2
「どういうことです?」
「あー……あはは。僕の雇い主がね、ちょーっと危ないかもな~って人で。それを調査中ということだね、うん」
「炎青さん、一体何のお仕事してるんです?」
「スパイ……と言ったら格好いいんだけどね。ま、探偵みたいなものだよ」
「好奇心と趣味で貴族の荒事漁って金をむしる下衆人間だろ」
バッサリと斬り捨てるサラムさんに炎青さんは口を尖らせる。
「僕が下衆ならあっちは屑だよ! 悪事を隠す貴族なんて苦労するのは僕ら庶民なんだから、相応の報いは必要でしょー」
「ええと……義賊みたいな感じですか?」
「あ、そこまでじゃないんだけどね。好奇心と趣味の下衆人間は否定しないから」
下衆人間は許容範囲なのね……。もしかして、捕まった時に私を見捨てて部屋を出ていったの少しは気にしているのかしら。
「社蓄リーマンの時は楽しい時間がほとんどなかったからねえ。それを補うくらい、最低で最高な波乱万丈人生を楽しんでやろうと思ってるんだ」
「……」
「勿論、それで死にかけたこともあるけどね」
ちら、とディーネに向いた視線はすぐ私に戻った。それに気付かないまま私は炎青さんの言いたいことが、何となくわかってしまった。
前世で出来なかったこと、経験出来なかったことを嬉しいことや辛いことも含んで楽しもうとしている。炎青さんは善悪にこだわらず全力で生きようとしているのだ。
それは、きっと私も似た気持ちがあるから。彼の原動力の源がわかる気がした。
「……でも、私は悪いことはしたくないです」
「そうだね、いいと思うよ。それが普通の心理だ」
「こいつの頭のネジが飛んでるだけだからな」
「だよねー、あっははー!」
……やっぱり炎青さんのメンタルは半端ないわね。サラリーマン時代に培われたのかしら。会社って大変そうだものね……。
「で、レイラさんはどうする? ビンタする?」
「え?」
「いや、さすがに僕も誘拐した時は良心が痛んでね。命令だったとはいえ、嫌な目に遭わせてしまって申し訳ないというか……」
あ、やっぱり気にしてたのね。誘拐される時も一応謝罪はあったもの。
「……炎青さんに良心があったのですね」
ボソッと洩らすと、サラムさんが強く頷いて、炎青さんは苦笑した。
「レイラさんまで酷いな~、なくもない程度にはあるつもりだよ。一応殴られる覚悟はしていたんだけど?」
「……殴りませんし、謝罪もいりません」
「こいつのこと許すのか?」
眉を寄せるサラムさんに炎青さんも驚いた様子でこちらを見たけど、私は首を横に振った。
「許さないです。だから殴ったり言葉での謝罪は受けとりません、炎青さんには別のことで返してもらいます」
「別のこと?」
首を傾げる炎青さんの前でお茶を啜り、私は笑みを張り付けた。
「私が困った時は、炎青さんの全力を以て力を貸して下さいね。それでチャラにしてあげます、異論は認めません」
「うわあ……ビンタより厄介そう……」
「お前にはちょうどいいくらいじゃねえの?」
「あ、サラムさんも連帯責任ですからね」
「…………」
不満そうに睨まれたけど無視してお茶を飲む。
けど、反論がない辺りサラムさんも少なからず後ろめたさはあったみたい。伯爵邸で別れる前もそんなこと言ってたし、その優しさにつけこませてもらいます。
その時、今まで黙って聞いていたクロード様が口を開いた。
「だが、サラムはレイラの命を助けてくれたぞ?」
おっと、存在を忘れていたわ。うっかり前世の話を持ち出してしまったけど大丈夫だったかしら。
それに、命を助けてくれたとは……? 確かに犬から守ってもらったけど、クロード様が知ってるはずないのに。
「俺は口を出しただけで、処置をしたのはお前だろ」
「それでも、貴方が蘇生処置を的確に指示してくれたから息を吹き返すことが出来たんだ」
蘇生処置? サラムさんが教えてクロード様がやった? んん?
「えっと……何のお話でしょう?」
話が見えず首を傾げる私に、サラムさんが何てこともなく説明してくれた。
「あの魔獣使いに首を絞められて仮死状態だったお前を、こいつが人工呼吸で蘇生させたんだよ」
「…………」
私、気絶していたわけじゃなくて仮死状態だったの? 確かに死んだかと思ったけど……そうよ、あんな強い力で絞められて気絶だけで済むわけない。
それを、クロード様が人工呼吸……。
人工呼吸って、口と口でする行為よね。
私、知らない間にクロード様と……?
「た、他意はない! あれは、そうしないと本当に危険だったからであって!」
慌てるクロード様の声に意識が戻され、私は彼に振り向くと深く頭を下げた。
「そうだったのですね。危ないところを助けて頂きありがとうございました」
「あ、ああ……」
「ところで炎青さん、鈴ちゃんの姿が見えませんがどちらに?」
「鈴なら奥の部屋にいるよ。会いたそうにしてるから、良かったらどうぞ」
「はい、では少し失礼しますね」
椅子から降りて炎青さんが指した先の部屋へと向かう。
中に入って後ろ手にドアを閉めると、ずっとそこにいたらしい鈴ちゃんが出迎えてくれた……けど、再会を喜ぶ前に私は糸が途切れたかのようにその場に座り込んだ。
「おねえちゃん、だいじょぶ? かおまっか……」
鈴ちゃんが言うなら、今の私の顔はものすごく赤いのだろう。
両手で頬を押さえたら自分でもわかるくらい顔が熱いし、心臓もうるさいくらいにドキドキ鳴っている。
(じ、人工呼吸とはいえクロード様とキス……)
その事実が衝撃的で信じられなくて、恥ずかしいと同時に別の感情も湧いていて、それがどうしようもなく胸の奥を締めつけた。




