お愉しみをしましょう
「君の欲は完結してしまっているね。ここから更に飛躍するには役不足だわ…」
「貴方は及第点よ!よかったね!」
「そのドロドロとして濁りきった欲は完璧に成就されることでしょう!」
「次の人は…、ん〜」
「物欲もなく、無欲で質素な暮らし。堅実を絵に描いたような、そんな感じかな。つまらないの、もっと素直になればいいのに」
「貴方は、そーね磨けば光そう。どこか燻んだ光を内包しているね、現状に不満があるし、それを発散できない自分にも嫌気がさしているね」
「貴方は歓迎できそうだわ」
死体だらけの戦場で、奇妙な一団に取り囲まれている。人命救助や慈善活動の類ではないようで、怪我の手当てなどはされずに、負傷者達を見回しては、頭目風の女性がしきりにうんうん頷き、数十人いる怪我人達を一人一人観察してみては、その都度一喜一憂している。
精神が錯乱しているんだろうか?
周囲の者は騒がずに、ただぼんやりとこちらを眺めているだけで、命の危険はなさそうだが、なら何故完全武装して取り囲むのだろう?
ただそれがより気味の悪い雰囲気に拍車をかけ、せっかくあの地獄を生き残ったのに、これじゃあまた元の木阿弥だ。
どこぞの貴族でも、雇用主の小間使いでもない。
彼女達はなんなんだろうか?
異質な感じがする。
だいたい深夜の戦場跡に用事なんてないだろう、自分の心の中の警鐘が早鐘を打つ。
『よせよジェフ、あいつはイかれてる。だいたい独り言を呟く奴はヤバイのが相場だ』
『頭の中の妖精さんとしか会話ができないし、おつむの思考回路がゆるゆるだぞ?』
『まだわからんさ、それにあの頭目さんの慈悲に縋ろうじゃないか。最悪雇用主から鞍替えして半年無給であっちの手伝いをしてもいいだろ?』
『そりゃあ契約違反じゃ…』
『自分の命より重い契約なんてねぇさ、揉み手に擦り手でおべっか使ってくるさ』
小声で話す生き残り達。
仲間の制止の瞳を無視して、最年長の彼は謎の一団の頭目と交渉を開始する。
「…姐御方、あっしらに何用でしょうか?」
「私達は見ての通り、敗残の兵達の搾りかすにすぎません。今は一刻も早く陣地に戻り、部下達を救護したいので囲いを解いてもらえませんか?手遅れになってしまう奴らもいるので」
「………」
勿論、全員が彼の部下ではない。
違う傭兵団の連中や、騎士の郎党連中もちらほら紛れ込んでいるが、部外者連中に正直に話したところ何のメリットもない。
だが、今まで散々饒舌だった女頭目は、自分を上から下まで隅々観察し、なにやら思案している。
「…もう、×××××してもいいかな?」
「任せるよ、この辺の生き残りさんはあらかた回収したし、後はムツキの好きな時間だろう?」
そして側にいた、外套を頭まで被った従者と暫く密談している。
「先生、よろしいですか?」
「ええ、シズネ。これは私達の出張手当てよ、手ぶらでは帰りたくないしね」
小柄な赤目の少女が付近を囲む兵達に合図を送り、自分達を羽交い締めにして、行動の自由を次々に封じていく。
【こりゃあ交渉相手を間違えたな、彼女達はローグ側の残党狩りの部隊だ。ベルヘルミナ側なら、まだ可能性はあったかもしれないが…】
ジェフと呼ばれた彼は覚悟を決める。
羽交い締めにされ、首を固定されるなんて処刑前の儀式と一緒だ。後は撫で斬りにされるか、新調した武器の試し斬りで終わりだ。
かみさんには苦労をかけるかもしれない、いまだに生意気盛りの息子もやっと10歳を迎える。
まだまだ側にいたかったが、かみさんがこんな稼業やめて実家に戻ろうと諭してくれた時、素直に受け入れていればよかった…。もう終わった事だ。今日が俺の審判の日らしい。
仲間やたまたま近くにいた者達が、端から順に口から液体を流し込まれて、地面に打ち上げられた魚の様に跳ねて、静かになっていく。
何人かは毒に耐性があるのか無事な奴がいるが、液体は命を脅かす物なんだろう。
飲んだ直後に支離滅裂な言語をあげる奴や、羽交い締めを突破して頭目に立ち向かう者もいたが、シズネと呼ばれる少女に物理的に燃やされ、醜い火達磨の様に右往左往し事切れた。
側にいる従者に袈裟斬りにされたり散々だ。
次の次は自分だ。
断末魔の悲鳴が轟く。
次は自分だ…。
隣の奴の命乞いが虚しく響く。
そして、自分の番だ…。
緊張で喉が乾く、身をよじり必死にもがく。
「んー、んんーっ!」
「大丈夫、大丈夫痛くないよ、痛いのは一瞬」
身体が強張り、逃げようにも身体を拘束され、ムツキと呼ばれた女性が、容赦なく液体を自分の口に流し込む。これがなにかは知りたくはないが…。
液体を吐き出そうにも手で封じられ、口の中に含んだ状態を維持しようにも、顔を上にむけさせられる。その瞬間、全身の血が沸騰する様な猛烈な痛みを感じ、地面を転げ回った気がする。
視界が歪み、世界が歪む。焦点があわない…。
俺は何者になるのだろうか?
自分の意識がそれっきり離れた…。
ただ助かりたい。
地位も名誉も誇りも、仲間すらもいらない。
ただただ命が惜しい。
一旗揚げてやる、それまでは死ねない。
【なんだ、貴方もちゃんとした欲があるじゃない?隠す必要なんてないのよ?もっと素直に、ね?】
誰かの声がする。
暗がりの誰かがにこやかに手招きしている。
甘い誘いとは裏腹に、その場所は無数の人骨が散らばる地獄そのものの光景が広がる。
【いいじゃない自分さえよければ、他の誰かなんて関係ない。皆自分本位で生きたいものだもん】
【ほら、こっちにおいで】
甘い囁き声はどこまで心地よく。
甘美な声がジェフの心を蝕んでいく。




