死に抗ってみましょう
『再び死にぞこなってみせろ!』
ムツキのその激励の言葉が、なり損ない達の頭の中で何度も反響し、彼等の暗い生気の無い双眸にかつてない力を与えていた。
夢も希望も明日もない、ただ無為に時間を過ごしていた彼等にとって、産みの親に対して特別な感情は今迄は持ち合わせてはいなかった。
いなかったのだが、彼等の奥底から力が漲る。
いつも以上に力が湧き、血湧き肉躍る。
身体はとうに人間を辞めているのに、この現象の正体が解らぬままに、彼等はただ前に進む。
身体に穴が開こうが、片腕か捥げようが、武器さえあれば戦える。
目の前の奴等を刺し殺し、死骸を踏みつけ、更に奥へ更に奥へと浸透してゆく。
槍の穂先が砕けて中程から槍が砕ければ剣を、剣が血で滑り鈍になれば腕を、腕が曲がれば歯を、歯もなくなれば最期には身体全体を。
普通の兵士にあるまじき自己犠牲的な献身戦法に、帝国国軍は身体を強張らせる。
「「おぉぉおぁぁううぅぅっっ!!」」
不可解な言語を発するなり損ない達は、ヤハウェの魔女に導かれ、一個の戦闘機械となる。
血反吐を吐きながら身体を動かし続け、解放軍のシンボルたる黒い軍旗を帝国国軍の兵士の死骸に突き立てると、背後へ倒れ臥す。
その顔は笑っている様に穏やかだ。
国軍からしたらイカレタ連中にしかみえない。
物理的に後続連中と分断しても、この前衛部分のムツキの隊は抵抗を辞めない。
暴れ猪の様に、前進を続ける。
そんななり損ない達の群れの中で、なり損ないに肩車されながら、断続的に火焔を発射し続けるシズネが肩で息をしている。
もはや気力で能力を連続使用している少女は、身体の肌という肌から煙を出し、体温が上昇を続けている危うい状態だ。
「先生の敵は私の敵、先生の敵は私の敵…!焼いても焼いても、私を苦しめる…」
「不愉快な奴等、消えちゃえ!」
「「あぎゃあぁぁあ、ああぁぁ」」
最初よりは幾分か威力は弱まっているが、国軍にとっては脅威でしかない。
機動力のある火焔放射が縦横に乱れ飛び、国軍の兵士達の皮脂を焼いていく。
鎧に覆われた肌は蒸し焼きとなり、人だった何かがヌールベイ大橋周辺に散らばる。
それでも彼等も馬鹿ではない。
少女の常軌を逸した攻撃に対応策を講じてくる。
円形に彼女を包囲し、数人ごとに固まりながらも、移動しながらジリジリと距離をつめる。
夥しい数の兵士を焼かれながらも、人海戦術でシズネ達を圧倒してくる。
国軍の大きな円形陣の中で、小さな方陣を組んで相対するシズネとなり損ない達。
火焔の残り火も少ない気がする、先生と戦場ではぐれてしまったのが、少女の焦燥感を加速させる。やっぱり私達だけじゃダメなの?
「先生!ムツキ先生、私はどうしたら?」
「私はどうすれば…、先生」
「シズネ、落ち着け!僕が担いででも逃げてやるさ、ムツキなら大丈夫だ!あんなふてぶてしい奴が黙っていなくなるもんか!」
「そうだろ?」
「…すいません」
「少し感情的になりました…。コモレビさんに励まされるなんて、なんか不覚です」
「可愛くない奴だよ…まったく」
「さ、少し休んでシズネ。後はここからどう逃げ出すかの算段を考える」
「へへへ…」
少女は悪戯っぽくコモレビへと微笑む。
時間稼ぎは充分出来ただろう、ここからは僕等が生き残ることを優先すべきだ。
まったくやっぱり貧乏クジだよ。
ムツキもシズネの保護者を自称するなら、君が一番彼女の側にいなきゃいけないだろうに。
コモレビは愛剣を軽く握り直す。
このヒリヒリした感覚、いつになってもあまり慣れない。捕食者達の視線に晒されるような、敵意だけが存在する空間が息苦しい。
………
「はぁ、はぁ…」
「今はどの辺なんですか?」
「…ヌールベイ大橋と橋の手前の中間くらいだろゼン?国軍の歓迎が手荒だな、旦那」
「…ぅうっ」
占拠した帝国国軍の防御陣地で、小休止するゼンとジェフにタイチョー。
前衛とは完全に分断され、誰がどこにいるかなんて皆目見当がつかない。出発前に渡されていたヌールベイ大橋周辺の地図も、胸の出血で滲み、解読不能の無用な長物と化していた。
今はまだ黙っているジェフ。
ゼンに戦場のイロハを語った手前、そんなかっこ悪い真似を晒す訳にはいかないが、先程からタイチョーの視線が痛い。
勘のいい旦那だ。
自分の剣はダメになったので、近くの死体から真新しい刀剣を拾い上げ、具合を確かめる。
タイチョーも慣れた手つきで短剣を拾い、槍などを拝借している。
死者には贅沢すぎる品々だろう。
「ほらよゼン、お前のも替えとけよ。戦闘中に剣が折れたら、死神のお迎えが来ちまうぞ」
「…死神って僕達の魂を攫う怪物ですか?」
「まぁそうだな」
「屈強な奴や才能豊かな奴、ずる賢い奴や金にうるさい奴、色んな奴等と仕事をしたが、死んだら終わりだ。生きてりゃ御の字なんだから、こんな辺鄙なところで死ぬなって事だ」
「は、はいジェフさん!頑張ります!」
「うぅっ…!」
どういう訳か仮面の旦那が俺へ肘打ちしてくる、今の言葉痺れたよ、みたいなジェスチャーをしてくる。旦那も案外能天気かもしれない。
なかなか本心を言わない狡い性格だ。
まったく…、変な奴に好かれたもんだ。
どうせ好かれるなら異性がいい、ムツキさんやシズネちゃん、まだ見ぬ美女が俺を待っている。
…気がする。
俗っぽい事を考えなきゃ身がもたない。
肩は重いがまだ動く。
足腰も大丈夫そうだ、視界がやや霞むが乱暴に額の血を拭うと、ジェフは薄く笑う。
お駄賃目当ての戦果を上げるために。
「さぁ、意地汚く生き残ってやりますか!」




