聖戦を開始しましょう
ベルヘルミナ帝国とローグ連合国、
拡大軍拡主義の帝国に対し、立憲君主制で権力が一元化している連合。
今二つの大国は揺れている。
それぞれの駐在大使とその関係者が殺傷され、目撃された下手人は、両陣営の軍服を羽織っていたという証言がでている。
ここ数十年間は代理戦争はあったものの、直接両国が全面衝突する事はなかった。
だが殺傷した人物がまずい、帝国は王弟の遠縁、連合も王族の血筋を引く者が明記されている。
【卑劣なローグを討滅すべし】
【融和主義を謳いながら、国家の象徴たる人を傷つけるとは何事か!】
【武器を持て、武器を研げ、異端に死を】
【奸計ばかりの帝国は豚にも劣る】
【劣等種供に、裁きの一撃を!】
【軍拡主義者供を叩いて潰せ、大陸の安寧を得るにはもはや障害物でしかない!】
外交問題を飛び越え、国民感情は開戦へと傾いてしまっている。
だが、口には出さないが両国とも前大戦の傷は癒えていない。膨大な戦費が経済を圧迫し、戦場となった場所も再建がおぼつかず、荒れ果てた土地のまま放置されている。
だがこのまま国民感情を無視すれば、惰弱、臆病者と罵られ、その怒りが指導者達に向かう事になるかもしれない。
そんな事態は避けたい、避けたいのだが…。
過去にも領土問題、自国民救出、国境線上での軍事演習など様々な名目で戦争する間柄だが、国力が拮抗しているので泥沼化しやすいジレンマがある。一度始めたら終わるまでが長い長期戦。
自国内に植民地、はては同盟国の人員までも根こそぎ集めての文字通りの総力戦。
だが国民感情を優先した両陣営は、長年の仇敵を征伐する為に、大軍団を編成して国境線上へ順次派兵し、後は号令をかけるのみとなった。
兵は規則正しく隊列をしき、色とりどりの旗がはためき、行進を続ける。
何処に向かうかわからぬ行進を。
そして両陣営が睨み合いを続ける最中、痺れを切らした部隊が矢を射かけた事で戦端は開かれる。
小さな衝突は徐々に徐々に膨れ上がり、国境線沿いを流れる川は血に染まっている。
混戦につぐ混戦。
乱戦につぐ乱戦。
一進一退の攻防はそれから数ヶ月も続き、戦死した兵士の数は膨大な数となっていく。
棺桶の数も不足し、火葬が間に合わず、大穴を開けて土葬にしてもその穴も満杯となり、最期は野ざらしにされて放置され、兵士だったモノ達からは腐敗臭がたちこめる。
段々と死に対して無頓着となり、それが日常的なものとり、匂いさえも感じなくなっていった。
戦友が死んで涙してた者が、無表情となり、あぁまたかぐらいの認識となる異常な戦場。
大義の為、正義の聖戦だとお題目を唱えるも、現場の兵士達は感覚が麻痺してきている。
今日も朝から突撃ラッパと太鼓の音がする。
戦場にいる戦友達が呼んでる。
僕らはあそこにいかなきゃ…。
野戦病院には負傷者が列をなし、寝台も間に合わないので通路に藁を敷いて寝かされている。
程度の軽い者は包帯で湿布程度の治療で間に合うが、重篤者は本国療養で一時帰国、それ以上の重体の者には牧師やシスターが傍らにつき、聖句を読み上げている。縋るものに頼りたいのだろう。
「天上の世界には飢えも苦しみも、病さえも存在しません。この先、例え貴方方が命を落としても、魂は未来永劫、別の存在へと繋がっていきます。嘆くことはないのです、これは天命なのですから…」
四肢欠損した者や自分で歩けない者が、牧師の言葉を静かに聴いている。
自分達の最期は自分達が一番わかる。
その場は悲しみに包まれ、大人達が咽び泣く
後悔があるとしたら、家族や想い人の側にいられずに、この世を去ってしまう事。
だが、別の場所ではおかしな説法を唱える聖職者の姿があった。いや、聖職者かも怪しい。
「この世は理不尽で溢れています。皆さんは戦う事が仕事なのに、戦えないならお払い箱。これじゃああんまりですよね?死んでも死にきれない…」
「私は皆さんを再びあの懐かしき鉄火場へ、あの闘争の場へとお連れする事が出来ます。この霊験あらかたな秘薬を一口啜れば、いかがですか?」
「…効果はあるのか?」
「それはもちろん、ベルヘルミナが誇る新兵器といっても過言ではありません」
「薬なのに、…兵器なのか?」
「えぇ、人ならざる力が身に宿ります」
一人の負傷者がその霊薬を啜ると、その効果は劇的だった。怪我が徐々に修復し、筋肉が盛り上がり、包帯を引きちぎってみせた。
魔法かなにか途方もない奇跡だ。
それからはこぞって霊薬を啜り、誰も彼もが歴戦の勇者の様な出で立ちでローグ連合国との戦場へ舞い戻っている。全身黒い法衣で身を包み、黒髪を束ねた赤目の少女が小瓶に入れた液体を負傷者達へ飲まして回っている。着付け薬にしては液体の色がややどす黒い。
その液体がなにかはわからない。
自分達の生命力を代償にした一度限りのまやかしだとも知らずに、兵士達は敵を求める。
憲兵隊が騒ぎを聞きつけて現場に到着した時には、既に少女の姿はなく、その一角にいた負傷者達だけが何処かへ雲隠れする様に居なくなっていた。




