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「一体、誰が……あっ」
亀裂が入っていた魔石が割れ、乾いた音を立てて床に転がる。拾い上げると役目を終えた魔石は白く濁って亀裂の部分から砂へと変化していた。
「レイラ、ブローチになにか書いてある」
「え?」
覗き込むと、魔石が嵌められていた箇所に記号か文字らしき何かが一文字書かれている。読めないので意味はわからない。
「記号というかイニシャルのような……サイン、でしょうか……?」
「人物の特定になりそうなものをわざわざ?」
「ま、まあ確かに……」
マントとブローチは足がつかないよう自作するくらい警戒しておいて、自分の文字は記しておくとか本末転倒ではないかしら? そんな手掛かりになる物をわざわざ残す意味なんてないはず。
「……ルーベウスさん。念のため、対のネックレスも見せてもらえますか?」
「かしこまりました」
マントの製作者が対のネックレスも作ったかはわからないけど、もしそうであれば同じものが書かれているかもしれない。
案の定、ネックレスも隅々まで確認したらわかりづらい箇所に同じ記号が書かれていた。
「本当にあったな……」
「少なくとも、記した者にとっては意味があることなのでしょう」
ネックレスに残った魔力はクレア様とグレイデル卿のしかなく、元を辿れるような痕跡はなかった。けれど、どうやら製作者は携わった作品すべてにこの印をつけている可能性が高い。性能を考えるにこれらはきっと試作品の段階。それにすら印を入れる徹底ぶりなら、今後も続けるだろうしいずれ本人に行き着くかもしれない。
戦時利用の魔法具を作る設備がルミナート以外にあると思うとゾッとしないが、いくらルミナート王国内で技術が秘匿されても絶対に守りきれるものではない。関係者が他国に情報を流すこともあり得るし、知恵のある者がいれば少ない情報で技術を会得することもあるだろう。
いつか、ルミナートを超える魔法具師も他国で現れる可能性だって……。
魔法具を使うには魔力や魔石が必要になるからルミナート以上の量を作れるとも思えないけど。魔法具関連で競合なんてルミナートを挑発したらどうなるか……って周辺諸国からは敬遠されて孤立後、経済的に滅ぼされそうよね。
……あの国、やっぱり怖いわね。
(そう思うと、同盟国のリディオントだけでなく魔法具作成に手を出してルミナートに睨まれる理由を作りそうなオロイエは無謀というか蛮勇というか……)
前々からあった疑問と一連の魔法具……これらはきっと繋がっている。そして、中心人物はこの魔法具の製作者――魔法具師だろう。おそらくその人物がディーネの眷属を捕らえた道具も作ったか、そうでなくても何かしらの関与があるはず。
(そうだ。今までは闇市関係で入手した魔法具を使っていると思っていたけど、そうではなく作り出せる魔法具師が関わってるとなると……本格的に戦争が始まったらだいぶ厄介なことになるのでは?)
戦時には他にも知らない魔法具が出てくる可能性だってある。戦争となったら製作者にとって有益な性能実験場になるわけだから、それこそ大規模魔法並の破壊力を持つ兵器だって――。
(眷属の力を利用する絶好の機会でもある……!)
私の過剰な妄想だったらそれでいい。けど、一連の魔法具の製作者が同一人物である事実も捨て置けない。僅かでも可能性があるなら砦にいる辺境伯に伝えておくべきだろう。油断することはなくても、想定外の攻撃に対する情報があるのとないのとでは咄嗟の対応に差が出るものだから。
「レイラ? ずっと深刻な顔で黙っているが、大丈夫か?」
「……すみません。色々考えてしまって」
まだマントとネックレスの製作者が同じだっただけで、他の魔法具もそうだという根拠はない。敵に魔法具師が存在するかも考え過ぎで、私が不安になりすぎてネガティブ思考に陥っているだけなのかもしれない……けど!
(独断で完結していいほど小さい問題じゃないし、警戒するに越したことはないものね)
ディーネが十日以上も音沙汰なしなのも気がかりだし、隣国の人間に捕まったなんて考えたくもないけど……。
ああ、色々なことがありすぎて頭がパンクしそうだわ!
「ルーベウスさん。私がこれから話すこと、必要だと感じたら辺境伯様へ鷹を飛ばして知らせてください」
確信もないただの可能性。経験の浅い私よりは、騎士のクロード様や長年辺境伯に仕えている家令のルーベウスさんに相談したほうが的確な判断をしてくれる。
私は敵に魔法具師がいること、戦時に新たな魔法具が使用されるかもしれない可能性を二人に話した。
話を終えると、クロード様やルーベウスさんは神妙な表情を浮かべ何事か考えていた。
突拍子のない話だと一蹴されるかと思ったけど、ルーベウスさんはマントやネックレスを見ると重々しく頷いた。
「確かに、これらの魔法具は初めて見るもので存在すら知らなかった道具です」
「俺も聞いたこともない性能の魔法具だった。敵に魔法具師がいて、その者の発明であるなら他にも未知の魔法具があっても不思議ではない」
「ルミナートの騎士殿でもそうでしたら、レイラ様の話も可能性が高くなりますね」
「考えすぎであればいいのですが……」
「急ぎ鷹を飛ばします」
即断し部屋を出るルーベウスさんを見送り、脱力しながらため息をつく。
グレイデル領に来てから問題が起こりすぎて既にキャパオーバーなんですけど……。本当、こんな大ごとを私に任せるとか殿下は何を考えているのかしら。
まあ、どの道精霊使いとして出動要請は出ただろうし遅いか早いかで言ったら、戦争前の現状が最善だったのかもしれないけど。知らない間に戦争が起きて万一グレイデル領が落とされた後に話が来ても、その時にはもうクレア様やグレイデル卿は命を落としていたかもしれないものね……。
(はあ、私みたいな一般人に王太子殿下の考えてることなんてわかるわけないわ。今できることだけ考えよう……)
教育係の件も前倒しで始められそうだし、今日はもう部屋でゆっくり休もうかしら。
そう思ってクロード様に声をかけようとしたら、慌てた足音と共にラスタさんが飛び込んできた。
「レイラ様、急に申し訳ありません! 至急お願いしたいことがあります!」
いつも落ち着いているラスタさんにしては珍しく、焦った様子はただならない状況であることが丸わかりで……。
……部屋でゆっくり休むのはまだ無理そうね。
***
半ば引っ張られる形で部屋から出て、足早に行くラスタさんについて行きながら声を掛ける。
「一体何があったのです? もしや敵の襲撃が……」
「いえ、襲撃ではないのですが……その……」
「?」
歯切れの悪い言葉に首を傾げると、ラスタさんは肩を震わせながらポツリと呟いた。
「元侍女長の存在が奥様の耳に入ってしまいまして……」
元侍女長……捕らえたメリアンヌさんのことよね。そういえば、体調の問題もあって伏せていたんだっけ? 今のクレア様なら知っても大丈夫そうだけど……。
「もしかして、体調不良になってしまったとか?」
「い、いえ。奥様の体調は良好です」
「それでしたら、捕らえたことを知っても問題ないのでは?」
「それが……地下にいることを知るや、奥様直々に尋問されると元侍女長に会いに行かれて……」
「あらまあ」
「旦那様不在の状況でもし奥様が暴走してしまった時、我々で止められるかわからず……」
「はあ」
「他の侍女は奥様の圧に負けてしまいますし、使用人とはいえ旦那様以外の異性が複数で奥様のお身体を押さえるなどあってはなりません。他に頼れる強靭な女性は邸内にレイラ様しかいらっしゃらないのです」
「…………」
なんか失礼なこと言ってる気がするけど、それ程切羽詰まってる状況なのかしらね。
……ところで、奥様が暴走ってなに?
「気にしすぎではありません? クレア様が短慮な行いをするとは思えないのですが」
結果的にスパイではあったものの、メリアンヌさんは長年辺境伯邸で働いていた使用人だ。クレア様付きの侍女でもあったし、裏切り者という点を差し引いても過ごした時間は長くいい思い出もあるだろう。
ラスタさんは問答無用でメリアンヌさんを殴り倒すみたいなこと言ってるけど、いくらなんでもあの穏やかなクレア様がそんなヤンチャするわけ――。
……と否定する気持ちになりながら、ふと辺境伯の頬に拳の跡があったことを思い出した。
(いやいや、まさかね〜)
地下に入ると、とても静かなもので争っているような物音はしない。やはりラスタさんの気のせいでは、と口にしようとした時ドアを開けて目に入った光景は……。
「あら、どこかへ行ったと思ったらレイラさんを連れてきたの?」
格子の隙間からメリアンヌさんの胸ぐらを掴んでいるクレア様の姿だった。




