安請け合いしましょう
スエズス河にかかるヌールベイ大橋。
レオ皇太子一派が名乗るには解放軍、王弟側がいうには叛乱軍の一団がゆっくりと迫っていた。
帝都首都圏を網羅する広大な河に、初代ベルへルミナ帝が心血を注いだ石橋がかかり、軍団の移動にすら耐え得る堅牢さを誇る。
今まで抵抗も微弱で、高を括っていた解放軍だが、大橋に布陣する帝国国軍の威容に尻込みする。様々な軍旗がはためき、一糸乱れぬ陣形には一分の隙も見つけられず、高台に櫓、簡素な関所が街道に建築され、通行人達を検閲している。
行商人や観光客、只の地元の住人にまで及ぶ徹底ぶりに、往きかう人々も渋い顔をしている。
戦時下というのもわかるが、他人を信用しない王弟の疑心暗鬼振りを体現しているかのようだった。あの長蛇の列に紛れた所で、大橋を越えるのは難しいだろう…。
かといって、スエズス河を横断しようと渡河地点を確保しようにも、国軍の部隊が河川敷沿いに分散して配置され、戦いは避けられそうにない。
スエズス河近くの森から、偵察部隊の男達が顔を出し、苦悶な表現をしている。
「…このまま威力偵察するか?」
「いや後続を待て、国軍の陣形と布陣を紙に模写しろ。少しでも情報を伝達するそれが今の俺達の精一杯だ…。それに何だありゃあ?」
「いや、わかりません亜人でしょうか?」
「あんな種族はいないだろ」
「とりあえず見取り図だけ書いておけ、対策ならまだいくらでも立てられる!」
「はいっ!直ちに!」
自分の身体を枷で拘束し、大股でのっそりと歩く異形。身の丈は3メートルはあるだろうか、赤児の様な鳴き声がとても耳に残る。
ガシャガシャと甲冑を繋ぎ合わせ、全身を包み込む様は昆虫の外殻みたいだ。
顔は布で覆われていて判別できない。
ただ目だけを露出し、その目が忙しなく動いている。外敵や獲物を探しているのだろうか?
それが目視できるだけで十数体…、戦局に影響を及ぼすかもしれないが、偵察部隊は自分達の身の安全を最優先にした。
自分達の装備だけじゃどの道太刀打ちできない。
「「わぁぁあぁぁんっ!!」」
異形の鳴き声で鳥肌が立つ。
何故ああも不気味な見た目でそんな声なのか?
大橋周辺は、それ以外は全くの静寂だ。
嵐の前の静けさか、天災の前触れか…。
自分達の明日を信じ、偵察部隊は自分達の見た生の情報をレオ皇太子が待つ本営へと急ぐ。
…………
ヌールベイ大橋にほど近い皇太子の本陣。
レオ皇太子の軍団は、貴族派と義勇兵派に大別されるが、今回ばかりは過去の遺恨を水に流し、攻略の糸口を探すが、あまりにもか細い糸だ。
どうしたって大軍同士の会戦となる、この本営の中の誰もが覚悟する。
明日を信じて戦う我々が、早くもこの戦いの分水嶺に差し掛かったと。
ローグ連合国からも部隊を借り、戦略家や軍師達も借り受けているが、皆一様に頭を抱える。
無理に渡河したら、対岸に備えつけられた国軍の野砲の弾の雨を受け、河は私達の死骸で埋めつくされるだろう。大橋を力攻めしても、橋の幅は広いが、渡れる人数は随分と制限される。
そこを前後から挟めば、王弟側の絶好の狩場となる。
つまりは見え透いた罠だ。
地図を穴が開くほど見ても、打開策はおろか、僅かな光明も差さない暗闇の中。
ただなんとなく意見を出し合うが、自分達にとっての貴重な時間が無為に過ぎてゆく。
行軍は速度が命だ、手間取ればその分相手に対応する時間を与え、進軍が滞る。
「私達で第2のヌールベイ大橋を架けるのはどうか?幸い資材や労力はあります!」
「国軍が指を咥えて工事を見学している訳がなかろうよ?君が橋の一部にでもなるかね?」
「ぐっ…!言わせておけば、なら貴公は妙案でもあるのか?私達を納得させるだけの案が?」
「渡河地点を複数確保し、こちらからも野砲をくりだすのはどうか?多少の犠牲は止む無し、もはや一刻の猶予もありませぬぞ!」
「筋肉ダルマらしい策だな…」
「貴様っ…!」
「両者落ち着け、冷静になれ…」
「現実問題、あちらがこちらを捕捉する方が早いさ。こちらから大橋に決死隊を送り、国軍側が対応している隙に一気に帆船で渡るしかないかな?」
「生きた餌…、つまり囮ですか?…人選はどの様にいたしますかレオ皇太子?」
「志願者は、…いるか?」
囮を用意し、国軍へと特攻させる。
国軍の大橋部隊の的になる撒き餌。
生還は望めず、死出の旅への片道切符だ。
誰も彼も顔を伏せ、明後日の方向へ向く。暗に死ねと言っている様なものだ。
他人を推薦しあう奇妙な空間が広がる。
「貴公はどうか?」
「いや、私はどうも古傷が痛みましてな…」
「フィン卿はどうか?武家の誉れだぞ?」
「先駆けは憧れですが、私には荷が重いです」
「ドライデン領主殿は?」
「私供では、時間稼ぎになるかどうか…」
義勇兵達はその一連の流れを冷ややかに眺める。
やはりこいつらは我が身可愛さに、自分達さえよければいいという想いが強過ぎる。
ならやはり俺達の中から願い出るか?
だがそれよりも早く、義勇兵達の中から挙手する強者が現れた。その声の主は女性だ。
まだ付き合いが短いが、彼女からは独特な気迫が満ちている。道半ばで死ぬつもりはないという意思が。
魔女殿は笑顔だ。
「レオ皇太子殿下、その役割私達が先駆けとなりましょう。宜しいかしら?」
「魔女殿か…、辛い役割だぞ?よいのか?」
「えぇ、ただ供廻りに粒揃いの勇者達を揃えて欲しいわ!それでもいい?」
「善処しようムツキ殿。感謝する」
「待ってくれ魔女殿、俺達も志願する!本来守るべき女性を矢面に立たせるのは気が引ける…」
「我々もいこう!経験は豊かだと自負している!」
「ありがとう皆…」
義勇兵達の集団からも部隊が志願し、大橋攻めの殴り込み部隊が編成されていく。
先陣にムツキ達が、後陣と後備には志願兵と各部隊の精兵達が脇を固め、ムツキ達の隊にも矢避けの大楯や凹凸のある金属板の盾が配布される。
コモレビは深い溜息を吐く。
なんでそうも安請け合いするかな、それにどうしてそんな嬉々とした顔なのさ。
色々と突っ込みたい気分だが、ムツキはこういう奴だ。三度の飯より鉄火場と修羅場を愛し、闘争なしでは生きられない奴なんだ。
「…結局貧乏くじじゃないかムツキ」
「何を仰いますかお前様、星々の光はこんなにも輝き私達を祝福していますよ!さぁ、私達が恋い焦がれ、待ち望んだ闘争です!」
「大事にしなきゃねコモレビ」
「王弟までの道のりは長いな…」
今日も厄日だ。




