活動を広げましょう
赤旗に黒い竜の紋章が入った軍旗がたなびく。
その軍旗は最近戦場以外で有名になっていた。
軍の集積所や荷馬隊が捕捉され、前線への補給がちくちくと痛手を受けている。
ローグ連合の部隊ではなく、どうもお尋ね者達の仕業だ。忌々しいにも程がある。
ヤハウェではジョンドゥと名乗り、今は暁の地平線団と改名した集団。魔女の兵隊達だ。
理屈も信念もなく、忠義にも劣る。
ヤハウェの一件以来雲隠れしていたが、最近になってまた舞い戻ってきたのだそうだ。
ローグ連合を片付けていない時期に、活躍するなと毒付きたくなるが、私が前線を離れればローグが勢いづくきっかけを与えてしまう…。
この間の総攻めで、彼等の小賢しい陣地帯には手痛い損傷を与えたが、こちらの体力も長く続かず
消耗戦を嫌って、前線を押し上げるに留めたがそれが正解だったのか迷う自分がいる。
勢い任せで追撃戦をかませば、帝都のホフマン元帥から叱咤激励を受けるに違いない…。
「厄介者達が世に蔓延るのを止めるには、どうすればいいと思うバネッサ?」
机の命令書にサインし、書類の束を片付けながら自分の隊のメンバーに相談するケイティ。
彼女は迷った時、よく身近な者と相談する。
気心の知れた昔馴染みの隊員達に知恵を借り、解決策を模索するのがベル隊のしきたりだ。
隊員達も慣れたもので、思った事を口にする。
「悩み事かいベルちゃん?」
「私らの仕事は国内の治安維持だ、だから愚直に目の前の奴等の鼻っ柱を叩いていくしかないと思うのよ。そこに線引きはないだろう?」
「そうなんだけどさぁ」
「現体制を打破しようと、後から後から変革を求める者達が続くんだから、この国は末期なのかな?私達は延命措置しない方がいいのかな?」
「滅多な事言うもんじゃないよベルちゃん!」
「別に、…私はみんなと一緒ならどこにいたって構わないわ。まぁ忘れてつまんない戯言よ」
身も蓋も無い事を呟くベルに、バネッサや他の面々が必要以上に慌てる。
他人を信用しない王弟は、蜘蛛の子の様に密偵をばら撒いており、密告なんかされた日には明日の朝日は拝めないともっぱらの噂だ。
「…ギブソン将軍は何か言ってる?」
「まだ何もさ、ターナー将軍に助言を乞うているみたいだけど、ローグの奴等も動きないから私らは暫く開店休業だね」
「そっか」
戯言と言っておきながら、彼女の瞳は真剣だった。刈っても刈っても庭に生い茂る雑草のように、叛逆者達が続く現在の帝国。
帝都とその近郊だけが繁栄を享受し、辺境や末端にはその出涸らしすら配分されない。
歪な構造だ。
軋んだ歯車を回し続けると、その歯車はやがて動かなくなり、他の歯車とも動作不良をおこし、その歯車自体が脱輪して地に落ちるだろう。
修繕も手垢だらけの錆だらけ、潤滑油をしてもうまく回らない、なら無理矢理回すしかない。
だが限界は遠からず来る。
数年後か数十年後か。
…………
ジョバンニ卿の領内に、今日もまた食糧が届く。
活動資金や物資の運搬方法は謎だが、ムツキ達の一団は隊をいくつかに分け、周辺に活動領域を広げ、民衆のヒーローになりつつある。
赤ん坊が産まれたと聞けば養育費を、病気を患ったと聞けば治療費を渡し、村長や市長達には義援金を惜しげもなく渡す。
その代わりに帝国軍の動静や噂話を求め、次なる獲物を求めているのだろう。
その標的というのは、悪徳商人にそれに結託した貴族の屋敷。国軍の兵糧庫、地方役人など多岐にわたっている。
赤字に黒い竜の軍旗がはためき、騎馬隊に守られながら荷馬車が続々と続く。
配下の兵達は物静かで、狂騒に酔うのではなく、自分の職務を黙々と遂行している。
民衆達も、下手をしたら自分達の保護者たるジョバンニ卿よりも、心酔した様な眼差しをムツキ達に送っている。信用が日に日に移っている様な現象、だがその異常に誰も気づかない。
「さぁ今日の献立は肉の香草焼きさ!慌てないで大丈夫、数はたっぷりあるよ!一列に並んでね、横入りは許さないからな!」
シズネが荷馬車の上に立ち、なり損ない達を指揮し、鉄板焼きの要領でお肉が次々に焼かれる。
鼻孔をくすぐる香ばしい香りに、腹の虫が音を立てるが、皆行儀よく並んでいる。
木製の皿に肉が折り重なるように盛られ、野菜のスープを手渡していくゼンの姿が見える。
「ありがとう!」
「貴方達は天使様達の御使いだよ…」
「こんな時代を呪ったが、久方ぶりに生きている実感が湧くよ、いつも助かるよ」
老若男女の感謝の言葉に、ジェフも照れている。前職からしたら考えられない。
恨まれてばかりで、感謝され慣れていないからだ。彼の心も温かくなる。
しかし難しい顔のコモレビと、そんな彼に恋人の様にじゃれつくムツキ。
コモレビにはある疑念がある。
やり方こそ違うが、これは彼女が思い描いた実験なのではないかという疑念が。
「ムツキ念の為聞くけど、まさか炊き出しの料理に君の血を混ぜていないよね?」
「酷いなぁコモレビ、そんな鬼畜な真似はしないわ。他人の善意を疑うなんて、貴方も相当私色に染まってきたんじゃない?」
「本当はどうなんだい?」
「何も入れてないわ…」
「先ずは信用を得ないと。信用は安売りしてないし、積み重ねるものでしょ」
微笑むムツキと、一抹の不安を覚えるコモレビ。
彼女の正義の味方事業は始まったばかりだ。




