お父さんからの依頼
今日でバイトを始めてからちょうど2週間、尾賀さんの両親も旅行から帰ってくる日であり泰助のバイトも本日で終了… のはずだったが、「旅行で疲れたからもうちょっと休む」と、尾賀さんの父さんが言い出したので泰助のバイトはさらに3日程延長となった。
仕事を休むと言ったお父さんに対して「いい加減にしてまじめに働け」そう言って尾賀さんは怒ったが、
「お前も彼氏と少しでも長くいられてその方が良いだろう」お父さんは涼しい顔をしてそう言った。
都合よく勝手に付き合っていると決めつけ、それが理由で「お前のためになるから俺は仕方なく仕事を休んでやるんだ」と言う超絶的な屁理屈をこじつけられた尾賀さんは顔を真っ赤にして怒りで震えていた。
そして絶叫する…
「彼氏じゃないって言ってるでしょ!」
思わずそう怒鳴ったが、ふと横を見るとそれを聞いていた泰助の表情がどことなく曇っていく。
それに気付いた尾賀さんは「べ、別に柳瀬君の事嫌いじゃないからね…」と慌ててフォローを入れる。
(なんで私がこんなに言い訳じみたことを言わなきゃならない?)
そう気づいた尾賀さんは、怒りの矛先を全て父さんに向けようとしたが、その時には既に父さんは逃亡していた。
「ごめんね、柳瀬君…」
「別にいいよ、どうせ暇だし…」
そう言った泰助の表情にいつもの明るさは無く、明後日の方を向き目は遠い所を見ていた。
確かに俺は彼氏じゃない… でもあんなに全力否定しなくても… グスン…。
そんないじけて少し拗ねてる泰助を見て尾賀さんは心の中で必死に言い訳する…
柳瀬君… 違うの、そうじゃないの… 本当は好きなの、でも言えないの… だから彼氏だと言えないの、でも本当は彼氏になって欲しいの… でもそうなると色々問題が起こるの… だから…
私は何を言ってるんだろう?
本音と建前のはざまで、もはや何をどう言ったらよいのか分からない状態となっていた。
ただ一つだけはっきりと分かる感情が大きく沸々と湧き上がってきた。
それは父に対する殺意…
それからその日もいつもの時間に店は開店し、泰助は昨日と変わらない仕事を尾賀さんやバイトの先輩たちと共に行っていく。すっかりバイトの先輩たちとも仲良くなった泰助にみんな気軽に声を掛ける。泰助もそんな先輩たちと冗談を言い合い話すのがとても楽しいと感じていた。
今日は明日から配置換えする本のリストを作成してその準備を行う。そのため泰助は朝から女子大生の先輩の人と二人で倉庫の本整理を行っている。明日から発売される予定の漫画の単行本が多く、平積みにするか、別の場所を作るかなどを先輩と一緒に考えていた。
どの単行本が人気があるのかなどを考えて、それらの本がどこにあるのかをいかに分かりやすく見せるようにするかなど、二人で色々と意見を出し合い細かなところまで決めていた。
そんな折、先輩がふと尾賀さんの事について話し始める。
「そう言えば奈瑠美ちゃん… 最近若い男の子の客に囲まれても殆どオドオドしなくなったな…」
「へー、そうなんですか… 前はどんな感じだったんすか?」
「前か… この店で仕事を始めた高校1年の最初のころは酷かったね。 なにせ若い男の客の対応が全くできないんだもん」
「そんなんだったんですか?」
「初めは酷かったよ… ま、でも少しずつ変わって来て何とか対応できるようになって来てたんだけど…」
「けど… なんですか?」
「ここ1ヶ月ぐらいから男性客への対応も急に良くなってきてて… それで君がバイトに入るとさらに一気によくなった」
そう言ってバイトの先輩は泰助をジロジロと見定めるような感じでじっくりと眺め、なにやら怪しい表情を浮かべながら、「そう言えばどうして君はここでバイトすることになったの?」そう泰助に聞いてきた。
「んー、たいした理由は無いですよ。夏休み暇かって聞かれて、そうだよって答えたらバイトやんないって誘われただけで…」
「ふぅ~ん… 奈瑠美ちゃんは他の誰かにもバイトの誘いをしたのかな?」
「それは… 俺には分かりませんね」
「もしかしたら柳瀬君にバイトに来てもらいたかったのかな?」
そう言いながらバイトの先輩の顔はどんどんとにやけてくる。
「俺が暇そうにしてたから声を掛けやすかったんじゃないですかね」
そんな泰助の返事を聞くとバイトの先輩は何やら少し厭らしい表情をして悪戯っぽい感じで泰助に言う。
「いいなぁ~ 高校生か~ 青春だねぇ~…」
先輩は眼を閉じて感慨深いといった感じで腕組みをしながらうんうんと一人で頷いていた。
そのとき泰助は… 先輩が目を閉じていることをいいことに、ガッツり先輩のおっぱいを凝視していた。
先輩… なかなかいけてますよ。 ズバリ先輩はAランク… 先輩、俺ついて行きます。
泰助も尾賀さんに好意を持たれているのは分かっている。ただそれがどの程度なのかはよく分からない。まだ友達より少し上程度なのか、それともはっきり好きだと思っているのか…
それに泰助はいくら好意を持たれていても、今はまだ尾賀さんと一定の距離を保つと決めている。
尾賀さんの怯えが無くなるまで、俺がしっかり守ってあげよう…
なんだか昔を思い出すようで泰助はそのことに凄くやる気を出していた。
今度は菫じゃなく尾賀さんを守ってあげないと…
先輩と一緒に明日の準備をやり終えた泰助はいつも通り店内フロアの巡回に入る。
客が無造作に置いて行った本や、異なる場所に戻された本などを正しい位置に綺麗に直していく。
そんな作業の合間も泰助は、時折レジ周辺にいる尾賀さんの様子を見て、どこか不安げな表情になっていないか確認し、困っていそうであればすぐに近づいて尾賀さんの視界の中に入り黙って尾賀さんを見守る。
泰助は仕事中いつもそうしてできるだけ尾賀さんの近くにいることを心がけ、彼女が不安にならないように努力した。それは尾賀さんに頼まれたわけでもなく、ただ自分がそうしたいからやっている…
そんな気持ちでやっているため、泰助の表情はいつも明るく生き生きとしている。
そして… 泰助が尾賀さんを思いやるその気持ち… それはしっかりと尾賀さんに伝わっていた。
尾賀さんの心に残った大きな傷跡を泰助は毎日少しずつその暖かさでゆっくりと埋めていく。
そうして昔の傷のほとんどは癒され、もう少しで傷の大部分が埋まろうとしている。
だが、昔の傷がどんどん治っていくのを感じるたびに、今度は別の大きな傷が出来そうになっていることを尾賀さんは気づいていた。
それでも尾賀さんはそのことに納得している。
男性不信の傷よりも、好きな男の子にフラれてできる傷の方がよほど健全だ…
そしてバイト延長期間もあっという間に過ぎていき、とうとう最終日の夕方となった。
泰助は尾賀さんのお父さんに呼ばれて、尾賀さん宅のリビングのソファーに腰を下ろしている。
「取り敢えず柳瀬君、本当に御苦労さんだった。感謝してるよ」
尾賀さんのお父さんはそういって泰助にバイト料の入った封筒を差し出した。
「いえ、そんなにお役にたてなくて申し訳ないです」
泰助はバイト料が入った封筒を見て、そう言えば自分は仕事をしていたんだと言うことに気付く。
元々このバイトを受けたのは尾賀さんの近くに居たかったから… それにバイトとはいえずっと尾賀さんの近くに居れたことで、以前と比べ物にならないほど尾賀さんと親密になれた。
泰助にとっての本当の目的はそれだったので、目的が達成された充実感ですっかりバイト料の事も忘れていた。
「それと… これを受け取ってくれないかな…」
「なんですか、これ?」
泰助はバイト料とは別にもう一つの封筒を渡された。
「開けてみてくれ」
「………はい」
何なのかは分からないが、泰助はとりあえず封筒を開けてみる。
その中には遊園地の招待券と結構な金額のお金が入っていた。
「なんなんですか… これ?」
「特別にあと1日だけバイトを頼みたい。日にちは君の都合の良い日でいい。奈瑠美を遊園地に連れて行って楽しませると言うバイトを引き受けてくれないか… 柳瀬君。 そのお金は必要経費とバイト料だよ」
「… どういうことですか?」
泰助の問いにお父さんは両手を組んで少し俯いて寂しそうに語り始めた。
柳瀬君も気付いているとは思うが… 今の奈瑠美は男性に恐怖心を抱えてるんだ。
中学の時は全くそうじゃなかった。オシャレが好きで明るくて、自分は男の子に人気があるんだと言ってよく私に自慢していたよ。それに彼氏もいたようで、デートに行く時は本当に幸せそうにしていた。
しかし、そんな奈瑠美は中学卒業を境にいっさい男の子に近寄らなくなった。
しかも高校生になってから学校へ通う格好を見ると、変装でもしているのかと思うほど地味な格好をする。
何かがあったのは確かなんだろうが、それよりももう一度明るく元気だった昔の奈瑠美に戻って欲しい… 私と母さんはそれだけを願うようになったよ。
高校に入ってからの奈瑠美からは、男の子の気配が全く感じられなかったんだが…
最近少し様子が変わってきたなと思っていたら君をアルバイトに誘ってきた。
正直言って驚いたよ… あの奈瑠美が、しかもクラスメイトの男の子を連れてくるなんてね。
でもね、柳瀬君… もっと驚いたのは君の事を初めて私と母さんに話したときの奈瑠美の顔が、昔のように女の子の顔をしていたことなんだよ。あれだけ男の子を怖がっていた奈瑠美がね…
そして柳瀬君がアルバイトに来た。
最初の日に一緒に仕事をして君と言う人を見させてもらったよ…。
なるほどと思った。奈瑠美はなかなか良い目をしていると感心したよ。
お父さんは尾賀さんの今までの様子を全て泰助に説明した。泰助もそれを真剣に聞いていた。
尾賀さんの男性に対する異常な反応… その理由は泰助が一番知りたかったことであった。詳しい事情までは判明していないが、どのような経緯だったのかは幾分か理解出来てきた。
(尾賀さんから男性への恐怖心を無くさせないと何も始められない… だけど、俺ならやれそうな気がする…)
泰助には漠然とした自信があった。自惚れではなく、何となくやりようがあるということが分かっている。ただ、最終的に尾賀さんの気持ちがどう変化するかまでは泰助にも自信はなかった。
「わかりました… 特別バイトは引き受けます。…どうせそんなの関係なく尾賀さんを誘う気でしたけどね」
「そう言ってもらえると有難いよ」
お父さんはほっと安心したように表情を緩めたが、何故かそれから急に表情を険しくして泰助に詰め寄るように言った。
「わしが思うに奈瑠美は柳瀬君の事が好きだ… 柳瀬君はどうなのかね?」
「俺は尾賀さんの事は好きですよ… だからバイトも引き受けたし」
泰助が明るく答えると、お父さんの目はキランと光る…
「柳瀬君… 奈瑠美のことを頼む」
「はい、わかりました」
「あと奈瑠美のオッパイも」
「それはもう、ぜひ!」
二人は熱く、熱く語り合った。
奈瑠美のおっぱいがいかに素晴らしいかについて…
そして語りつくした後は共感のあまり二人は手を取り合って涙を流していた。




