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 レイラが入っていた部屋の扉を見て、炎青は愉しげに笑みを浮かべた。すれ違いざま、耳まで赤くなっていたのを思い出して軽く肩を揺らす。


「アオハルだなー」

「アオ、ハル……?」

「青春してるってこと」

「セイ……?」

「コイツの言うことは気にすんな」


 首を傾げるクロードにサラムが返し、小さく息をつく。

 そして、改めてクロードを見た。


(……これが本当にレイラを殺すのか?)


 伯爵邸で見た時も思ったが、やはり彼がレイラを手に掛けるような人間には見えない。

 炎青のよくわからない前世で読んだ物語ということしか根拠がないが、それはレイラの反応から信憑性のあるものなのだろう。二人からデマや偽情報という疑念の感情が一切感じられないことから、そもそも疑う余地のない真実(・・・・・・・・・)であるというのは理解出来た。

 それでも、やはり信じがたいことではあるが。

 クロードがレイラに対して抱いている感情はどう見ても明らかだ。彼女の方は……無意識か故意か、閉じ込めている気がするが。

 人工呼吸なんて余計なことを言ってしまったかと思ったが、事実だし隠す理由もないので構わないだろう。むしろこれをきっかけに進展するならいいことのはずだ。二人が恋仲になれば死ぬという結末はあるようだが、それは当人で何とか回避してほしいところだ。

 自分が気になるのは、それとは別のもしも(・・・)だ。


「サラム? どうかした?」


 炎青の声に落としていた視線を上げ、睨むように相手を見る。


「え、不機嫌? どうしたのさ」

「別に」


 端から見たら気付けない、僅かな機微は長い付き合いの炎青だからわかったのだろう。彼もそれ以上は聞かず、からかうこともなくサラムから目を逸らすとクロードに声を掛けた。


「せっかく来たんだし、ご飯でも食べていって。クロードさんは好き嫌いあるかな?」

「特にはない。あと、呼び捨てで構わない」

「そう? じゃ、お言葉に甘えて。メニューはそうだなあ……レイラさんが絶対好きそうなものにしようかな」


 機嫌とっておきたいし、と付け加え材料を確認しに厨房へと入っていく。

 その背中を見送り、クロードは隣のディーネに顔を向けた。


「ディーネ……あの魔獣使いはどうなった?」

「んー、ちゃんと始末しといたよ~」

「……そうか」


 複雑な表情で返し、息をつく。

 もう二度とレイラの前に現れないという意味では良かったと思うべきだが、自分も一発くらいは殴りたかった。

 どうやって始末したのか、というのは……聞かない方がいいのだろう。食事前に聞く話ではない。

 すると、ディーネを睨むように見ていたサラムが口を開いた。


「おい、ウンディーネ。お前、いつアイツを見つけた?」

「レイラのこと? それを聞いてどうすんの?」

「人間に興味のないお前が契約するなんて、それこそ数百年ぶりくらいだろ」


 見下ろすサラムを見返し、ディーネはジュースを飲む手を止めて意地悪く笑顔を向けた。


「教えなーい」

「……」

「そんなこと知ってどうするの? どうなるの? サラマンダーに何か関係あるの?」


 笑顔だが不穏な気配はクロードも気付いているだろう、意味がわからず困惑しながら二人のやり取りを見守っている。

 その時、ちょうど炎青が戻ってきた。サラムは舌打ちしそれ以上の追及を止めると背を向ける。

 その怒りを帯びた表情は炎青だけに見えた。


「材料はあったから――……おやぁ?」


 空気の悪さを察し、首を傾げる。

 よくわからないが、今のサラムに聞いても店が炎上するだけなのでそれに触れることなく言葉を続けた。


「サラム、一応レイラさんにも食べていくか確認してきて。オッケーだったら準備ちょい手伝って~」

「…………ああ」


 普段なら一言返すが、心境的にそれどころではない。怒りを抑えるので精一杯だ。

 それでも、この状態で二人の前に現れたらレイラはともかく感受性の強い鈴は怯えてしまうだろう。


(くそ、やっぱウンディーネとは合わねえな)


 わかっていたことを再認識し、サラムは気分を落ち着かせようと深呼吸した。


 ***


 しばらくそのまま動かずにいたけど、鈴ちゃんが不安そうに見ていたのでようやく体を起こした。


「おねえちゃん……」

「ご、ごめんね。もう、大丈夫……だと、思うわ……」


 自信なく言いつつも鈴ちゃんを抱きしめると、白い尻尾が左右に揺れるのが見えた。


「おねえちゃん、すごくドキドキしてる。かぜ……? ぐあい、わるい?」

「ち、違うの。これは体調が悪いわけじゃなくて……その、恥ずかしいだけだから……」


 うう、まだドキドキしてる。どうしよう、この後でまともにクロード様の顔が見れるかしら。

 魔法で感情が制限されてるはずなのに、どうしてこんなに恥ずかしくなるのだろう。裸を見られた時はもっと冷静だったのに、人工呼吸でこんなに気持ちが揺れるものなの?


「……おねえちゃん、あのおおきいおにいちゃんのことがすき……です?」

「え!?」

「えんがいってた、です。すきなひとのことかんがえると、どきどきするんだよー……って」


 好き……私が、クロード様のことを? 確かにクロード様とは設定で恋仲になるってあったけど。

 原作設定は私にも影響するの? いくら私……第三者の視点があるとはいえ、登場人物の主要キャラであることは変わりはない。……もしかしたら、無意識に補正されているのかも。

 それ、原作通りに進んでいてレイラ・ルーリエの死亡エンドをなぞっているってこと……!?

 ど、どうしよう。この気持ちも設定通りならいくら私が別の道へ行こうとしても結末は変わらないのでは? レイラの、私の未来はないということ……?


「おねえちゃん?」

「あ……ご、ごめんね。大丈夫よ……」


 いけない、気持ちが落ち込んでしまったかもしれない。鈴ちゃんに心配させてはダメね。

 今は余計なことを考えるのはよそう。


「鈴ちゃん、炎青さんとサラムさんが帰ってきて良かったわね」


 二人は例の探偵業?で出払っていて、ここ最近はずっと一人でお留守番だったはず。シヴィアにいる間はちょこちょこ様子を見に会いに行っていたけど、ずっと一緒にいられるわけではないから帰る時は寂しそうな顔をしていた。

 私の言葉にキョトンとした鈴ちゃんは、満面の笑みを浮かべた。


「はい、いっしょはうれしいです……!」


 わああ、可愛い……! たどたどしい言葉遣いも合わさると可愛さ大爆発ね。

 これは炎青さんやサラムさんもメロメロに……って、その妄想はちょっと犯罪くさくなるわね。サラムさんに火を吹かれそうだから心に留めておこう。


「あ……で、でも、おねえちゃんもたまにきてくれたから、ずっとさびしくはなかった……でふ」

「鈴ちゃん……可愛い!」

「みゃうっ」


 本能がくすぐられるまま抱きしめて頬擦りしていると、ふと鈴ちゃんが顔を上げて後ろを見ていた。それにつられて振り向くと、サラムさんの何とも形容しがたい表情と視線がかち合う。


「さ、サラムさん……」

「別に邪魔する気はないが、飯は食うんだろ? その確認だ」

「は、はいもちろん頂きます! メニューは……」

「決まってるからそのまま待ってろ」


 バタン、とドアが閉められた。

 何だか変なものを見る目で見られた気がするけど、鈴ちゃんが可愛いからいいや。可愛いは正義よね。

 ご飯も何が出てくるのかしら。久しぶりの炎青さんの料理だからとても楽しみだわ……!

 その前にクロード様の顔をちゃんと見れるのか不安だけど……。だ、大丈夫よね、うん。


 ……と、呼ばれてお店に戻った私の緊張感はどこへやら。

 いつものカウンターではなくテーブル席の中央に置かれたお鍋に意識が釘付けになった。


「すき焼き!」

「はい、正解~。一人用の鍋を用意しても良かったけど、せっかくだから皆で食べた方が楽しいかなと思って」

「鍋料理の醍醐味ですもんね」

「お、鈴も来たね」


 私と一緒に来た鈴ちゃんを見て炎青さんが微笑む。クロード様がいるからまだ慣れてない様子だけど、私が側にいれば何とか大丈夫みたい。それでも距離感はあるけど。

 丸テーブルを囲むように座ると、私の右隣を鈴ちゃん、左隣がディーネと座ってその隣にクロード様がついたので私も少し距離を置けてホッとしてしまった。

 隣だったら緊張してしまうかもしれないし、お肉の味がわからないままなんて絶対に嫌だし! すき焼きなんてこの世界で初めて食べるんだから堪能しないと!


「……お前、食うことになるとすぐ頭いっぱいになるな」

「心を読まないで下さい!」


 サラムさんに呆れたように言われ、ディーネも生暖かい笑顔を浮かべている。

 くっ、精霊の前だと色々筒抜けになってて恥ずかしい……。全部が全部わかるわけではないみたいだけど、強く思うと伝わってしまうらしい。

 特にディーネとは契約して繋がってる分、より良く聴こえてしまうみたい……。


「クロードはすき焼き初めてだよね。お鍋知ってる?」

「スープやシチューとは違うのだな……。食べ方があるのだろうか?」

「煮た肉と野菜と豆腐を生卵の皿にぶっ混んで食えばいいだけだ」

「え……!?」


 サラムさんの説明に驚きを隠さないクロード様に炎青さんは苦笑しながら肉を取り分ける。


「ぶっちゃけその通りなんだけどね。生卵は口にしない?」

「生のままはないな……」

「ま、騙されたと思って食べてみ。ダメなら卵なしでも大丈夫だからさ」


 確かに卵がなくても割下の味付けで十分なのだけどね。私はやっぱり卵ありきでないと!


「あ、鈴は猫舌なんだからちゃんと冷まして食べなよ」

「たまごつければ……だいじょぶ」


 炎青さんが具材を煮つつ教えてくれてるので、私は口出しすることなく黙々とすき焼きを味わうことに集中できた。

 とろとろ卵に絶妙な味付けの割下が染みたお肉と野菜が絡んで濃厚な味わいになっている。この上にふっくら炊き上がった白米も合わさるともう最強!

 お肉も筋がなくて食べやすいし、長ネギや白菜のしっとりしつつシャキシャキ感もあって、焼き豆腐も割下が染みて卵に混ぜると二重で美味しさが楽しめるし……ああ、幸せだわ。


「……頭ん中すげえ花畑だな……」

「レイラが幸せなら何でもいいよー」

「あははー、僕にもハートが乱舞してるのが見えるよ。よっぽど好きなんだねえ、お寿司と迷ったけどこっちで正解だったね」

「お寿司も大好きです!」

「わっ、戻ってきた」


 目の前で言いたいこと言って、聞こえてないわけないでしょう。本当だから黙ってたけど、お寿司は聞き捨てならなかったので即反応してしまった。

 そういえば、前にもお寿司の話が出てたけど今回はクロード様がいるからやめたのかも。ルミナート出身だから生魚は食べたことないだろうし。すき焼きの方はどうかなーと盗み見たら、最初は生卵に戸惑っていたみたいだけど慣れたようで美味しそうに食べていた。

 お箸が慣れてなくて手がぎこちないのは、まあ仕方ないわよね。


「っ……!」


 危ない、チラ見のつもりがうっかり見すぎて目が合いそうになってしまったわ。

 まだまともに目を合わせるのは厳しいので、もう少し時間を下さい……。


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