義賊の真似事をしましょう
「ウナウル!食糧貸して!」
ゴートレニアの喫茶店で、仕事休みのコーヒーを楽しんでいると、明るい声と共にウナウルの前にムツキが立っていた。
藪から棒に、どういう意図があるかわからないお願いをしてきた。彼女の行動基準は未だに謎だが、退屈せずにすみそうだ。
この間の不機嫌がすっかり治った事に安堵しつつ、仕事を手伝ってくれた御礼もかねて彼女の願いを叶えてあげたいと思うウナウル。
同僚のホトホルが、コーヒーを啄ばむ様に飲んでいるのを観察しながら、蛇の亜人は首を縦に振り、ムツキの反応を見る事にした。
「…別に構わないけど」
「突然どうしたのムツキ?貴方がそんな慈愛に満ちた聖母みたいな真似するなんて、どういう心境の変化があったのかしら?」
「ふふふ…、皆の憧れであり、誰しもが望む正義の味方になりたくてね。私達の中の眠れる獅子が、まさに今産声を上げようとしてね」
「へぇー、ムツキは正義の味方とは真逆の存在だと思ったけどなぁ。気のせいかな?」
「私達を誤解しているわウナウル」
ムツキ達といると退屈しない。
彼女は私の清涼剤なのかもしれない。
毎日毎日同じ作業の繰り返しに嫌気がさし、こんな仕事いつか絶対辞めてやると、鼻息荒くまくしたてて、ホトホルと呑み歩く日々がなんだか滑稽に思えてくる。これは彼女の魅力なんだろう。
「新手の勧誘か何かかな?食糧のお代はジョンドゥ名義でいいかしら?」
「ジョンドゥ改め、これから私達は暁の地平線団を名乗るからそこに宜しくね!」
「はいはい…」
「食糧の代金はジョンドゥ名義で、と。参考までにさ、暁の地平線団様方はこれからどーするんですか?活動方針とかは決めたの?」
「…これから決めるけど、変かな?」
「そーなんだ、まぁコモレビ君に宜しく!」
「えぇウナウル!仕事にひたむきな貴方は、とっても素敵だと私は思うな!」
「そう?ありがとう…」
演技でも打算でもない、純粋な好意に触れたウナウルは、自分の頰が火照っているのを必死で隠そうとしたが、ムツキの笑顔が眩しい。
荷物は数時間で用意できるからと素っ気なく伝え、にやけた顔の同僚に視線を送る。
「何よホトホル、その顔は?」
「◇◇◇◇◇?◆◆◆◆◆◆◆◆◆」
「あんた後で覚えてなさいよ」
「ここの喫茶店の支払いはホトホルね」
「◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎っ!」
悲痛な叫びが後ろで聞こえた気がするが、善は急げだ。ウナウル達から食糧を受けった直後、まるでゴートレニアから出奔する勢いで、ジョバンニ卿の居城を目指すムツキ一行。
ウナウルからは、二つ返事で了承した馬車10台分の食糧を提供してもらい、荷馬車の群れが疾走してゆく。帝国領内へと逆走し、途中途中にいた国軍の警邏部隊は、ムツキの変身と話術でかわし、ジョバンニ卿の領内に向けてひた走る。
「ムツキさん、止めて止めて!」
「うぷっ、頭が揺れる。吐き気が…、うっ」
「あははは、速ーい!」
「うぅっ!うっ!」
あまりに速度を上げるので、ゼンとコモレビはグロッキー状態となり、シズネとタイチョーは何故かハイに、ジェフは通り過ぎていく道に向かってゲーゲーお腹の内容物を戻している。
そうこうしているうちに、ジョバンニ卿の領内へと侵入し、小高い山に築かれた居城を目指す。
だがその道中の景色は、あまりに過酷過ぎるものだった。壁や塀にうずくまる様にもたれかかったまま、動かない領民達が散見している。
既に動かない我が子を抱く母親や、小川には小さな子供の遺体が捨てられ、皆身を寄せ合う様に寒さと飢えを耐え忍んでいる。
私達の車列が帝国軍の人狩り部隊に見えたのか、必死に子供達を隠す親達。凄まじい形相でこちらを睨み、どこかにいけと訴えている。
戦争さえなければ、この人達はこんな辛い経験をしなくてすんだのに…。
居ても立っても居られず、シズネは荷馬車隊を近くに止め、なり損ない達を指揮し、大鍋料理の炊き出しを行っていく。
野菜に肉、香辛料をふんだんに使用し、トロトロになるまで大鍋を煮詰めていくなり損ない。火元はシズネが番をし、微妙な火力調整をしている。
それを間近で目撃したゼンとコモレビも加わり、炊き出しはより本格的になっていく。
「手伝うよシズネちゃん!」
「料理の腕は微妙だけど、力仕事は得意だ」
「ありがとうコモレビさん、ゼン」
最初は遠巻きに見物していた領民達だったが、近寄って匂いを嗅いでいた子供達が、大鍋料理を配膳されているのを皮切りに、俺も私もの大合唱が湧き上がり、あっという間に行列ができた。
汁物に黒い丸パンを配り、皆が皆貪り食べ始め、今日のこの幸運に感謝していた。
シズネはその様子を感慨深くみつめ、そしてぽつりぽつりと考えを呟いていく。
隣で聞くコモレビとゼンも真剣だ。
「…コモレビさん。この国は、皆が幸福になる事を拒んでいる様に思えます。一部の階級の屑共が富を独占して、苦しんでいる人達に還元する事もなく、足蹴にして見下ろしている。それはとっても残念で、不幸な事だと思います」
「だから私は、一度その仕組みや体制を全部真っ新な状態にして、皆が笑える世の中にしたい。私達に出来る事は何でもする!その為には何が足りなくて、何をすればいいんでしょうか?」
「それが君の命題かシズネ…」
「一人一人で出来る事には限界がある。なら十人、百人、千人と志を同じくする者が集まれば、やがてそれは大きな時代の畝りとなり、上と下の立場を逆転する革命になる。僕達は仲間を集い、それを組織し、この理不尽をひっくり返すくらいに巨大化させる事が近道かな?」
「漠然とした考えだけどね」
「僕には難しい事はわかりません。ただ、今のままじゃいけないのはなんとなくわかります。だから僕は絶対に負けません!」
三者三様な答えを示し、互いに笑いながら炊き出しに全身全霊で臨む三人。
答え合わせ出来る輩は誰もおらず、自分達が語り合った理想が、机上の空論にならない様にただただ祈る事しかできないでいた。
この国の未来を信じて。




