苦渋の辛酸を舐めましょう
「ベル将軍、敵は北北西と真東に部隊を分け、コロトコルより離脱してゆきます。追撃は如何いたしましょうか?」
「片方は手負いの獣で、もう片方は囮兼殿というところかな?この場合は数が少ない方を撃滅して、もう片方を処理したいけど…」
「魔女はどっちにいるかな?」
「臆測で意見をいえませんよ自分は」
「真面目ね、もっと肩の力を抜きなさい」
報告してきた下士官の背中をバシバシと叩き、軽い口調で対応するケイティ。
寡兵を更に分割して運用するのは悪手だ。
だが兵を分断した事で、全滅する可能性を意図的に下げたのは、敵ながら評価したい。
「バネッサはどう思う?」
「さぁね、私には想像もつかないわ」
「…まだへそ曲げてるの?」
「別に…」
頼りになる副長殿は、獲物を取り逃がした事でご機嫌斜めだ。なんでも一騎討ちの最中に、対峙していた彼の部下が乱戦を仕掛け、その混乱の最中に標的を見失ってしまったようだ。
勿論彼女の過失ではないのだが、彼女にはどうにも腑に落ちない感じで、机に肘をつきながら負のオーラを放っている。
『やれやれね。私よりも歳上なのに、いつまでたってもこういうところは旗揚げ当時のままね。腕っ節は申し分なくて頭もきれるのに…』
『勝負事になると途端に視野が狭まって、周囲の事が疎かになって、もう…』
『仕方ない、いつもの手でいくか』
ケイティはベル隊の古参を手招きしながら、バネッサを観察していた。
久々に気分が高揚し、手に汗握る真剣勝負だったのだろう。身体の節々に細かな傷が蓄積しており、傷痕が生々しい。
乱暴に自分の腕や足に包帯を巻きながら、あからさまに苛立たしくしている。
やがてケイティの意図を察した古参が、軽快なトークを挟みながら小走りにやってくる。
彼もまた影の実力者だ。
「バネッサさんの一騎討ち中毒には困ったもんだ、どれケイティ嬢ちゃんの願いはこの中年が請け負うじゃないか。追撃だろう?」
「あら?頼める?」
「いつも元気な人が、なんだか今日は駄目みたいなの。報酬ははずむわ稼いできてね」
「有り難いねぇ、ケイティ嬢ちゃん」
そっぽ向いたままのバネッサだが、耳だけがぴくぴくと反応しているのを見逃さない。
ケイティはバネッサに念を押す。
「バネッサの想い人には手出しはさせないよ?部下達にはそう厳命しておくわ」
「但し、ヤハウェの魔女は私のよ?」
「はいはい、仰せのままに」
「吉報を待ってて!」
「頼むわ…」
戦斧を背中に担ぎ、補充した手斧を腰にぶら下げながら颯爽と愛馬に跨がると、直下の騎馬隊を指揮しながら追撃隊の一団へと加わる。
彼との勝負の続き。
その先を夢想しながら、馬を操る。
…………
ムツキ達が部隊を二つに分断する数時間前。
コロトコル襲撃の際は500人いた軍勢は、都市内部で戦力が減少し、250人を下回る人数だ。
しかもその半数は負傷者と、泣きっ面に蜂といった状況で、笑うに笑えない。
進退窮まるとはこの事だろう、今までが首尾よく事が運びすぎていて、手痛いしっぺ返しを受けた。授業料は些か高くついたが。
そんなムツキ達は部隊の今後について話し合っていた。主要のメンバーで無傷なのは後詰めにいたオットーと、ムツキとゼン、タイチョーくらいであとの面々は等しく負傷者になっていた。
シズネは肩に打撲。
ジェフは左脚の刀傷。
コモレビは利き腕の麻痺と肋骨の骨折。
この三名は介添人を付けての会議だ。
ただ撤退中という事もあり、長机に椅子もない。
矢避けの盾を机がわりに、井戸端会議。
皆一様に覇気がないが、口火を切ったのはムツキだ。敗戦の重苦しい空気が嫌だったのだろう。
「纏まって行動していたら、遅かれ早かれ敵に捕捉される。あれだけの策を仕掛けた相手だ、このまま見過ごしててくれない」
「部隊を二つに分けましょう…」
「負傷者組と、陽動組に…ですか?」
「それもあるわ」
「後単純に生存率を上げる為。このまま馬鹿正直に根城に帰って、仲良く一網打尽なんて愉快痛快な事になりたくはないじゃない」
ムツキの策に、瞬時に理解を示すオットー。
無論部隊を分けても、安全に離脱できる保証なんてどこにもない。敵が包囲網を構築する前に、この危険地域を抜ける場当たり的な策。
「私は…、反対です先生…」
「僕もだ、ムツキ」
呻く様に反対意見を出すシズネとコモレビ。
二人共彼女の性格は理解しているが、この案には妥協できない。彼女は陽動組へ志願する腹だ。
敵地のど真ん中で虜囚の身になればどうなるか、小さな子供でも理解できる事だ。
「…どうしてなの?シズネ、コモレビ…」
「みんなで一緒でなきゃ、意味がないですっ!どうしてもというなら、私を、シズネを先生の側に置いて下さい!最期は先生の側がいい!」
「淋しい事言うなよムツキ、僕等は一連托生だろ?どんな理不尽にも抗うつもりだ、だから俺達はどこだって一緒だ」
「気持ちは嬉しいわ」
「けどコモレビには帝国へ返り咲く野望があるし、シズネには世界をみてもらいたい。タイチョーやジェフ、ゼン、皆死んでほしくないの」
「だから、ごめんね二人共…」
なり損ない達が強硬に反対する二人を縄で縛り、強引に荷馬車へ括り付け、ゼンを簀巻きにして負傷者組の指揮をオットーに託す。
「おいっムツキ!考え直せ!」
「先生、先生!嫌です、先生っー!」
「ムツキさん一緒にいきましょう!」
「いってオットー、後を任せるわ」
「はいっ!ご一緒でき、誠に光栄でした!」
「ふふ、…私もだよ」
徐々に離れていく荷馬車と負傷者組の列を、ムツキは笑顔で見送る。
彼女に付き従うは生き残りのなり損ないと、ジェフとタイチョー達だ。
ムツキ達の孤独の戦いが始まる。




