別れをきちんとしましょう
コモレビ達全員がヤハウェからの脱出を急いでいた。先行気味のムツキをシズネが援護し、付近をなり損ないが文字通りの血路を開く。
鎧と盾がかち合い、衝撃で骨と肉が軋む。
私兵や民兵達が苦悶の表情を浮かべている中、なり損ない達はお構い無しに突き進む。
矢傷を受け刀剣や槍に刺されようと、彼等は進めとしか命令を受けていない。
修復不可能な傷を受けた者は、自ずと戦線を離脱して最期の時まで粘りに粘る。
がむしゃらに武器を振り回し、体力が尽きると糸の切れた操り人形の様に突然横たわる。
残存は百名を下回るだろう。
随分と数が減ってしまった。
またどこかから調達しないと、ムツキは無意識にそんな事を考えながら、正門を封鎖している区域まで目前に迫っていた。
土嚢を積み、柵を設置して道を封鎖している場所をなり損ないが強引に突破する。
自分達の身体で道を拓く様に。
鍔迫り合いに耐え切れず、刀身が真っ二つになるなり損ないもいれば、私兵や民兵達の槍を受け止めすぎて動かなくなる個体までいる。
一緒に訓練してきた者達が倒れるのを尻目に、シズネは先を急ぐ。封鎖区画はもうすぐだ。
「どこから湧いた奴だ!弓兵奴等に狙いを合わせろ、この場を死守せよっ!」
「おうっ!」
にわかに正門が慌て始める。
私兵達が都市側の民兵達と違う動きをしているムツキ達を発見し、陣形を変え、大砲まで持ち出してきたがもう遅い。
火薬を詰め砲弾を装填する私兵達だが、シズネは静かに正門に照準を定める。
手の形を拳銃の様に構え、指先にあらん限りの力を念じるかの如く両目を閉じる。
【身体が熱い…】
【全身から湯気でもでそうだ…】
【それでも、先生やなり損ない達の為にも!私はこの先に進まなきゃいけない!】
「シズネ!正門の閂ごと燃やして!」
「はい、先生!」
「前方にいるなり損ない!左右に散って!」
前方で血路を切り拓いていたなり損ない達が、左右に散った瞬間。
一人のなり損ないに肩車されるシズネが、自身が持ちうる最大火力を前方へと噴射した。
指先から巨砲の着弾の様な轟音を響かせ、鉄格子で造られた堅牢な正門は完全に融解していた。
反動でシズネは大きく仰け反り、なり損ないと一緒に尻餅ついて爆煙に咳込む。
「うわぁー、大きな花火!」
「おっかないな…」
「これは…」
三者三様の反応をみせ、爆発を引き起こしたシズネ本人が一番驚いている。
火焔の発射というより、爆発そのものだった。
正門守備兵の私兵は、持ち場である陣地ごと木っ端微塵となっていた。
黒いしみの様な跡を残し消え果てた。
正門跡をムツキ達が駆け抜けた後、市民達もまた空白地帯となった場所へ殺到した為に、より私兵達との戦闘が激化し、鎮圧目的で横入りしてきた帝国国軍も修羅場へ乱入し、善戦していた都市側の民兵達が一気に押し込まれている。
流れは完全に帝国軍に傾いた。
ここからは装備の質や練度などは関係ない。
ただの虐殺の場と化し、命乞いする者を下卑た笑みを浮かべて足蹴にして帝国軍が斬り捨てている。
抵抗しようがしまいがどちらも処断する、帝国の横暴ここに極まりといった様子だ。
「…くそ、あいつらよくも!」
「止せヤハウェはおしまいだ、物乞いになろうとも今は生き残れ!いずれ、復讐してやる」
「ダニエル王弟の治世に反乱分子は要らん!残らずかりつくせっ、絶やしてしまえ!」
反帝国感情が日に日に強まる契機になっていく事を、この場にいる者達はまだ知らない。
ヤハウェの内乱は一日もたたずに終息し、都市側の指導者数名は即日絞首刑。
ヤハウェ代表フェルナンドは、死罪こそ免れたが地方に蟄居を命じられ、財産は没収され代表の手駒たる子飼いの私兵は解散となった。
後任には帝国の都合のいい人間が配置され、ヤハウェは直轄地として管理されていく事となる。
欲深な王弟は、金の成る木を見逃すはずはなかったが、代表も意地をみせた。
ユメミ草の在庫と主要産地の全焼却を命じ、苗床を秘匿する様に部下に命じた。
半壊したヤハウェを断腸の思いで眺めるフェルナンド、マクベスが見たらなんと言うか…。
「夢追い人が、都落ちの身になるか…、苦心して街を大きくした私の半生は、全て徒労だったのでもいうのか…?私はこの先どうすれば…」
「まったく無様だな、私もこのヤハウェも…」
「まるで泡沫の夢のようだ」
代表の呟きに誰も答えてはくれず、手枷をされた状態で薄暗い馬車の屋根を見上げる。
燃え盛るヤハウェを眺めるコモレビ達。
都市のあちこちから火の手が上がる。
もうもうと煙が空へと昇り、火の手は暫く収まりそうになかった。灰塵の中へと消える欲望の街。
数多の欲望を吸い肥え太った都市は、その欲望によって自らを焼失させている。
それをただ残念そうに眺めているムツキ。
「なんとも、ありきたりなな結末ね…」
「無関係な市民はどうなったのか?それだけが僕は心残りだ、確認も出来ないが」
「私は元々あの街は嫌いでした」
「ただ、あんな風になると胸が痛みます。綺麗事言える立場ではありませんけど」
「マクベスの墓にお参りできなかったのが残念だわ、きちんと別れの挨拶はしたかった」
「そう、…ですね」
「街を見渡せる場所に墓標を作ろう。彼の魂が道に迷わないようにする為に」
珍しく感傷的になるムツキに、コモレビは黙ってマクベスの仮の墓標を建設する。
シズネも荷馬車から酒瓶を取り出すと、それをムツキへと手渡す。彼女なりの気配りだろう。
「これを墓にかけてあげて下さい先生、お酒が好きかはわかりませんが」
「餞別代わりね、また逢いましょう」
【貴方には色々教わったわマクベス、気心知れた友人は多分君が初めてよ…。出逢う順番が違えば、もっと違った結末があったかもしれないけど】
【貴方の豪快な性格は嫌いじゃなかったよ】
【また、どこかでマクベス】
【私達はいくわ、此処ではないどこかへ…】
石を積み上げて剣と兜を置いた簡素な墓標に、ムツキはお酒をなみなみとふりかける。
彼が女性なら花でも添えたが、男性だからきっと喜んでいるかもしれない。
暫くの黙祷。
一行は無言でその場を後にした。




