迷子の軍隊になりましょう
からん。
「うん、右の方角に光明があるみたい」
「何の光明だいムツキ?」
「細かい事はいいのよ、私達は木の精霊に導かれ、右にいく!それでいいでしょ?」
「精霊さんね、了解…」
気の棒が力無く右へと傾き、ムツキは針路を右にとる。別段根拠はない。
事の発端は数時間前に遡る。
ムツキ達がヌールベイ大橋を離れ、国軍と皇太子軍の動向を見守っていたが、国軍側が緩やかに抵抗線を後退させていた。
望遠鏡を覗く決死隊の士官が、慌てふためき報告を上げ、今すぐにでも加勢しましょうと叫ぶも、ムツキやコモレビは待ったをかける。
確かに側から見れば、皇太子軍が及び腰になっている国軍を追い立てている様に見えるが、総崩れする気配も、武器を捨てて我先に逃げ出す輩もいない。つまり、これは…。
「何故攻撃具申を却下するのですか?」
「…馬鹿ね、あんな秩序を保ったまま後退なんてありえないでしょ。十中八九罠だわ、芝刈りみたいに返す刃で根刮ぎ刈られるわね」
「どうしてもっていうなら、貴方に部隊を預けて突撃させるのも一興かも。やってみる?」
「当然です!私は大義の為にこの身を…」
理想に殉ずると豪語する青年を、苦虫を噛み潰したような表情で見つめるムツキ。
こういう輩は自分の身に災いが起こらないと、梃子でも動かない。理屈ではないのだ。
だから余計に腹が立つ。
死にたいなら、勝手にやれ。
沸々と湧き上がる彼女の激情を、コモレビが手で制する。言い争いしている刻すら惜しい。
「待ってくれ!ムツキも抑えて」
「誘引戦術かな?第1軍や第2軍の将は、そういった戦術を好みそうだけど。残りの第3・第4軍が残党狩り担当か…。だとしたら止めないと」
「もう、遅いわね」
「一部隊だけならまだしも、全軍総出でヌールベイ大橋の奥へと誘いこまれてる。気づいた時には、伏兵に次ぐ伏兵で何人生き残る事やら、神のみぞ知るってやつよ。運がなかったわ」
「ムツキさん、我々決死隊もそろそろ進退を明らかにしないと、このままでは我々はっ!」
「我々が打破できなければ、誰が王弟の独裁政権を打ち砕くのかっ!我々は…」
わなわなと震えるオットー。
それを肴に、ちびちび酒を盗み飲みするジェフにタイチョー。酒瓶をどこからくすねたのかは、本人達にしかわからないことだ。
「若いね〜オットー君とやらは」
「うぅっ、うー」
「……」
シズネの突き刺さるジト目には、素知らぬ顔の二人を他所に、ムツキは責任感のあるオットーにある種の答えを出す。
「オットー君、我々はまだ生きている。決死隊がいまじゃ落伍者だらけの無残な姿を晒しても、皇太子に見捨てられても、私達は存在している」
「人が不足しているなら補充すればいいのよ」
「ど、どうやってですか?」
「決まってるわ」
「そんなの現地の人達からよ」
鳩が豆鉄砲くらったみたいに硬直するオットー。
理解するのに暫くかかりそうだった。
ムツキの話は単純だ。
自前の兵力が足らないなら、現地にいる村人や街人を雇用し、臨時雇用する。
だが、そんな賃金どこから出すのか?
コモレビは彼女が何を考えているか想像はつくが、一応確認だけしておく。ホウレンソウは大事だ、当事者だけがわかっていてもあまり意味がない。
「ムツキ、手持ちの路銀がそんなにないが?君はありそうな場所から、拝借するつもりかい?」
「王弟派の連中ならしこたま蓄えてるでしょ?だから皆に還元してあげなきゃ、お金は循環しないと不健全だわ。私達が有効活用しないと」
「やっぱりそういう事か」
「私達の名声が高まるし、兵隊集めも捗って、拠点探しも楽になる。万々歳でしょ?」
「即席の兵隊か、犠牲者が増えないか?自分達の大義を押し付けて、負担を強いるのは…」
「手段なんて関係ない」
「過程の話なんて無益よ。私達は結果さえ出せばいいの、そしたら風向きが変わる。後は民衆も風見鶏の様にくるくると私達と同じ方角を向くわ」
「……嫌な考え方だムツキ」
「貴方の考えなんか考慮しないわ。それよりシズネ、戻ってきた斥候の話を纏めるから、この辺りの地図を持ってきてくれる?」
「わかりました」
慎重に行軍しながら、皇太子軍が進んだであろう進路をトレースするムツキ達元決死隊。敵地では情報こそが命より重い、時折斥候を選抜しては辺りを探る。
そして統合した情報を頼りに、再びおおまかな行き先を決め、部隊の進路を決めて歩きだす。
だが、どうしても迷った時には再び木の棒を手に取り、からんと渇いた音を辺りに響かせていた。




