世界の壁を感じましょう
大会本戦第4回戦目。
200人いた大会参加者達も25人まで絞られ、より過酷なものへと変化していく。
ここからは試合毎に支払われるファイトマネーが倍増され、より潤沢なものになるが、それだけ試合の危険度が増す事を意味する。
怪我による後遺症や、重篤な怪我をするリスク。
救護班も万能ではない。
癒せぬ傷というものもあるにはあるのだが、大会参加者に怯えはない。むしろ戦士の勲章だと誇る者が大半を占めるだろう。
それ故に、試合の判定を司る審判の位置がより重要なポジションになっていく。
僅かな判定の遅れが、選手生命や四肢欠損などの事態を招くこともあるからだ…。
前回の試合の怪我の療養の為、コモレビは病室で寝ており、タイチョーも付き添いで側にいる。
賑やかだった選手控室には、シズネとムツキの二人きりと淋しい状態だが、自分の実力がどこまで通用するか試したい一心で、シズネはリング上へと歩みを進める。
もう励ましや声援は要らない。
目と目で語るシズネとムツキ。
第4回戦目のシズネの対戦者は、セイレーンのムスペル。こちらもシズネ同様に初出場ながらに、破竹の快進撃でここまできた剛の者。
「さぁ遂に第4回戦、初戦のカードは人魚族よりセイレーンのムスペル選手対シズ・サン選手、初出場同士の好カードです」
「互いに新進気鋭、ライバル視する関係になれる事を切に祈るばかりです!」
「ではさっそく…」
「両者、尋常に始めっ!」
ウナウルの開始の合図と共に、先手必勝と言わんばかりにシズネの放つ業火がムスペルを襲うも、ムスペルの眼前で搔き消える。
あの熱量の焔が何処にいったか、疑問よりも脅威に感じたシズネは、ムスペルと必要以上に距離をとることで警戒し、火球を次々に放つ。
迫る火球をムスペルは次々に打ち消し、がむしゃらに距離を詰めてくる。
10メートル。
5メートル。
更に接近を続けるムスペル。
特別な攻撃もなく、身体能力を活かした動きでもない、ひたすらに直線的な動き。
先程から彼女が何事か呟きながら、シズネへと言葉を発している。
【眠れ眠れ…、揺り籠の中の赤子の様に…】
【全ては眠る、世界は眠り…】
【貴方は夢をみる、泡沫な夢を…】
何だろうと耳を傾けた途端、ずしりと身体が重くなり、視界が歪む。
身体の機能が一方的に奪われるかの様な違和感、これが彼女の能力なんだろうか?
どんどん気分が沈む。
瞼が重い…、身体も気怠い…。
シズネが操る焔にもムラがでて、ムスペルを追い切れない。彼女は別段高速移動した訳でも、それを上回る能力を行使した訳ではない。
彼女の種族セイレーンは、言葉だけで相手の意識を刈り取り、船を墓場へと誘う海の悪魔。
幻にのまれた船員や船頭が、彼女達の姿を必要以上に恐れるのはその声だ。
澄み渡る水面の様に、心に響く。
どんなに耳を塞ごうが、視線を外そうが、彼女の声が肉体へと浸透し、やがて覚めない夢へ誘う。
シズネの動きが緩慢になったのを見計らい、ゆっくりと時間をかけて近づき、遂にはシズネの耳に零距離で言葉を囁く。
その声は甘美な響きで、脳神経を麻痺させる。
あらがいきれない命令をのせて。
甘い甘い誘惑が支配していく。
【貴方は赤子、誕生してすぐの赤子…】
【だから、今は瞳を閉じてお眠りなさい…】
【辛い現実も、全て忘れて…】
視界が霞み、現実と夢の境界線が曖昧となる。
朧気に見えるムスペルは本物なのか?
こんな簡単に屈するなんて!
『…先生、私は強くなると誓ったのに!』
『私は、…誰にも負けたりなんかっ!』
『私は…、私は…』
一際大きな焔が立ち登り、その中心にいるシズネはムスペルに物理的に抵抗するが、徐々にそれも力ないものへと変化していく。
静かな寝息を立てるシズネ、それを優しく抱きしめてウナウルを見つめるムスペル。
「試合終了ーっ!」
「鮮やかな手並みでした、シズ・サン選手の猛攻をヒラヒラと躱し、ムスペル選手が蜂のように一刺し!見事の一言でした!」
10カウント取るも、再起不能と判断してムスペルの勝利を宣言する。
言霊に強制力を込める単純な能力だが、単純故に防ぐ手立てが少ない彼女の能力。
「狡い能力だよね?」
「けど私達はこういう種族だから、何気ない会話でも相手に暗示をかけてしまう時があるの…」
「だから、ごめんなさい…」
ムスペルはシズネを自分自身で医務室へと運ぶと、シズネを寝台へと寝かせる。
すやすやと眠る少女は、一体どんな夢をみているのか?彼女にはわからないが、きっと幸福に溢れた夢だと思う。悪夢のはずがない。
ムスペルは寝台の枕元に果物を置くと、シズネがいる病室を後にした。
ムツキは考える。
自分達よりも強い存在の出現、それと同時にそういった輩が跋扈する世界を愛おしく思う。
一方的な狩猟は狩ではなく屠殺だ。
殺し殺される日常こそ世界の本質であり、生物は日々生存競争するべきだと思う。
だから目の前で対峙するこの亜人は、私の敵として成立するくらいの強者なんだろうか?
相手は優男風の、ねじれた角を持つ亜人で種族名はわからない。角だけなら山羊そのものだが…。
そういえば広場の銅像にも、似た様な角が生えていたような曖昧な記憶が残る。
「白熱した試合が続く第4回戦!」
「続いては前回準優勝の鉄人フランベル!惜しくも優勝こそ逃したが、その実力は折り紙つきです!この試合に要注目でありますっ!」
「そしてっー、対するはトントン拍子で進んできた新星ムツ・サン選手!今大会の台風の目となる事が、果たして出来るでしょうか?」
「では両者尋常にー、始めっ!」
お互いに距離を詰める二人。
クロスカウンター気味に放った拳が、二人の頰を捉えて弾き飛ばしていた。
体重が重いフランベルの方が、より重みのある拳でムツキを殴り飛ばすも、くるりと軟着陸に成功しフランベルに対しての逆襲を開始する。
右に左に、空中に。
忙しなくリング上で暴れ回る二人。
既に様子見などという段階を飛び越え、命のやりとりでもしているかの如くの苛烈さだ。
手数の多さのムツキに対し、一撃一撃に深い重みのあるフランベル。
ムツキの変幻自在なフェイントや誘いには乗らず、本命の攻撃にだけ対応していくフランベル。
業を煮やしたムツキが、状況を変える為に自身の分身を影より産み出し、フランベルを取り囲むが彼の瞳は常に本物のムツキだけを追っている。
「人形遊びだな…、意思のない虚構な者達の攻撃なぞ、我が魂に触れる事なぞできないっ!」
「すごいわ、叔父様!私にこうまで挑戦できる存在なんて、久方ぶりなのよ!」
「そうか…、それは光栄だな」
数十人のムツキが只一人の亜人と闘う奇妙な空間が形成され、数で圧倒しているはずが拮抗し、やがて分身達を打ち倒しフランベルが迫り劣勢になっている。
ムツキが分身の背後に回っても分身ごと打ち抜かれ、影へと身を隠せばリングごと打ち砕かれた。
なんだこの筋肉達磨は?
やがて全ての分身を破壊され、真っ正面から互いに凄まじい打ち合いになるも、軍配が上がったのはフランベルだった。
大きく振り抜いた拳がムツキの腹を正確に居抜き、彼女の身体がリング外へと転がる。
「…あれっ?」
「女性の身でありながら、見事!」
なんだか普通に敗北してしまった。
尻餅ついてる自分の姿が滑稽に思える…。




