盤面の駒を取り合いましょう
ホフマン元帥は瞳を静かに閉じ、誘引戦術で相対しているレオ皇太子の軍勢の動き予測する。
このまま考えなしに帝都圏に突入してくれれば、内と外の軍勢で終わりなのだが、皇太子軍の動きが不鮮明だ。
こちらの勢力圏内を蛇行したかと思えば、主力がそっくりそのまま雲隠れした。
情報部の怠慢ではない、これは単純な事前情報の少なさからきている問題だ。
敵軍はいるにはいるのだが、あからさまな陽動であるのが鼻につく。
適当に相手して散らせと厳命したにも関わらず、第3軍のベル将軍を中心とした部隊が深追いを断行し、連携がとれないでいる。
これが敵の計略なら賞賛に値するが、偶然に偶然が重なった可能性も否めない。
なんにしても頭の痛い話だ。
優勢に戦が運んでいたかと思えば、相手の全貌がいきなり見えなくなった。
定石ばかり好む私と、奇策に訴える皇太子。
忌々しい事この上ない…。
「気苦労が絶えないな、ホフマン…」
「ターナーか、歳かもしれんな。あれこれ考えていると、思考の坩堝に囚われる。いかんな」
目尻を指で押し、疲れをほぐしていると同期のターナーが言葉をかけてくれる。
元帥という立場を脇に置き、ホフマンはターナーへ助言を請うていた。
どうする事が戦略的に重要かを。
「大橋での攻防はあちらの出血を強いて、しかる後に内地へ誘引し、伏兵を用いて包囲殲滅へと移行するのが、本来の君の案だろう?」
「あぁ、その通りだ」
「それが看破され、むこうは本軍の位置を隠蔽し、何処にいるのやらという不快な現状と、そういう訳だろうホフマン?」
「あぁ、ご指摘通りさ」
「仮定の話だが、ベルへの守備軍に皇太子軍が肉迫する為には、君ならどうする?」
「抜け道やトンネルを用いて、我々と帝都を寸断させ、手薄のところを一気にといきたいところだがな。そうすると自分達の本拠地はどうする?」
「防衛する気はないのだろうな」
「彼等は継承戦の意向返しを、王弟への雪辱に燃えている。王弟とその一族の首こそが悲願であり、それ以外は関心がないとしたら?」
「このまま手をこまねいていたら、まずいな。私は一度帝都防衛に専念すべく、急ぎ第1軍を纏めねばならないな。現場指揮を頼めるか?」
「あぁ、じゃじゃ馬娘と跳ねっ返りの小僧の手綱は任せたまえ。万が一の事態は避けねばならん、もしもの時は、…頼むぞホフマン」
「帝国は我々の故郷だターナー。やらせんよ」
両者が固く握り合った手は、妙に熱い。
指導者が変われば国も様変わりする。
国民の期待と失望は表裏一体だ、生き物といっていいかもしれない。
舵取りを誤れば、償いは我々の命だ。
怒り狂った国民の矛先を逸らす為に、我々は悪役を演じすぎたのかもしれない。
早馬で離れていく友人を見送りながら、ターナーは珍客への対応をしていた。
冷たい瞳の美女が無表情で立っている。
感情などないかのように。
やや手持ち無沙汰な様子で、目まぐるしく移り変わる戦場を見守っている。
思えばこのエレノアが、ダニエル王弟の側を長い時間空けるのは久方ぶりな気がする。
初めて会った時は四六時中側に控え、王弟の情婦かなにかと勘繰ったが、そうではないらしい。
政治に関心がなくなった王弟の代わりに、政務を執る宰相に無理難題をぶつける女狐だ。
腹の中は真っ黒なんだろう。
この国が腐敗した元凶の一人だ、隙あらばどうにかしたい気持ちもあるが、そこは堪えねば…。
「貴方は帰らんのですかエレノア殿?」
「野暮用があるのよターナー、私の関心はレオ皇太子ではない。ヤハウェの魔女と呼ばれる存在、それが私を狂わせるの」
「魔女はきっと私達の隣人…」
「叛乱分子が貴方の隣人ですか?いささか理解に苦しみますな、それに大橋にいた化け物はなんです?兵達はおろか、我々にも秘密ですかな?」
「あれは帝国の力となる、便利な物程度の認識でいいじゃない?何を拘るのかしらターナー?私達と貴方達の領分は別にある、過度な干渉はよしてくれる」
どこまでも澄まし顔で事実を述べている。感情の起伏があまりに乏しいエレノア。
そんな彼女に冷ややかな怒りをぶつけるターナー。
お互いの意見は平行線のまま、らちがあかない。
帝国技術局の秘密主義には飽き飽きする。
このまま時間を浪費する訳にもいかず、ターナー将軍はきびきびと部下達に指示を出し、その場を後にしようとすると、エレノアが囁く。
「軍務があるので失礼するエレノア殿…」
「待ちなさいターナー。私の話がまだよ」
「貴方の願いは親友ホフマンの力となり、帝国に真の繁栄と平和を守る事よね?でも貴方の純粋な願いはもっと別にあると思うの、例えば継承戦における…」
「…それ以上は言うな、女狐」
「やっと、…本当の貴方が覗けた気がするわ」
「話はそれだけ、じゃあねターナー、貴方の理想叶うといいわね。困ったら相談して」
「……」
鬼の形相でエレノアを凝視するターナー。
触れてほしくない過去に奴は土足で入ってきた、なぜ奴があの事を知っているのか。
この事は私が墓まで持っていくと誓ったのに…。
真なる願いなんて叶うはずもない、死んだ人間をどうやって冥府から呼び戻せるのか…。
感傷に浸る暇なんて、私にはないのにな…。




