お互いを労いましょう
朝靄が薄っすらと陽の光を浴び、郊外の放火がようやく鎮火した頃になると、秘密警察達も各国の情報機関員達も何処かへ雲隠れし、人々はいつもの日常へと戻っていく。
街の至る所で規制線が張られいる以外は、どこにも異常はみられない。
朝市には出店や露店商達が立ち並び、朝食を立ち食いする者や、食材の買い出しで徐々にだがごった返している。
そんな雑踏の中をふらふらと歩くシズネ。
流石に普段慣れない事は疲れる。
自分達が連泊している宿までが酷く遠く感じる、あと徹夜なんてするもんじゃない…。
眠いし、お腹減るし、怠いしの負の連鎖。
「うーー…」
「…取り敢えず寝たい、今日は何もしたくない!うん、今日は働かない!」
「おかえりシズネ!」
「シズネちゃん、朝御飯食べる?」
「うぅ」
「ただ今皆〜、正午には起きると思いますので、じゃあおやすみなさい…」
「………」
部屋に着くや否や、コモレビ達に挨拶もそこそこにベッドへ潜り込み、そのまま寝息を立てる。
仕事着を脱ぎ散らかしても、寝間着に着替えるという驚きの業をみせつけながら。
シズネに比べてムツキは普段通りだった。
帰ってくるなり、いつも通り皆と他愛のない世間話をし、屈託のない笑顔をちらつかせかている。どこまでも自分のペースだ。
「何か収穫はあったかいムツキ?」
「いい質問ねコモレビ、目標の人からは色々と気になる話がちらほらとね。けどウナウル達は悔しがってたよ、相当数の奴等を取り逃がしたって。今夜仕留めた奴は氷山の一角なんだとさ」
「彼等の仕事は情報収集なんだから、自分の身に危険が迫った時の脱出手段くらい、幾らでもあると思うけどな。けど無事でなにより」
「…褒めてるのかけなしてんのかわからない奴ね、新しい話し方だわ」
「そんなんじゃないさ。それよりもムツキ、気になる話って何さ?大事な事かい?」
「まだ内緒、けど追い追い話すわ。第三国の要塞戦の抜け道とか、要職についてるある大臣が内乱を企てているとかかな」
「また物騒な話だ。ベルヘルミナもまだ足元がぐらついているのに、各国も火種を抱えているみたいだね。天下泰平の世なんてくるのかな?」
「敵と認識した輩をしらみつぶしに潰せば、いずれはくるんじゃない?ぎこちない平和が」
「それじゃあ恐怖政治だよ。民のついてこない国はいずれ破綻する。独裁者の国なんて、長続きしないのが世の理だよ!うん」
「恐怖帝コモレビ…。ありだね」
「いやいや、なしだよムツキ…」
にししと悪戯っぽく笑うムツキに、釣られて笑うコモレビ。こないだの件はお互い流し、以前の様な態度に軟化している。
温和な感じで講義するムツキ、けど彼女の本質は獰猛な捕食者と一緒だ。生きる為に他の存在を糧とし、その身の肥やしにする。
自分が何者か知らない者は、結局何になりなるのかがわからぬまま暗がりを歩いてる。
けど僕も一緒だ…。
自分も進む道を見失い、ムツキという誘蛾灯にふらふらと付いて回っている存在だ。
彼女が放つ光は激しくまばゆい。
「あのー、僕朝市に行ってみたいです」
「よーし、じゃあ私とシズネが稼いだこの不浄のお金で豪勢にいきましょうか!」
ゼンの提案に同調し、コモレビとタイチョーも強引に連れ出して外の空気を吸いに行く。
『皇太子派の残党をゴートレニアで発見』
王弟は自国内の他にも、数多くの密偵を周辺国へとばら撒き、皇太子派撃滅を掲げている。
事態はまた変わりゆく。
時代時代の流れが流動的な様に。
コモレビの止まっていた時間もまた、ゆっくりとだが確実に動きゆく。破滅か栄光へと。
統一亜人党の秘密警察達が港の倉庫街に集まっている。汚れ仕事専門の仕事人達が続々と集まり、仕留めた標的達を並べて死体検分している。
死体の状態の悪い者や、顔の判別や特徴がない肉塊はまとめてばつ印が押され、海へ遺棄される。
その場には当然ウナウルとホトホルも参加し、標的のリストと照らし合わせて情報士官の役人から報酬を受け取っている最中だ。
列の中には付き合いの長い昔馴染み達もおり、憎たらしい顔をこちらに向けている。
「蛇の目、鳥頭も久しぶりだのぉ。どうじゃ今夜の収穫は?大物食いでもできたか?」
「百足老!お久しぶりね、あんたこそまた小狡く小物狙いばかりしてるんでしょ〜?こっちはまずまずよ、それに今口説き落としたい相手がいるし」
「あんたご執心の『魔女』かい?同性婚はこの国じゃ御法度だ、どこか他所でやっておくれ」
素性を隠し、あだ名で呼び合うのは職業柄仕方ない。こういった界隈の情報は狭い、本名を名乗るのは余程の腕利きか、天井知らずのど阿呆と相場が決まっている。同業者と戦う場面だってあるし、因果な稼業だ。おまけに後進を教育するのにも手間と金がかかる。
「そんなんじゃないさ…」
「実際問題なかなか心を開いてくれないの、おまけに魔女の一番弟子には私警戒されてるし…。踏んだり蹴ったりだわ本当に、どうしたもんか」
「胡散臭いんだろうさあんたが、蛇の目は誰にでもお節介をやきたがるだろう?不必要に距離を詰めすぎるから、相手にいらん警戒心を抱かせるんだ。ちょうどいい距離感を維持せにゃならん」
「距離感ねぇ、どんな風に?」
「そんくらいない頭で知恵を絞んなっ!」
カッカッカと豪快に笑う百足老に、ウナウルの目尻が下がり釣られて笑う。彼はそういう人の機微や、感情を操作する術を持つ技巧派だ。
彼からみたら、私はまだヒヨコ同然だろう。下手したら卵から孵化していないかもしれない。
「まぁヒントをやるとしたらもっと誠実に、素直に相手の感情に触れる事だ。自分を偽らず、ありのままの剥き出し個性を相手にぶつける。それだけで相手はこっちに心を開いてくれるだろうさ」
「誠実に、素直に、…ね」
情報士官の役人からもらった金貨の入った巾着を手元で遊ばせながら、ホトホルの顔をぼんやり眺める。彼の考えを読もうと試みたが、謎のままだ。




