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「なにから始めようかしら……」
砦から戻ったばかりだし、一日くらいはのんびりしようかと思ったけどいつ何が起こるかわからない状況なのは変わらない。リンドット襲撃に備えてできるだけ準備はしておこうと部屋を出ると……。
「どこへ?」
ドアを開けた直後にクロード様から声が掛かった。
……あれ、この感じ朝食後からずっと廊下にいました?
「えっと、ちょっと街の外周を確認しに……」
「わかった。行こう」
「でも、外は寒いので」
一人で大丈夫、と言おうとしたけど睨むように見られてしまった。
あ、これ絶対頷かないやつだわ。聞く耳なさそう。
「忘れてるようだが、俺はレイラの護衛なんだからな」
「はい……」
忘れてはないんですけどね……。砦で魔獣と戦闘があったこと話したら「また俺がいない時に……!」と頭抱えてたもんね。私としてはクロード様を巻き込まずに済んだから良かったけど……あ、代わりに砦の人達を巻き込んでしまったんだわ。
やっぱりレイラというキャラクターはどこ行ってもトラブルが起きるのね……。中身の私のせいではないわよね、うん。
(と、相変わらずのゴタゴタでクロード様の心配性が加速してしまったみたい)
反論するつもりもないので大人しく引き下がり、使用人に外出することを伝えて馬車で街の入口まで送ってもらうことにした。
「街の外で何をするつもりなんだ?」
「お願いと……不審者がいないかの確認です」
「不審者はともかく、お願い……? 誰かと待ち合わせが?」
「いえ、もしもの時の保険です」
「?」
本当はそんな“もしも”なんて起きて欲しくはないのだけど。念には念を、ね。
百聞は一見にしかず。意味がわからず疑問符を浮かべているクロード様に「一緒に来ればわかりますよ」とだけ伝え笑みで返した。
***
翌日。
「おはようございます、グレイデル卿……?」
「ああ……って、どうして疑問形なんだ……?」
朝食のため食堂に入って挨拶して、思わず首を傾げる。怪訝な表情で見る相手に近寄ってまじまじと見ると、グレイデル卿は居心地悪そうに眉を寄せた。
「な、なんだ……」
「グレイデル卿、驚くくらい魔力が増えてますが体の調子はどうです?」
「魔力は……わからないが、調子はいい」
「へえ、魔鳥効果ですかね。いい感じです、健康的になってます」
青白かった顔色も戻ってきてるし、頬にも薄く赤みがさしている。さすがに肉質はまだ足りないけど、成長期だし今後も食事をとっていれば問題なく育つだろう。
間近で見られていることが不快だったのか、グレイデル卿は顔を逸らすなり背を向けてしまった。
「ち、近い! もういいだろ!」
「ごめんなさい。驚いてつい」
不躾だったと反省しながら席に着くと、クロード様がため息をついているのが横目に見えた。
「また貴族に目をつけられたような気がする……」
「?」
うつむいてしまったグレイデル卿を見て小声で何か呟いていたような気がしたけど、クレア様が入ってきたのを見てその様子もすぐ忘れてしまった。
自身の足で杖もなく歩いて入ってきたからだ。
いつでも支えられるよう傍らに侍女を伴ってはいるものの、手を借りることもなくクレア様はゆっくり歩き、自身の席へついた。
グレイデル卿も驚きながら彼女を見ている。
「母上……」
「ふふ、驚いた? 私もよ。目が覚めたらとても体が軽く感じて、一人で起き上がれたのよ」
嬉しそうに微笑むクレア様を見つめ、魔力の流れを確かめる。さすがに歩く時は強化魔法を使用しているけれど、昨日より魔力量が増えている。グレイデル卿もそうだったからクレア様もだろうと思ったけど、これは予想以上だわ。
(でも、私も同じ料理を食べたけど魔力が増えたわけではない……と、思う。クロード様もそんな様子はない)
砦で鳥肉パーティーした時も辺境伯や魔法部隊長であるブランド卿の魔力量も特別増えた感じはしなかった。
私とクロード様、辺境伯達に影響はなく、グレイデル卿とクレア様は大幅に魔力が増えた理由……。魔鳥の肉が関係しているのは確かだろうけど、この差はなんだろう?
(……もしかして、あるべき量に戻ってきている?)
魔力が増えるというより、激減した分の魔力を補填する効果があるのなら二人だけが増えたと感じた理由に合点がいく。
それなら少し休めばすぐ元の魔力量に戻る私や辺境伯達に変化がないのも頷ける。
まさかこんなに早く効果が出るとは思わなかったけど、これは嬉しい誤算。回復が早ければクレア様の体調も元の状態に戻る可能性が高くなってきた。
「料理長、魔鳥の肉はお二人だけに。摂取するほど魔力が戻るようですから」
「か、かしこまりました」
持ち帰った肉はそう多くない。私やクロード様にまで同様の料理を出すのは勿体ないだろう。これから朝食なので既に用意してしまった分は仕方ないけど、昼食以降は二人だけに魔鳥の肉を振舞ってもらおう。
「ルーベウスさん、お医者様を呼んでください。改めてクレア様を診てもらいましょう」
「はい」
処方された薬に変更が出るかもしれないし、昨日診てもらったばかりだろうけど一日で劇的に回復しているなら再検診してもらわないとね。
「これも魔獣肉の効果なのかしら?」
「そうだと思います。あの魔鳥は魔力を喰らう魔獣だと聞きましたし、肉にも魔力が含まれているようでしたから」
あー、もう少し貰っておけば良かったかな。お試しだったから、まさかこんなに効果があるとは思わなかったのよね。
「近くを飛んでいればまた狩れるのに……」
「恐ろしいことを何気なく言わないでくれないか……⁉」
残念がる私に、グレイデル卿が顔を引き攣らせていた。
***
「そういえば、あの男が着ていたマントって回収したんでしたっけ?」
“あの男”とは辺境伯邸に来てまもなく、夜に現れた襲撃者のことだ。ルーベウスさん達に任せてそのままだったけど、ふとあのマントの存在を思い出した。
私の問いかけにルーベウスさんは表情を変えず小さく頷いた。
「ええ。武器はもちろん、所持品は全て取り上げております」
「では、あのマントを見せてもらっても?」
「わかりました。すぐお持ちします」
ルーベウスさんの背中を見送っていると、クロード様が不思議そうに首を傾げる。
「そのマントを見てどうするんだ?」
「魔力が残っていたら、何か分かるかなと思いまして……」
思い起こすと、今回の一連の出来事は魔法具の使用が多かった。姿を視認し辛い物から魔力の相互伝達、魔法封じ……普通では売っていないような効果のものばかり。
魔法具といえばルミナートだと思っていたけど、こんな魔法使いに不利になるような代物を開発しても他国の人間に売り渡すなんてことするだろうか。それこそ事が公になった場合、非難を受けるのはルミナート自身だろうに。
(……ルミナートの人間に裏切り者がいるか、他国の人間がそれを狙っている、とか?)
魔法関連の品といえば魔法大国ルミナートだと世界共通の認識になるくらいには有名だ。もし、それを逆手にとって魔法具を独自に開発、悪用しあまつさえ戦争道具として大々的に使用されたら。
ルミナートを利用し、リディオントを攻めて得する国は……まあ、少なくはないだろうけど。実行できる力がある国があるかを考えると、それは皆無に等しい。周辺諸国が手を組んでも魔法王国ルミナートを攻め落とすなんて不可能。それくらい、あの国は攻守ともに盤石なのだ。
(……って、そんなこと考えても仕方ないわね。今は魔法具のこと調べないと)
すると、ルーベウスさんが戻ってマントを渡してくれた。胸元に小さな魔石入りのブローチが付いたフードマントは所々焼けて穴が空いたり傷んでいるが、これは私が男を燃やした時の名残だろう。
「……なにかわかるか?」
「魔力は感じないですね。ブローチの魔石も亀裂が入ってますし、もうこのマントに魔法具としての機能はないと思います……」
「魔力を込めたら使えるのか?」
「マント自体がボロボロなので難しいかと」
ブローチの魔石も元があまりいい石ではなさそうだし、このマントは使い捨てに近い代物かもしれない。魔力の残滓すら感じないので痕跡を辿れないのが残念ね。
「この魔法具はルミナート製なのでしょうか?」
「どうだろうな……俺もすべての魔法具を把握しているわけではないし。だが、ルミナート王国の物なら印が彫られてあるはずだ」
「あ、確かに! 店の名前とか……」
マントを裏返して隅々まで見てみたものの、それらしき印はない。消したりタグを切ったような跡もないことから、少なくとも正規品ではないのはわかった。
「ルミナートのものではないようですね。マントも既製品ではないみたいですし……」
「マントもブローチもどこかの誰かが作成したということか?」
「ええ。既製品を使っていれば店舗が割り出せたでしょうが、どこでも手に入る安価な生地を使用してますしブローチも技術があれば作れます。相手もそこまで愚かではなく、多少の警戒心はあるようですね」
このマントにルミナートが関与してないことがわかったのは良かったけど、それだとまた新たな問題が出てくるわけで。
間が空いてしまいすみません…
12月の激務続きで時間が全然とれませんでした。スタミナほしい…




