祈りの意味を考えましょう
御前会議が開催される数日前。
エレノアは帝都にある教会を訪れていた。
其処は大通りから外れた場所に存在し、住宅街からもやや離れた立地だ。
彼女は常々不思議だった。
他人が考えた虚構や偶像を、どうしてこうも熱心に信仰できるのか?誰かの為に寄り添い、誰かの為に安息や平和を祈る。それで本当に救われるかなんて、一体どこの誰が保証してくれるのか?
そういえば彼もそうだ。
ダニエルは相変わらず後宮に引き篭もり、私との会話もてんで上の空だ。
皇帝の座を争い、身内と骨肉の争いを演じていた頃は野心に溢れて魅力的だっがたが、皇帝になった後は自身の欲望が完結してしまった。
怠惰に溺れ、色や酒に溺れ、ただ祈りを捧げている。それが誰への祈りかは知らないが、私には興味がない事柄だ。
トントントン。
教会の扉をノックすると、恰幅のいい神父が自分を迎え入れ、来訪の用件を聞いてくる。
肩幅や背丈が異様に大きい男性だ。
「ようこそエレノア様、道に迷いましたか?私供はそんな貴方方の味方です。無神教者の貴方でも、我々は暖かく迎えましょう!」
「…久方ぶりねアノニム。どう最近は?」
彼の嫌味をさらりと躱し、本題に移るエレノア。
彼もそんな彼女には興味津々といった様子だが、軽い世間話もしてくれない彼女に不満気だ。
「まぁ悠々自適に暮らしているよ、エレノアこそご無沙汰じゃないか。せっかく帝都にいるのに、旧友にはまめに会いに来てれよ」
「そうね…善処するわ」
「言葉だけにならない事を祈るばかりだよ。それで?君の用件は、例の件だろう?」
「えぇ、近々必要になるから下見も兼ねてね」
「継承戦以来か、あの時は心踊ったねぇ。より強く、より頑丈に、耐久性の優れた素体を産み出す事に情熱的になれた…。素晴らしい時間が、再び訪れようとは嬉しい限りだよ」
「こらこら、聖職者のする顔じゃないわ。もっと慎み深くしないと、神罰が下るわよ?」
「いけないね、ついつい」
「ふふふ、あはは!」
「わはははっ!」
教会では他の信者達が、御神体を模した銅像に熱心に祈りを捧げ、聖句を唱える者もいる。
そんなすぐ側で、せせら笑う二人。
咎めた割には、エレノアも可笑しくてたまらない。アノニムと私も、神聖なものとは対極に位置する存在だ。そんな彼がこんな場所で熱心に働くのは、ただただ暇潰しの為だ。
意向返し的な意味もあるかもしれないが、彼の考えは昔から謎だが、退屈を嫌うのは共通している。誰かを陥れたり、誰かと血の盟約を結んだりするのはそんな想いが根底にあるからだ。
ひとしきり笑うと、教会の脇を通り、地下の死体安置所へと足を運ぶ。
中はくぐもった匂いが充満し、カビ臭い香りと外気が混じり合い、独特な匂いが広がる。
無数の棺桶の群れを抜け、更に下へと梯子で降りた先には、アノニムの個人的な研究所だ。
血の匂いが濃い。
様々な動物が宙吊りにされ、逆さ吊りで麻袋に入った物体がビクビクと脈動している。
作業机には血の跡が黒く変色し、アノニムが作りかけた作品達が転がっている。
周囲の薄暗い檻の中には、動物と人を掛け合わせた歪な生物が鎮座し、こちらをだらんとした瞳で見つめ、焦点が合っていない。
動くたびに体液を撒き血晒すモノ。
無数の目玉が浮かぶ肉塊のようなモノ。
醜悪な見た目なのに赤児の鳴き声をだすモノ。
上半身と下半身が別々に動くモノ。
檻から抜け出そうと檻ごと暴れ回るモノ。
私達が生まれた落ちた場所も、こんな世界だったのだろうか?束縛され、抑圧と自由のない監獄。アノニムの世界は、そのまま我々の故郷だ。
「空気の澄んだいい場所だわ」
「お褒めにあずかり光栄だよエレノア、…最近の中ではこの子はどうかな?」
「鈍重そうよ?却下や却下」
「そうかな、俊敏性はなかなかなのにな…。じゃあこっちの子はどうだろうか?回復力に優れて、並大抵のことじゃ傷がつかないよ?」
「そうね…、悩むわ」
「隣の子は?」
「この子はね、怪力自慢なのさ。ただ能力的には中の上程度かな、尖った性能がないのが特徴といったところかな、うん」
あーでもないこーでもないと議論を展開し、帝国国軍の尖兵として扱う異形を吟味する二人。
怪物が怪物を創造し、使役する。
それはまさに悪魔の所業そのものだった。




