、「わかった」と短く返すと手綱を引いて去っていった。
……信じてくれたのかな?
これで時間に遅れたら一気に信用なくしそう。早くクロード様を任務から解放するためにも、明日は早起きしないとね。
***
翌朝。
昨日お昼近くまで寝ていたので日が昇る前に目が覚めた。白み始めた外を窓越しに見て、せっかくだからと散歩ついでに水汲みに行くことにした。
水は魔法で出せるようになったのだけど、実は飲料には向いてなくて生活水に使っている。煮沸すれば飲めなくもないのだけど、川の水の方が口当たりも良くて美味しいのだ。
それに、村まで歩くことになるから準備運動にはちょうどいい距離だしね。
勝手に川まで行ったらクロード様に怒られるかな? でも、川へ行くのにいちいち報告するのも迷惑かもしれないし……後で確認しておこう。
そろそろ日が昇るとはいえ、まだ森の中は薄暗くて少し怖い。危険生物はいないと聞いてはいたけど、早まったかと僅かながらに後悔し始めた時緩やかに流れる水音が耳に届いた。
さらさらと流れている水にどこか安心しながらバケツに水を汲んでいく。
ふと、視界の隅で何かが通りすぎた気がした。
「……!?」
思わず顔を上げ、辺りを見回す。
……何も、いない?
「まさか、幽霊なんてことは……ない、よね?」
感情が抑制されているとはいえ、自分が緊張しているのがわかる。これはきっと怖い……のよね。やっぱり薄暗い森に一人で出歩くなんて無用心だったかも。
慌ててバケツを持って立ち上がり、この場から去ろうと来た道を振り返る。
すると、背中を向けた川の方から囁きが聴こえた気がした。
(こっ、これは振り向いてはいけない展開のやつ……!)
映画のホラーやサスペンスでありがちなフラグに鳥肌が立ち、聴こえないふりをしてゆっくり足を進める。
そろそろと離れていくと鳥肌も収まり安堵の息をつく。
『……ね……える……?』
「っ……!?」
耳元ではっきりとした声に肌が粟立ち、目を見開いて振り返る。
そこには何もいなかったけど、薄暗い森の中で淡く光る球体が飛んでいくのが見えた……。
***
「レイラ、もう来ていたのか!?」
村の入口にいた私を見つけるなり、クロード様が駆け寄ってきた。
その様子からもう少し到着が遅いと思ったのだろう。
だって、まだ日が昇ってそんなに経っていない。村の人さえ散歩のご老人以外はいないくらいなのだ。
気持ち的には朝八時集合が六時に着いてしまったような感覚。
予想より早くて驚かせてしまったらしい。
「す、すみません。来るのが早すぎましたね」
「俺は構わないが……。店が開くのはしばらく先だぞ?」
「ですよね……」
わかってる。私だってこんなに早く来るつもりはなかった。
でも、川で起きた謎の心霊体験が怖くて来てしまったなんて言い辛い……! 一人で出歩いたのも後ろめたいし、怖い思いしたとか泣き言口にしたくないし。
と、とにかく人がいるところに来たかっただけだから、時間になるまでクロード様を待つつもりだったけど……まさかこんな早起きだとは。
ふと、クロード様の手が髪に触れた。きょとんとしていると、その指には赤紫色の花びらが摘まんである。
「それは……?」
「赤華だ。微量だが毒が含まれている」
「えっ……さ、触って大丈夫ですか?」
「これは水に触れると毒が溶け出し、広がっていくものだ。濡れていなければ害はない」
「そうですか……」
そんなものがどうして私の髪についていたのだろう。来る途中で花が咲いていたのだろうか。
「……知らなかったか?」
「え? はい」
……あ。もしかして、怪しまれてる?
私がその毒花を使って何かするんじゃないかって、レイラなら可能性はあるものね。
クロード様はじっと私を見ていたけど、それ以上の追及はなく視線を外すと話題を変えた。
「……店が開くまで外で待つのもな。それまで俺の家で休んでいくか?」
「え?」
予想外の言葉にクロード様を見上げる。
すると、私の反応にクロード様は慌てた様子で両手を振った。
「た、他意はないぞ! 歩いてきたなら疲れているだろ!? 休憩がてら待てばいいってことだ!」
「いいのですか? お邪魔では?」
「俺はまだ鍛練が残っているし、もてなしなどはできないがいる分には問題ない」
願ってもない申し出に何度も頷く。
「ご迷惑でなければ」
「ああ、こっちだ」
促されるまま付いていき、通りすがる人に挨拶しながら歩くと村からやや外れた場所に一軒家があった。
木造の家屋の隣に馬小屋があり、ルーシアが朝食の草を食んでいる。目が合ったので軽く手を振ると、尾を振ってくれた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
中に入ると、すぐにキッチンとテーブルが目に入った。奥は左右両隣にドアがあり、寝室や脱衣所などに続いているのだろう。
ワンルームくらいの広さかな。一人暮らしにはちょうどいいと思うけど、家具が必要最低限なもの以外ほとんどない。キッチンも……調理器具が見える所にないから、あまり使われてなさそうね。
無遠慮に見ていたからか、クロード様が苦笑気味に呟いた。




