優しい気持ちになりましょう
ムツキがアノニムとの闘争を切り上げ、決死隊の生存者探しを始めるも、見るも無惨に殺されている死体ばかりで、息のある者も虫の息で、敵側に介錯やらとどめを刺されている。
敵も味方もこの世の終わりみたいな顔をして、両軍の前線部隊に限っては疲弊した状態だ。
戦いに夢中になりすぎるのは、私の悪い癖だ。
だから、コモレビやシズネ達が最悪の状態に陥っているかもと悪い予感がしたが、彼等の悪運を信じて、解放軍のシンボルたる黒い軍旗がはためいてる所を探すも、あまり効率的ではなかった。
逆に自分が黒い軍旗を掲げて、戦場を練り歩いてみたら、残存の決死隊がどこからともなく集まり始め、一つの中隊ぐらいの規模となる。
暗い表情のまま静かに居並ぶ面々に、あっけらかんとした表情のムツキ。
逃避行中という雰囲気を感じさせない。
明るい声色で問いかける。
「貴方達はどこの所属?」
「私はグレトー突撃歩兵連隊所属、選抜大隊に身を置き、今回の王弟討伐に馳せ参じました!他の者達も所属は違えど、想いは一緒です」
「名前はなんていうのかしら?」
「私がオットー、右からケビン、グラハム、ダンケルト、フィリップに、最年少のニクス」
「うす!」
「よろしく」
「こちらの隊で、再びお世話になります!」
「気楽にいこうよ」
「歩兵連隊の一員として、名に恥じぬ戦いを…、精一杯するつもりで…す」
10代前半、ゼンと同じぐらいの背丈の少年兵が、必死に暗記した台詞を言うが、最後の方が尻すぼみ気味で聞こえにくかった。
それでも少年兵の国を変えたいという気構えは嬉しく、彼の頭をよしよしと撫でるムツキ。
少年は明らかな照れ顔で、ムツキにされるがままの状態でオロオロとしている。
嬉しさ半分、困惑半分といった具合だ。
「皆、よく生き残ってくれました!私はヤハウェの魔女のムツキ、本陣からの時間稼ぎは充分にできたと判断し、我々は生存者を回収しつつ、この死地より離脱します!質問は?」
「「ございません!魔女殿!」」
「結構、では極力国軍との戦闘を回避しつつレオ皇太子本軍との合流、然るのちに原隊復帰を当面の目標とします。副官はオットー君を指名します!」
「頼めるかしら?」
「はいっ!お任せ下さい魔女殿」
「敬称は要らないわ、ただのムツキで構わないわオットー君。私は解放軍の中じゃ、無位無官の雇われ兵にすぎないのだから…」
「り、了解しましたムツキさん!」
「…敬語はナシ!」
「わかりました!」
額に向け、鋭いデコピンを受けたオットー。
涙目になりながらもなんとか返事をする彼に、悪戯っぽく微笑むムツキ。
状況は最悪の一歩手前、戦況はどちらが劣勢で優勢かもわからず、囮部隊として全滅認定を受け、本陣の場所さえも不明で彷徨い歩いている最中なのに、彼女の底抜けに明るい表情は何故なんだろうか?
なんだか不思議な気分になる。
オットーや兵卒達の気力が満ちてくる。
それから戦場を彷徨い歩き、更に負傷者を回収しながら、部隊の規模は大隊程度にまで膨れ上がる。そして陽が落ちるのを確認してから、隠れ潜んでいた林を抜けてゆっくりヌールベイ大橋を後にする。
「お前も生きていたのか!」
「同郷のあんたを放っておけるかよっ!」
「奥さんを悲しませなくてすんだな!」
「わははは、この死に損ないの穀潰しめ!」
再開を喜び合う戦友達。
小さな戦闘で多少小競り合いはあれど、まとまった数を揃えて戦場を離脱できたのは大きい。
国軍にも負けず、怪我にも負けず、解放軍のシンボルたる黒い軍旗を手放さなかった兵士などは、英雄扱いで賞賛の嵐だ。
だが、ムツキの心はいまいち晴れない。
『大丈夫だと思う』
『過信も慢心もあったが、あの子達は大丈夫。
こんな事でへこたれはしない』
『だから大丈夫、普段信じない神様にも無事を懇願して、藁にもすがる思いなのに』
『けど、コモレビ達がいない…』
ヌールベイ大橋を抜けた場所で野営を続ける。
名目上は負傷者や不明者の回収だが、ムツキは自分達の仲間の無事を確かめたい一心だった。
コモレビ達が帰らない。
その日の夜は結局戻らず、次の日の晩も、そのまた次の日の晩も戻る気配がない。
なり損ない達は数十人は帰還した。
ジェフとゼンとタイチョーも帰還した。
けどコモレビとシズネがいない。
いつも寂しそうな瞳をしたコモレビと、私の後をいつでも追いかけてくるシズネがいない。
敵軍に囚われたのか?
動けぬ怪我を負い、立ち往生しているのかもしれない。救助を待っているのか?
それとも冷たい棺桶の中なのかもしれない…。
よくない考えが私の頭を侵食し、待てども待てども気分が晴れない。これはどういう感情なのか?
「…魔女殿、いえムツキさん?」
「何か用かしらオットー君?」
「我々はあとどれほどこの地に滞在いたしますか?大橋を脱したとはいえ、敵の勢力範囲の腹の中です。相当数の決死隊を回収した今、あまり意味は…」
「わかってるわこれは私の身勝手よ、けどもう一日、それで踏ん切りをつけるわ」
「…わかりました」
「ありがとう、恩にきるわ」
こんなにも二人に助けられていたなんて、こんなにも彼等に私が依存していたなんて、心にぽっかりと穴が空いたままの状態で、約束の日が過ぎていく。
仮設の陣を引き払い、行軍の準備を整え、あとはムツキの転進命令待ちのみの状態で数時間。
足が微動だに動かない。
動きたくないのかもしれない。
彼等を見捨てる事が、私には…。
そんな彼女の不安を他所に、彼等は次の日の朝早く、ムツキ達のいる陣に姿を現わす。
やや疲れた表情で、コモレビは肩や腕に矢傷や刀傷を受け、シズネは能力の使い過ぎで意識が朦朧としているが、二人共命に別状はないみたいだ。
「先生、戻りました…」
「ムツキ、ただいま」
「おかえり、二人共。ぼろぼろじゃない」
乙女の様に声を枯らして泣いたとか、おもいっきり二人を罵倒してやろうとか、散々待たせた鬱憤を二人に当たり散らそうともしたが、二人の顔を見た瞬間、そんな事は霧散してしまった。
私だって独断先行した非があるし…。
皆がいるならそれでいいか…。
彼女は穏やかな表情のままだった。




