啖呵をきりましょう
コモレビ達負傷者組が離脱して随分と経つ。
ムツキ達は、コロトコルからやや離れた緩やかな坂の上に陣取り、柔らかな土の部分に浅い落とし穴を築き、乱杭代わりに戦場で拾い集めた刀剣や鎧をばら撒き、戦死した敵の兵隊を土嚢代わりに積み上げ、敵の騎馬隊に備えていた。
馬の蹄を傷つける狙いだが、まだ不十分だ。
先陣を足止めできる程度で、戦意を挫くにはまだ足りない。なによりも兵がいない。
時間稼ぎもどこまでできるやら。
誰かの為に何かをする。
『昔の私が見たら、さぞ滑稽だろうな…』
鼻唄混じりに他者の魂を収奪し、知識欲を満たしていた頃がまるで嘘みたいだ。
『人生には何度か耐え難い苦難の時がくるって、誰かが言ってたけど、今がそれだろうか?』
『変なの…、なんだろこの気持ち』
けど、不思議と嫌な気分じゃない。
滅私奉公という言葉を聞いた気がするけど、そういう事じゃない気がする、なんとなく…。
必要以上に皆と仲良くなり過ぎたのかもしれない、離れ離れになって初めて気付かされるなんてね。鈍感な事この上ないなぁ。
変といえばこの二人も変だ。
「逃げたかったら、逃げていいんだよ?」
もう何度目かわからない提案を、ジェフとタイチョーにするムツキだが、その意見を頑として拒み続ける二人。彼等の覚悟は堅い。
ただ悲壮感はなく、清々しい雰囲気だ。
「つれないなムツキさん、ケツまくって逃げるより、連中に一泡吹かせてやりたいんでね…」
「うぅっ!」
タイチョーもジェフに同調する様な台詞を吐き、遠くから砂塵が舞い上がるのを凝視し、刀剣を抜き放ってその時を待つ。
乱戦で刀を手放さないように、利き腕と刀を布切れで何十にも巻きつけ、異様な風体だ。
タイチョーは身体を軽く揺すり、ジェフも肩をコキコキと鳴らし、なり損ない達がお互いの身体を寄せ合って槍衾を密集させる。
その中心にいるムツキがポツリと呟く。
「ほんと、律儀ね。…ありがとう」
その声が聞こえたのかわからないが、辺りを見渡すとジェフやタイチョー、なり損ない達までも微笑んでいるみたいに感じた。
目の錯覚だろう。きっと…。
砂塵と共に重低音の騎馬隊の音が響く。
三角錐の突撃隊形でこちらへ迫るベル隊の追撃部隊、隙間をなくして、長槍の穂先が鈍い光沢を放ちながら、こちらへ迫ってくる。
その数、数百人を超える規模だ。
馬のいななきに、人馬の呼吸、沢山の視線。
牽制で馬上から短弓の弓矢が飛んでくる。
お返しにこちらも長弓の弓矢をご馳走するも、前列の数騎が落馬するに留まり、落伍者を捨て隊形を直しつつなおも迫る。
愚直に、ただただ真っ直ぐに。
惚れ惚れする練度だ、スカウトしたいくらいだ。
ムツキ達が設営した、緩やかな坂に張り巡らせた罠を正面から突破してくる。
「目標はヤハウェの魔女!それ以外は刈れ!」
「「おうっっ!!」」
「俺達を舐めるなよ帝国の屑がっ!お前ら姐さんを守れ、死んでも守れっ!」
「「うぅぅっっーーあぁあぁあっ!!」」
両軍の魂の叫びがこだまする。
互いに譲れぬ想いが、願いが交錯し、死力を尽くさんばかりの奮戦をみせる。
ムツキ達は第1波攻撃を正面から弾き返し、続く第2波攻撃も悉く打ち払ったが、その次の第3波攻撃の前にとうとう膝を屈する。
寡兵にも関わらず、ムツキ達は自分達の数以上のベル隊の兵士を討ち取ったものの、そこが彼等の限界だった…。一人また一人と地面に倒れ伏し、動けなくなるなり損ない達。
だが彼等は皆一様に笑顔だ、それがまたベル隊の兵士達を震えあがらせる。
「よぉ、仮面の旦那…」
「まだあの世に逝ってないよな…?」
「…うっ」
ジェフは両足に矢傷を受け長槍が身体を貫通し、タイチョーの脇と鎖骨には刀剣が突き刺さっていた。血は既にどす黒く変色し、気力だけが彼等を支えている状況だ。
「きぃぃぇぇぁぁっ!」
「…おっと」
「えぶっ…」
裂帛の気合いの一撃を背中に浴び、新たな傷を受けても、ジェフは敵兵を打倒する。
ただ意識が朦朧とする。
タイチョーもどうやら限界みたいだ。
「…旦那、あんたとやった訓練がいきた気がする。もちっと、…やりたかったがな」
「…ううっ、…う」
「ゼンも、いつか俺達より強くなって、…こんな色褪せた世界、変えてくれる、…よな?」
「……」
「なんだよ、…旦那居眠りかい?」
ジェフの目前で首を落とされるタイチョー、ゼンとの食事に、大恩あるムツキとの会話、コモレビとの馬鹿話の数々に、タイチョーとのこれまでの日々。走馬灯のように過去の映像が流れる。
ジェフの瞳には何本もの長槍が自分へと殺到し、その身体が散々に刺突され事切れた。
彼の欲が満たされたかはわからない。
だが、最期の瞬間はとても満ち足りていた。




