甘い誘いを受けましょう
ムツキ達を中心とした決死隊の攻勢が鳴かず飛ばずの状況になっている。
隊列を乱され、前後不覚に陥る隊が続出し、他の隊との連携を断たれてから、包み込む様に帝国国軍に討ち取られていく決死隊の面々。
国軍の陣地で無残な骸を晒している。
だが、彼女達の戦術や戦法を無視した戦い振りは凄まじく、被害は相当な数に上る。
最前列に陣取り、付き従うなり損ない達も数十体、コモレビ達とは随分前にはぐれたが、そんな事は瑣末な事だ。
後方に退がれないなら前にいけばいいのだ。
橋の上は敵が溢れ、私達を殺さんと己の全てを駆使して立ち向かってくる。
その姿のなんと儚く美しい事か、生命の灯火の煌めきが私達によって散り、私達の側も花火の様にたわいなく消し飛んでいる。
『今私は、とても楽しいのだ』
『他者との生存競争が、命のやり取りが、闘争本能こそが生物の根源!生物は戦う事を宿命づけられている!戦え、奪え、蹂躙しろ、屈服しろと血の記憶が私達に命じるのよ!』
『弱者は強者に淘汰され、より強靭な種族のみが次代に血を残し、大地に根を下ろす』
『あぁ、たまらない…。実に素晴らしい光景ね!ずっとずっと続けばいいのになぁ』
『けどね…』
『…まだ足りないの、まだ満足出来ない』
『もっと!もっと!』
ムツキはもはや武器を持っていない、動作の邪魔だと打捨てて鎧も脱ぎ散らかして兜すら被っていない。身軽な服装だ。
だが彼女の膂力は国軍兵士の鎧を紙切れの様に引き裂き、蹴りの威力は大砲並。
槍を捌きカウンターで胴を両断し、腕の一振りで人の人体が千切れて血の雨が降る。
人の群れの中に、怪物が放し飼いでもされているかの様な一方的な虐殺が続く。
まるで醒めない悪夢の様な、現実離れした光景。
「長槍繰り出せ!」
「魔女だっ!ヤハウェの魔女がでた!」
「砲兵と弓兵、撃て、撃て!」
「敵は寡兵だ、取り囲んで首を刈り取れ!」
「…私はムツキ、貴方達の魂の輝き、魂の叫びは大変素晴らしいわ。けど残念、どれも平凡で並以下、もっと尖った個性を私に魅せて!」
「「殺せっ!魔女を撫で斬りにしろっ!」」
「うんうん、元気があっていいわ」
まともにやり合えば命がいくつあっても足りない。前列集団を瞬く間に抜き去り、中列の半端に差し掛かったところ、彼女の猛撃は物理的に阻まれた。やや呆けた表情で辺りを見回す。
「…んっ!?」
なり損ないの様な気配をする巨大な人外に、背中を掴まれ、手脚を拘束され、なんとも情け無い格好だが、これはこれで楽しい。
そして背後を見れば、残存のなり損ないが残らず倒れ伏し、私だけがぽつんと存在していた。
遠出しすぎたかな?
「うわぁぁぁん!」
「放してくれる大きな木偶ちゃん?」
ぎりぎりと身体を万力の様に締め上げられ、身体が曲がってはいけない方向を向いているが、ムツキ本人は平然としている。
周囲の国軍兵士は、それを目撃して後退りする。
自分達は一体何と戦っているのかと?
そんな様子を見て、賞賛の声を上げる人物がいた。長身の体躯に白衣を纏い、お気に入りの玩具を手に入れた子供みたいな、爛々とした瞳でムツキをつぶさに観察している。
「これはこれはヤハウェの魔女殿、わざわざ御足労いただき誠に恐悦至極でございます」
「我等同族が出会うのは久方振りです」
「…同族なら、この拘束解いてくれる?」
「それは難しいですね、自由にしたらまた貴方は暴れるでしょう?それは建設的じゃない」
「じゃあなんなのさ?」
「いえね、私は貴方を勧誘しにきたのですよ。別にベルヘルミナ帝国だけにこだわる必要はない、我等と共に大陸制覇の覇道を歩みませんか?」
「世界に混沌をばら撒きましょう!」
自身の野望を淡々と語る彼は、自らをムツキと同じ同族と名乗り、敵だというのに自軍へ引き入れようと、甘い言葉を口にしている。
それに妙な事を口走ってきた。
「聞けばムツキさん、貴方は自分が何者かを考える旅の途中だというじゃないですか。私達なら貴方に新たな道を示す事ができますよ」
「それは魅力的ね!」
「けどね、同族殺しはもっと楽しそう!それに帝国をぶっ壊す約束をしているの、だからお前達とはつるむ気はない!」
「おや、それは残念」
「ですが出来ますかね?俺達を殺すの?」
「多分ね、まぁ期待しててよご同輩」
「先ずは立場をわきまえる勉強だな…」
ムツキとアノニムが対峙する。
初めて出逢った仲間だが、こいつからは腹の中から下水道の様な酷い香りがする。
魂の色も変質し、暗闇に等しい。
あいつ以外にも似たような奴等がいる。
こりゃあ骨が折れそうだわ…。




