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 ***


「と、いうことで本日から魔法のお勉強しましょう!」


 部屋に入ってすぐ手を叩いて明るく伝えると、机の前で読書していたグレイデル卿はジト目で私を見あげた。


「なにが“と、いうことで”なのかわからないが……今日からなのか? 何も聞いてないぞ」

「サプライズです。医師も無理のない範囲で、クレア様も死なない程度ならと許可をもらってますのでご安心ください」

「医師と母上の許可範囲が合ってないのだが⁉」

「はーい、問答無用でお連れしまーす」

「椅子ごと浮かせるなー‼」


 風魔法で持ち上げ、騒ぐグレイデル卿と共に裏庭へと移動する。

 地面に降ろすと、背もたれにしがみついていたグレイデル卿は長いため息をついた。


「移動は楽だったはずなのに、どうしてお疲れの顔をしてるんです?」

「気疲れという言葉を知っているか……?」

「まだまだ若いのですから、体力と気力も鍛えないとですね!」

「はあ……もう勝手にしてくれ。それで、何を始めるんだ?」

「そうですねえ……」


 魔法の勉強といっても、私に教師のような丁寧な説明は難しい。そもそもイメージで使っているから具体的な教え方がわからない。そのイメージだって色々な体験からくるものだし、辺境伯邸という狭い世界しか知らない彼には難しいことだろう。

 なので、頭で教えるより体に叩き込むほうが下手な説明より覚えやすいという結論に至ったわけで。


「子供の頃に遊んだことを魔法を使って再現しましょうか」

「は?」

「グレイデル卿は小さい頃、どんな遊びをしましたか?」


 貴族といえど、本格的に学ぶ前は平民と同じように庭を駆け回ったりかくれんぼといった遊びはする。レイラもお兄様や使用人と一緒に屋敷でかくれんぼやおままごとをして遊んだ記憶があったもの。

 グレイデル領だとかまくらを作ったり、雪合戦がメインの遊びかしら?

 そう思いながらグレイデル卿の答えを待っていると、彼は戸惑い気味にうつむいた。


「ない……」

「え?」

「遊びは平民がすることで、貴族は小さくても威厳を保たないといけないから……そんな、幼稚なことはしないと教わった」

「剣を学ぶ前も?」

「物心つく頃には木剣を持たされて、素振りの練習はしてたが……」


 ……思ったより教育面の歪みが深かったわね。これはやっぱり、メリアンヌさん派の使用人によるものかしら。


「グレイデル卿、遊びは悪いことでも幼稚なことでもありませんよ。貴族の体面も必要なのは事実ですが、それだけに縛られる貴族になってはいけません」

「で、でも僕はもう小さい子供じゃない……今さら、遊ぶなんてことできない。大体、やり方も知らないのにどうしろって言うんだ」


 拗ねたような、投げやりな雰囲気なのは遊び方を知らないのが恥ずかしいのか嫌なのか……。

 グレイデル卿って変なところ気にするのねーーなんて言ったら怒られそうなので黙っておこう。


「……では、今日は遊びましょうか。私がやっていた遊びをしましょう」

「だから! 僕は子どもじゃないからそんなこと……」

「ええ、ですから年齢に合わせたレベルにします。大丈夫、退屈はさせませんよ」


 笑顔で言ったのに、グレイデル卿はものすごく引きつった顔をした気がするけど……ま、いっか。


「これも授業の一環で、平民の生活を学ぶことにも繋がりますよ」

「っ……」


 ただ遊ぶということに拒否感があるなら、授業で必要なのだと納得させればいい。言葉遊びのようだけど、魔法を使うから嘘ではないし問題もないだろう。


「……それで、なにして遊ぶんだ?」

「グレイデル卿は火と土魔法が使えますよね。その二属性でできることをしましょう」


 火魔法は危ないし、忌避感もあるようだから最初は土魔法がいいわよね。


「まずは土魔法ですね。グレイデル卿は……」

「それ、やめないか?」

「え?」

「呼び方……こっちが教わる側なんだし、名前でいい。僕も貴女のことは先生と呼ぶ……」

「そうですか。では、ユーリ様と呼びますね」


 先生って柄ではないしむず痒いけど、本人がそうしたいならいっか。使用人以外の異性の名前呼びは気恥ずかしいお年頃っぽいし。

 さて、土魔法で気軽に遊べるもの……砂山は違うわよね。そうなると、遊具がいいかしら。


「では、今回はこちらにしましょう!」


 言いながら土魔法を発動させ、三メートル程の高さのすべり台を生成する。

 ユーリ様は呆気に見ていたけど、構わず背面の階段に促した。


「ほら、この階段をのぼってください。ちゃんと角度も緩くして手すりもつけましたから上りやすいですよ」

「初心者に優しい設計……じゃなくて! なんだコレ? 上ってどうするんだ⁉」

「すべり台です。頂上までいって一気にすべるんですよ」

「それからどうするんだ?」

「どうもしませんけど」

「…………」


 は?って顔してるけど、すべり台に意味を問うこと自体が無意味だと思うのよね。すべって楽しい、以上。それ以上でも以下でもない。


「これはまだ初心者コースです。こんな遊びもあるんですよって紹介のようなものですから」

「そ、そうか……それにしても高くないか? これが普通なのか?」

「年齢に合わせてレベルをあげると言ったでしょう? 小さな子向けだともっと低いですが、ユーリ様ならこの高さでいいかなって」

「年齢云々の前に初見なんだが……⁉」


 そんな強張った顔しなくても。おかしいわね、中学生男子なら高いところ平気でのぼるイメージなのに。


「とにかく、すべってみてください。何事もチャレンジですよ」

「わ、わかったから押さないでくれ!」


 縁の部分で立ったまま固まるユーリ様を見て高すぎたかなと考えていると、彼は意を決して走り出した。


「ユー……」

「う、ぅああああああ!」


 まだ本調子ではないのに急角度を走るとか大丈夫なのかしら。と、思っていたら案の定転びそうになっていたので激突する前に風魔法で浮かせて停めた。

 ゆっくり地面に降ろすと、脱力した様子で両手と膝をつけて崩れる。見守っていたラスタさんが慌てて駆け寄ってきた。


「し、死ぬかと思った……」

「ユーリ様、すべり台は座ってすべる遊具ですよー。走ったらものすごく危ないです」

「そういうことは先に言ってくれ‼」


 のんびりすべりながら注意するとユーリ様は半泣きで振り向き、産まれたての小鹿のような足でラスタさんを支えに立ち上がる。


「でも、楽しかったでしょう?」

「この姿を見てどうしてそう思えるんだ……⁉」

「おかしいですね。平民の子は飽きるまで何万回もやる遊びですけど」

「平民の子供は恐ろしいな……」


 この反応、本当に子供らしい遊びの経験がないのね。幼少期の経験は大人になっても心に残るものだし、人格形成にも重要なもの。今のユーリ様が悲観的で後ろ向きなのも、接していた使用人による精神誘導のせいもあるだろう。

 スパイであるメリアンヌさんがいずれ邪魔になるであろう後継のユーリ様を殺さなかった理由がわからなかったけど、辺境伯を慕っていたことで何となく腑に落ちた。ユーリ様はクレア様の子供ではあるけど、半分は辺境伯の血を持ち容姿も父親に似ている。きっと、メリアンヌさんは辺境伯に似た彼を殺さず従順な人間に育てて飼い殺しにするつもりだったのだろう。

 たから、ユーリ様の教育はあまりさせず最低限にするよう仕向けた。無駄な知識がつかないように。


(まったく、環境が整った家庭にいながら子供を自由に遊ばせないとか大人がすることではないわよ)


 苛立ちをため息で吐き出していると、子鹿から復活したユーリ様は改めてすべり台をのぼっていた。


「嫌になったかと思いました」

「さっきのは間違った使い方だったんだろう。座りながらなら怖くない……たぶん」


 言いながらもやはり高さのせいか、縁に座ったまま固まっている。


「低くします?」

「い、いい! 僕は子供じゃないんだからな!」


 自分に言い聞かせながら一気にすべり降り、下で見守っていたラスタさんの元で止まる。

 しばらくその状態で固まっていたけど、一つ深呼吸するとゆっくり立ち上がった。


「す、すべったぞ」

「はい。上手にすべりましたね、どうでした?」

「……最初があれだったから不安だったが、それほど怖くなかった」

「よかったです。では、慣れるまでやりましょう」

「わ、わかった」


 今ので不安が解消したのか、特に怯えもなくすべり台にのぼっていく。

 少しすると楽しくなってきたようで、童心に戻ったのか何度も繰り返しすべるようになっていた。


 その後、休憩を挟んだところで提案してみる。


「ユーリ様、そろそろ次の段階にいってみます?」

「次の段階?」

「このすべり台は初心者コースです。次は改良した中級者コースのすべり台で遊びましょう」

「すべることには変わりないのか」

「ええ。基本は変わらないので気が楽でしょう?」


 別物だと見知らぬ遊具にまた緊張して萎縮してしまうかもしれない。それなら、一度経験したものを少し変えて徐々に慣らすほうがいいだろう。


「すべるだけでいいのか? 少し変えただけじゃすぐ飽きるかもしれないぞ」

「あら、自信がついたようで何よりです。では、中級者コース作りますね! ラスタさん、あれを持ってきてもらえます?」

「かしこまりました」

「……?」


 屋敷に戻るラスタさんを見送り、果実水を飲みながら私の作業を見ていたユーリ様は持っていたカップを落とした。


「よし、中級者コース完成!」



あとでクロードに「侯爵家ではあんな遊具があったんだな」と言われ、レイラはすべり台の存在がなかったことに気付いて冷や汗をかいたとかどうとか。

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