幕間 弱音を呟きましょう
コモレビはシズネを担いで、獣道を歩いている。
剣の鞘を杖代わりにして、矢傷を受けた左足の代用品としているが、いつもの倍は歩くのに時間がかかっているだろう。
じんわりと熱い血潮が足から溢れ落ちている。矢を抜き、服の切れ端を何重にも巻いて応急処置をしているが、ポタポタと血が滲む。
力んでも足がうまく動かず、腕に受けた刀傷からも血が滴り落ちている。
「…やっぱり、貧乏クジだな、…本当に」
「はぁ…、はぁ…」
背中には、能力の使い過ぎで高熱を出し続けるシズネが時折苦しそうな声を漏らしている。
この子はたびたび無茶をする。
自分の限界以上の力を振るい、逆に能力にのまれてしまう様な危うさがある。それに他人を頼らず、自分自身でなんでも抱え込んでしまいがちだ。まだまだ遊びたい盛りの十代半ばの少女にとって、この日常はやや異常だ。普通になってはいけない。
付き従うなり損ない達は十にも満たない。
他のなり損ない達は、コモレビ達の退路を確保する為に、散り散りとなって遅滞戦闘をしている。
生気のない面々だったが、彼等なりの感謝の意思表示なのだろう。
そんな事を考えていると、背後のシズネからか細い声が聞こえる。囁き声の様な小ささだ。
少女の声が、自分の耳に触れる。
「…コモレビさん?」
「私を置いて、逃げて下さい…。貴方も怪我をしているのに、私を庇う、必要はありません。先生に恩を返す機会は、もう…」
「シズネ、それ以上言ったら怒るぞ?俺は好きで君を背負っているんだ。迷惑なんて、考えるな俺達は仲間だろ?違うか??」
「相変わらずの、熱血漢ですね」
「諦めが悪い、だけさ。こんな逆境、簡単に跳ね返すぐらい強くならないと、まだまだ鍛錬不足を痛感するな、帰ったら特訓だ…」
「それよりも、怪我の手当てを、しないと」
「…そうだったそうだった!」
ちらりとコモレビの足を見るシズネ、強がってはいるが怪我の具合は深刻だろう。
矢傷が化膿し、膿んできたら私の火で表面だけ炙って、血を無理矢理固める。跡は残るかもしれないが、この際贅沢はいってられない。
次に休憩しようと声をかけてきたら、私は迷わず実行するしかない。これ以上、私の前から大事な人を奪わせたりなんかさせない。
させてやるもんか。
最初は先生の恋敵として、必要以上に敵視していた時もあったかな。段々と親しくなるにつれて、彼の純朴な人柄に私の態度は軟化したっけ?
我ながら随分と単純だと思う…。
先生を独占したい気持ちは確かにあるが、先生の視線はコモレビさんに向いている。
契約関係以上の、相手を慈しみ、相手を愛してる様な表情の時が何度かあった。
私にも優しく微笑んでくれても、そういう感情は私には向けてくれない。…気がする。
『私だけの、私だけの先生』
『ムツキ先生は私のお姉さんで、命の恩人で、私に新たな人生の道標を示してくれた大事な大事な人』
『……』
だからってコモレビさんを嫌いになる理由にはならない。あぁヤダヤダ、私変な事考えてる。
嫉妬ばかりだ。
私は私、コモレビさんはコモレビさんで、ムツキ先生はムツキ先生。それでいいじゃない。
なんとなく自分の事を語りたくなった。
こんな時だからかなんだか無性に…。
ぽつりぽつりと呟く私の声は、どこまでも弱々しく、なんだか消えてしまいそうな声だった。
「…コモレビさん?」
「今度はなんだいシズネ?」
「以前にさ、私お兄ちゃん子だって言ったでしょ?幼い時はいつもわがままばかりで、お兄ちゃん泣かせの子だったんだよ」
「うん」
「あれが欲しい、これが欲しい。無い物ねだりで駄々っ子みたいで、兄さんは困り顔で宥めてくれたの。けど私の癇癪は治らない…」
「うん」
「あれから随分と経つけど、コモレビさんから観て、私はちゃんと成長してるかな?」
「シズネは気配り屋さんの、頑張り屋さんだ。どんな幼少期を過ごしたとしても、その事実は覆らない。だから胸を張っていいんだよ」
「…ふふ変なの、誉め殺しですか?」
「そんなんじゃないさ」
「だけどムツキ先生は、私のお姉さんですから」
「なんだよそれ?」
コモレビさんの背中で、ポカポカした気分に包まれる。きっと今私は顔が赤いに違いない。
気付かれたらからかわれる…。
だから私は顔を隠す事にした。
顔の火照りがなくなるまでの時間だが。




