幕間 神様に唾を吐きましょう
「くー、くー」
「…ったく!こっちの気も知らないで、呑気に寝息たててやがるよ、ゼンのやつ」
「うぅ」
決死隊の役目が終わったと判断したジェフ達一行は、死骸だらけの戦場で、死体のふりをしながら一夜を過ごした。
その後、日の出がないうちから静かに離脱し、土と血で汚れた装備をとり、やや身軽な格好で悠々と歩いていた。
解放軍の本隊を目指したが、大橋付近に布陣していた軍団は、渡河作戦を発動して決死隊の事などお構え無しに、国軍との決戦の真っ最中だ。
報酬もお褒めの言葉もない、ただ名誉の戦死としての形だけが残り、後は何もない。
囮だから、捨て駒。
駒はまた集めればいいや、そんな考えが見え透いているのが気にくわない。
レオ皇太子も、笑顔の仮面の裏に冷酷な一面を隠しているに違いない。使い潰される気はさらさらないが、こちらも利用してやるくらいの気概が必要だ。
雇用主との関係は基本付かず離れず、信頼のし過ぎも禁物だし、所詮は金銭的な繋がりだけだ。
割り切った関係なのに揉め事はある。
変な職業だとは思う。
「傭兵あがりの俺達が雇用主から切り捨てられたり、賃金の不払いなどで揉めるのは慣れているが、ムツキさんやコモレビの旦那達も纏めてとは、なんだかなぁ…。やるせないなぁ」
「うぅ、うーう?」
「まぁ、これが戦の世の中ですよ旦那。正直者は損をして、小狡い奴等が得をする。俺達みたいな奴等は掃いて捨てるほどいるからね…」
「うぅうう…」
「俺達には俺達なりの価値がある」
「…ただ生きてれば何でもいいですよ、ゼンだって初めての戦場で気張って!新兵がそのまま墓石に直行する事だってざらなのに、こいつなりの存在理由を証明したんですよ。偉いとは、思うな」
「んん…、ジェフさんここは?」
「起きたかゼン、地獄の二丁目さ」
浅い眠りから覚め、ごそごそと起きるゼン。
彼から腹の虫が鳴るのを聞いたタイチョーは、自分に支給された携帯糧食を少年の口へとねじ込む。そして何故か頭を撫でた。
理由はない、ただなんとなくの気紛れだ。
けど、仮面の下の彼は微笑んでいる気がした。
ゼンは素直に感謝を述べる。
「ありがとう、タイチョー」
「うー」
昨日の撤退時、敵兵を能力で吸い込みながら焼きつく脳を酷使して、何度も乱発した。
規模こそ小さいが、乱発していいものじゃない。
ゼンの場合は猛烈な睡魔と飢餓感が同時にきて、本人の意思とは関係なく意識を失う。
ジェフの教えを守り正念場で使用したのはいいが、
戦場のど真ん中で大の字で転がってしまった。
ジェフは再び少年と話を始める。
なんだかほっとけないのだ。
「ゼン…」
「何ですか、ジェフさん?」
「仮にだ、もし俺達や周りの人間がいなかったらだ。能力を使用した後に待つのは確実な死だけだ、今回は偶然が重なっただけだからな」
「…それはわかっていますが」
「いや、わかってない!一人の無茶が隊を全滅させる時だってある。チームプレーこそ肝なんだよ」
「ただ、ゼンの能力がなかったら俺達は全滅していた。その点は感謝するさ、その、なんだ…」
「ありがとう、助かったよ」
「ジェフさんには素直さが足りないですね。このぐらい、大した事じゃないですよ」
「可愛くない奴、帰ったら訓練でいびり倒してやるから覚悟しろよ!こいつ」
「あはは、お手柔らかにお願いします」
談笑しながらに、ジェフ達はこの世の地獄を歩く。そこかしかに戦死者が転がり、埋葬されるべき戦士達は野風に晒され、動物達の餌となる。
そんな中ジェフは、傭兵時代の先輩の教えを思い出していた。
『戦死した者達を真っ直ぐに見るな』
眉唾ものだが、先輩は常々言っていた。
死者達がこちら側へと魂を呼び、自分達と同じ様な境遇へと陥れようとすると。
今でも妙に説得力のある先輩の台詞が、心の中で反響する。だが、決まっていつも次の台詞を言いたいだけの前振りでもあった。
『俺達は剣を振るう事しか出来ない愚連隊だ。悪童は悪童らしく、神様に唾吐いてやるさ』
『戦乙女にヴァルハラに招待されたら?』
『その時は戦乙女を口説いてやる!』
あの先輩は元気だろうか?
当時でもかなりの高齢だったから、引退しているか、くたばったかもしれない。
足腰が弱り、自前で装備が整えられなくなったりしたら、傭兵家業は店仕舞いだ。
「どうしたんですジェフさん黙って?」
「なんでもないさ、考え事だよ」
からかい顔のゼンに、不貞腐れるジェフ。
考えすぎか?
柄にもなく変な思考をしてしまった。
昔の先輩に言われるまでもなく、俺達は愚連隊だ。この世の不条理に唾を吐き、実力行使する。
離れた場所には、今の雇用主さん方が両手を振って出迎えてくれている。
色々な職場を転々としたが、ここは暖かい。
仕事内容は逃げ出したいくらい辛いが、衣食住もきちんとしていて、気のいい仲間達がいる。
だからどんな結末を迎えようとも、俺を必要としてくれる限りはここにいようと思う。
魔女の愚連隊。
いけるとこまでいってやるさ。
「…ただ今戻りやしたよ」
「おかえり、ジェフ」




