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(ヤンチャ寸前でした……)
牢屋越しに掴まれているせいでメリアンヌさんの顔は格子に押しつけられ、なんとも言えない表情になっている。一見軽く掴んでる風だけど、身体強化しているからそう見えるだけで実際の力は相当あるのだろう。
メリアンヌさんの身体が浮いてるし、首が直角に曲がって今にも折れそうだもの。格子が曲がるかメリアンヌさんの顔面が壊れるのが先か見物だわ。
(……って、静観してる場合じゃなかったわね)
メリアンヌさんはともかく、クレア様はまだ安静にしていなくてはいけないしラスタさんの何とかしてくれ圧が強いので声をかけることにした。
「クレア様、魔法の使用はお控えください。お身体に障ります」
「医師から多少の使用は許可を得ているわ。体もリハビリを兼ねているのよ」
胸ぐらを掴むのがリハビリになるのかしら……?
「クレア様はメリアンヌさんにお仕置きしにこちらへいらしたのですか?」
用向きを伺うと、目的を思い出したのかクレア様は手を離した。
崩れるように倒れ込んだメリアンヌさんはむせ込み、その姿を見下ろしながらクレア様は息をつく。
「……そうね。それは後にすることだったわ」
話の後にボコるつもりなのかしら。私には関係ないことだからいいけど。
「でも、私の問いに答えてくれないのよね。だからつい掴んでしまったの」
「まあ……長年仕えていた主の問い掛けに答えないなんて、不義理な使用人がいたものですね」
穏やかに微笑むクレア様に困った笑みで返し、鬼のような形相で睨むメリアンヌさんを見下ろす。
奥歯を噛みしめたのか、ギリ、と音を立てたかと思うと勢いよく格子を掴んだ。
「わたしが仕えていたのは旦那様だけよ! こんな女、主だなんて思ったこと一度もないわ!」
クレア様を“こんな女”呼ばわりなんて。これだけで首をはねるには十分な罪だけれど。
メリアンヌさんの暴言に牢番の兵士が反応したけど、クレア様が軽く手で制した。
「……それが貴女の素? やっと見せてくれたわね」
「メリアンヌさんは辺境伯様から命じられて女主人であるクレア様に仕えていたのでしょう? でしたら、主はクレア様で間違いないのでは?」
「旦那様の命令で仕方なく世話しただけよ」
何だか微妙に噛み合ってないような……。辺境伯が命令したからクレア様に仕えてはいたけど、あくまで主人は辺境伯……てこと?
よくわからず首を傾げると、クレア様は無表情で呟いた。
「貴女……ランディスを慕っているのね」
「愛し合っている、の間違いよ。お飾りの奥様」
私がクレア様の言葉に驚く間もなく、勝ち誇った顔でメリアンヌさんが続ける。
「可哀想な旦那様。政略結婚で好きでもない女を妻にされて」
「え、貴族の結婚なんてそんなものですよ?」
「蓋を開ければ身体強化しか脳のない暴力女で」
「実力主義の辺境伯領に合っているのでは?」
「嫡男を産んでもう用なしの存在なのだから、さっさと……」
「屋敷に女主人は必要ですよ?」
「ーーさっきからうるっさいわね! 小娘が横から口出してくんじゃないよ!」
「事実を言ってるだけですが」
貴族の結婚なんてほぼ政略婚だし、恋愛結婚なんて珍しいほうだし。危険が身近にある辺境伯領に、護身術を嗜む令嬢が嫁ぐのも歓迎されるのではないだろうか。子どもに関しては夫婦の問題だから安易に触れていいものではないし、そもそも男児を産んだ時点で貴族の義務は果たしている。
そして、屋敷を取り仕切る女主人は必要不可欠。病気や能力など諸々の理由があって家令や親族が代わることもあるけど、可能なら夫人がやるのが一番だろう。
……と、元侯爵家の人間としては思うわけだけど。
「それで、何がどうなって辺境伯様とメリアンヌさんが愛し合うなんておかしな話になるんです? 幻覚剤とか服用されてるんですか?」
「アンタ、いちいち失礼なのよ! 侍女長であるわたしがそんなものやるわけないでしょう!」
「“元”侍女長ですね」
笑顔で訂正すると、メリアンヌさんは怒鳴り続けたからか顔を真っ赤にして睨んでいて、その様子を黙って見ていたクレア様が肩を震わせ吹き出した。
「ふ、ふふっ……! もうレイラさん、尋問したかったのに……ふふふっ」
「あら、それは申し訳ありません」
「おかげで肩の力が抜けたわ。ありがとう」
意図して笑わせたわけではないけど、力が抜けたなら良かったのかな……?
目尻に浮かんだ涙を軽く拭って笑いを抑えると、クレア様は瞬時に表情を消してメリアンヌさんを見下ろした。
普段の穏やかさを微塵も見せない冷めた瞳に格子の中で息を飲むのが聞こえた。
「もう一度だけ問うわ。メリアンヌ、貴女はオロイエの間諜なの?」
「……」
「グレイデル領を落とすため、屋敷に潜り込み私やユーリを殺してランディスの動揺を誘おうと? そうすれば隙をつけると?」
抑揚のない声で問うと、メリアンヌさんは鼻で笑って不敵な笑みを浮かべた。
「アンタが死んでも旦那様は動揺しないわよ」
「ええ。そうね」
「……!」
思わず“そんなことはない”と言いかけたけど、クレア様は構わず続ける。
「その程度で剣が鈍るようでは辺境伯は務まらないもの」
意思の強い瞳に気圧され、メリアンヌさんがたじろぐ。クレア様は格子を軽く掴むと、彼女の目を見ながら首を傾けた。
「妻が死んだ程度で隙が生まれる人間が国境を任されていいはずがないし、領民の命より自身の情を優先するなんて私が許さないわ」
握る手に力を込め、僅かに怒気を孕んだ声が低く響く。
「ランディスは私が認めた男よ。舐めないで頂戴」
カッコいいけど、クレア様がもし儚くなったら辺境伯は絶対悲しむと思うのよね……。剣が鈍ることはなくても、心まで完璧に自制するのはとても難しいことだから。
場が静まり返り、クレア様も格子から離れたので見計らって軽く手を挙げた。
「それで、最初の問いの答えはどうなんです?」
「は……?」
「メリアンヌさんがオロイエのスパイかどうか、です。まだ答えてませんよね?」
クレア様を挑発してうやむやにしようとしたのか、答える気がなかったからスルーしたのかはわからないけど。こういうのはきっちりしておかないと。
「…………」
「都合が悪いと黙秘ですか」
今までの状況から隣国と無関係ではないのは確実だし、時間の問題だと思うけど。
メリアンヌさんの様子を見るに、必要な情報は引き出せそうもないわね。辺境伯を慕っているとかどうでもいいことしかわからなかったわ。
「クレア様、これ以上は時間の無駄かと。ここは冷えますし、そろそろ戻りませんか?」
「……そうね」
クレア様もこれ以上は不毛だと判断したのか素直に頷いた。
「ラスタさん、クレア様を部屋までお願いします。私もすぐ戻りますから」
「かしこまりました」
二人の姿を見送り、扉が閉まる音を確認した後で改めてメリアンヌさんに向き直る。
「黙っていても、水の精霊が戻ったら全部白日の下に晒されますよ。精霊は心が読めますから」
それだけ言い背を向けると、短い沈黙の後で嘲りに近い声が聞こえた。
「……戻れたら、ね」
「どういう意味です?」
聞き捨てならない言葉に振り返り、反射的に尋ねるとメリアンヌさんは暗い笑みを浮かべて私を見ていた。
「もしもその精霊が敵にまわれば、アンタでも太刀打ちできないんじゃない?」
「……あり得ない。ディーネが私の敵になるわけないでしょう」
「でも、最初に来て以降姿を現さないじゃない。アンタ自身も会えてないんでしょ?」
「…………」
「アハハハ! 図星ね! ついに精霊本体を捕らえる道具が完成したんだわ‼」
精霊を捕らえる道具ーー魔法具?
本当にディーネが人間に捕まったと言うの?
「精霊本体を捕らえる? 人間の力でそんな物を作り出せるはずーー」
「人間だけの力じゃ、無理だったかもねぇ」
信じ難い話……なのに、彼女の指摘を否定できる根拠もなくて、ただ嫌な予感だけが胸をざわつかせた。
「どういうこと? まさか、オロイエで悪魔召喚なんてバカなことしてないでしょうね」
「悪魔? そういえば、商業都市でそんなのが出たって噂があったわね」
この言い方だと、悪魔とは関係がない……だとしたら、他の精霊が協力したということ? 精霊が、水の精霊を捕らえて利用する手助けを?
だとしたら、どの精霊がそんなことを?
(サラムさんは違う、ルーフは中立らしいからそんなことしないと思う。光と闇の精霊も今はこの世界にいないようだから、残るは……)
この世界にいる四精霊で会ったことがないのは土の精霊、ノーム様のみ。
(でも、以前ディーネがノーム様のことを“引きこもり”って言っていた気がする。そんな性格の方が仲間を陥れるような協力をするのかしら? そもそも、人間の前に姿を現したりする……?)
わからない。だけど、精霊を捕らえることが可能な力を持つ者なんて悪魔か精霊くらいしか浮かばない。何かの取引があったのか、そんなことが人間に可能なのか……私には想像がつかない。
そして、本当にディーネが捕まってその力が戦争に利用されるとしたら。
「それなら、私が出ても問題ないわね」
「……は?」
ポツリと出た言葉にメリアンヌさんが抜けた声を上げた。
「ディーネが捕まったのなら、私が辺境伯様に協力する正当な理由ができるから。全力をもって叩き潰せるわ」
「アンタみたいな魔法使い一人が出たところで、何も変わりはしないわよ」
たとえそうでも、ディーネに何かがあって助けが必要なら行かない理由はない。後方支援でもなんでもやれることはあるはずだ。
それを言ってもメリアンヌさんに聞く耳はないだろうから、笑みだけ返した。
そのまま地下を出ようと踵を返して、ふと足を止めて肩越しに振り返る。
「ああ、そうそう。クレア様のことどうこう言ってましたけど……終始口汚く罵るメリアンヌさんと冷静に対応されたクレア様とでは、誰が女主人に相応しいかは一目瞭然かと思いますよ」
それだけ伝え、地下を出る直前まで喚く声が聞こえたけど、扉が閉まると同時に静かになった。
廊下を歩きながら、そういえばとクロード様に向く。
「クロード様、腕輪を外す許可を頂きたいのですが……」
「腕輪? ああ……」
クロード様も思い出したように私の腕を見た後、対になっている自分の腕輪を見る。
足を止めて沈黙してしまったので、問題があるのかと首を傾げるとクロード様は何事か思案したかと思うと口を開いた。
「実は、結構前から機能しなくなっているんだ」
「え?」
「その腕輪はもう魔法制御しなくなっているはずだ。だから、外す必要もなく自由に使えると思う」
言われてみれば、そこそこ大きな魔法使っても抑えられてる感覚はなかったような……。あれ、いつから?
「え、と……いいのでしょうか?」
「……元は悪用防止の目的でつけるものだからな。俺としては問題ないと思うが」
「そ、そうですか?」
「それに、今の状況ではそのほうが都合がいいだろう?」
それはそうだけども。壊れているのに気付いていてそのままってのも問題な気も……。
でも、確かに今は大規模魔法が使えないと困る状況だしクロード様の言う通りにしておこう。
「すみません。では、このままでいさせてもらいますね」
「……また砦に行くのか?」
「そうですね。本当にディーネが捕まったなら私が助けに行かないといけませんし」
この険しい顔は行かせたくないってことなんだろうな。危ない目に遭うのはわかるから、心配してくれるのは嬉しいけど……今回はそうも言ってられない。
人間の勝手で精霊の力が悪用されることだけは、絶対に阻止しないと。
「クロード様、私は……」
「わかっている。もし精霊の力が敵に渡ったのなら、対抗できるのはレイラしかいない。俺だって戦争になる前に止められるなら尽力したいと思う」
反対されると思っていただけにホッとしたのも束の間、「だが」と続いた。
「砦に行く時は俺も連れて行ってくれ」
「えっ、でも……」
「手間を掛けるのは悪いと思うが……頼む」
「わ、わかりました」
私としては前線に他国の騎士様を置いていいのか、危険もあるから街にいたほうがいいのではと不安は色々あるけど……私の意思を尊重してもらっているからにはこちらも応えるべきよね。
辺境伯の近くなら、そこまで危なくないはずだし……たぶん。
「すぐに行くのか?」
「そうしたいところですが、まだ時間はあるでしょう。何かあれば砦から連絡があるでしょうし、ディーネの力が使われたら私が気づけると思いますから」
「ディーネは……本当に囚われたのだろうか」
「わかりません。嘘であってほしいと思いますが……」
契約者として繋がりがあるのは感じている。その感覚を信じるなら、害が及んでいるようには思えない。だけど、音沙汰がないことを考えると何かしらの問題が起きているのではないか……そんな不安が募る。
「俺としては、嵐の前の静けさに感じて恐ろしいがな……」
「え?」
「いや……ディーネは無事だろう。なにせ、あのディーネだからな。無事ではない姿を想像するほうが難しい」
「ふふ、確かにそうですね」
クロード様の気遣いと納得できる言葉に心が少し軽くなった。
今は、目の前のことに集中しないとね。
久々更新になってすみません…仕事量が増えたり突然の端末故障でデータが飛んで書き直したりで遅くなりました。
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