異能の力を行使しましょう
はー、はー、はー…。
隣の奴の息遣いが聞こえる。
緊張の為か必要以上に力んで矢筒に手を伸ばし、弓や弩に矢を装填する。
矢をつがえ、狙いを前方に合わせる。
何処に撃っても当たる入れ食い状態だ。
地平線の向こうまで敵だらけ、速度を上げてこちらへ疾走してきている。
…ごくり。
前列の奴が生唾を飲み込み、額の汗を強引に拭い、砲兵は導火線に火をつける。
俯角を調整し、目測で着弾点を予測する。
砲弾を山の様に並べ、赤獅子の旗の群れを見つめる。こちらにきませんように…、そんな自分本意な願いを心で呟く砲兵。
がたがたがた…
覚悟はしたはずなのに、恐怖からか肩や足が小刻みに震えている。叩いて抑えよううにも、身体は正直だ。怖いモノは怖い。
陣地内では目まぐるしく陣形が変化し、空堀の側では盾と槍を用いた強固な槍衾が、土嚢の隙間からは弓や野砲が顔を覗き、後方では予備部隊が臨戦状態へ入り、帝国の騎馬隊迎撃の為にローグの騎馬隊集団が飛び出していく。
ローグ連合国側の陣地から、相対していたベルヘルミナ帝国の軍勢が濁流の様に迫ってくる。
白地に赤獅子の旗印を掲げ、中央の軍団に引き寄せられるように、右翼と左翼も前進してくる。
自分達が設営した陣地を飛び越え、怨敵を求めた全体突撃。いや、人海戦術だろうか?
「「突撃せよっ!皇帝陛下に勝利をっー!」」
「「第4軍各隊、任意に突撃ー!」」
「「ベルヘルミナ万歳ー!!」」
突撃ラッパを盛んに吹き鳴らし、軍団の駆け足が唸り声をあげ、その振動は地震の様にこちらへ伝播してくる。黒い川が動いてるみたいだ。
機動力を活かした騎馬隊が歩兵の前に陣取り、更に騎兵隊の前には重騎兵が大盾を構えて突貫してきている。徐々に速度を上げ、逆茂木や馬どめの柵を物理的に排除している。
前方にいる騎馬集団を視認できた…。
その後からも雲霞の如く攻め寄せる帝国軍、総攻めの下知を得た彼らは我慢に我慢を重ね、もはや
限界寸前の状態だ。
「構え……、撃て」
射程距離まできた獲物に、下士官が低い声で部隊を統率する。弓兵達が一斉に弓を引き絞ると、タイミングを合わせて同時に射かけていく。
ローグ側からの矢の雨にびくともせずに、前方集団が消耗したら後列と入れ替わり、数百メートル進軍するたびにそれを繰り返しながら距離をぐんぐんと詰める。
その先頭集団の中心に、第3軍の指揮官彼女はいた。周りの兵士に比べても低い背丈の女性。
赤備えの鎧を纏い、兜には特徴的な赤羽根を付けたベル隊だ。
【私を見ろ!私達を見ろ!】
そう言わんばかりの派手なカラーリング。
「私からの贈り物よ、受け取ってね」
ケイティは両手を広げ、手首をローグ側へ傾け、時計回しに回したかと思うと、不快な金属音を響かせながら、ローグ側の陣地の一部がひしゃげて歪み、兵士達と大地を渦状に抉る。
骨が砕け、身体が向いてはいけない方向へ捻じ曲がり、内臓器官が意図的にミキサーされる。
あれは人の死に方にしては残虐過ぎる、最期にはピンク色の飴玉みたいな形となり、間抜けなオブジェクトみたいに転がっている。
あれが全部死骸なのである。
「「あぁあぁあぁあぁー、あぁあぁっー!」」
彼女に視認された兵士達は恐慌状態となる。
彼女の異能にはあまり制約はない、遮蔽物もなく見晴らしのいい今回の平原の様な場所は、彼女にとっては絶好の狩場と化してしまう。
乱れた箇所に、彼女の麾下である騎馬隊と歩兵隊達が雪崩れ込み近接戦を仕掛けてくる。
普通の軍隊ならば容易に潰走しただろう。
普通ならば…。
ケイティはローグ連合側に不自然な水溜りかあるのに違和感を覚え、それが蠢いている事で違和感は確信へと変わる。
【奴だ、奴がきた…】
挨拶がわりに異能をお見舞いするが、水溜りにはあまり効果がない。
その水溜りは意思でもある様に動き、近場の死体の血液を吸い取りながら、赤黒く膨張する。
赤黒く膨張した水からは、ローグ側のカーキ色の軍服を纏った士官が姿を現わす。
茶髪の髪はボサボサの伸ばし放題で、やや神経質そうな瞳の下は、濃いくまが形成されている。
「またあんたかいケイティ?いい加減大人しくしてくれないか?また残業になるだろう…」
「知らないわよ水玉野郎が、そのうざったい顔ごと私が圧縮してやるわ!」
「まぁ別にいいさ、仕事だし。給金分は働かないと、後が怖いからな。そうだろ?」
「ならずっと休めば?」
「うーん…それは魅力的だけど、それだと軍からは給金がでないじゃないか」
「…あっそ」
ケイティは内心歯噛みしていた。
彼には私の異能が通じない。
彼の異能が自身の身体を任意に流体化させる異能で、圧縮される部分がないからだ。
私と彼は相性が悪く、向こうも同じ事らしいのだが、何度も何度も取り逃がしている。
どうしたらいいのか?
彼女は部下達に先に進む様促し、逢いたくもない旧友との再会に頭を悩ませていた。




