↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
稀代の悪を目指しましょう  作者: 同田貫
夜を歩く者達
28/166

あの子の噂を聞きましょう

ヤハウェから離れたとある酒場。

帝国と小国の国境付近。


今日も今日とて呑んだくれ達がたむろして、一日の労働の疲れを癒したり、日銭で稼いだ賃金を酒代に注ぎ込む者などで溢れていた。

集まる人種も雑多で、その日その日で集う客が違ってくる。


給仕は忙しく店内を駆け回り、厨房は数多くの注文で目が回りそうだ。

威勢のいい掛け声で注文を繰り返し、店内の活気に負けじと声を張り上げている。



「はーいエール二つお待ち〜!」

「お客さん方、何かつまみは?お皿が空じゃない、せっかくのお酒が泣いてるわ」


「ん〜、今腹一杯なんだ!それより何か面白い噂話でもないか嬢ちゃん?」


待ってましたと言わんばかりに給仕の女性は片手で数字の5を表し、男性客に詰め寄る。

酒場の裏メニュー的なものだろう。

最新の情報でもいいし、付近の都市伝説でもいい、要は世間話の引き出しと娯楽に飢えていた。


「…銅貨五枚でどう?」

「高い!二枚だ二枚!」


「じゃあ三枚!これ以上はまけないよっ!」

「ちっ、わかったよ!」


「はぁーい、毎度あり旦那方!」


無精髭だらけの若者と壮年の男が、看板娘相手にやいのやいのと騒がしい。

看板娘も抜け目なく小遣い稼ぎして、今日の夕飯でも豪勢にするつもりだろう。

男性から代金を受け取り、ポケットに銅貨を滑らせると得意げに話し始める。


「これは旅の人に聞いた話なんだけど…」

「ここより北のヤハウェに怪物が出たって話さ」


「ただの異形や人外ではなくね、そいつは言葉を話すし、容姿端麗な美女の姿なんだと。だけどね、そいつの本当の姿は黒い影なのさ」


「言葉巧みに人に近づいては、人の邪な部分を丸裸にして弄び、堕落させる」

「…人々の願いを叶える代償に、そいつは人の顔や名前、魂を奪って殺してしまうの。だけど満足せずに何人も何人も奪う事をやめない、自分が何者か知りたいが為にね」


「随分とおっかねぇー化け物だな」

「願いが叶っても自分が死んだら意味ないな」


身振り手振りに、その場にいる様な臨場感たっぷりに語る看板娘に、最初こそ騒がしかった客達は、徐々に静まりかえっていた。

生唾を飲み込む音がする。


「そ、それで?」


「いやそれよりも、なんでそんなにそいつの事詳しいんだ?おかしくないか?」


「なにもおかしくはないわ、だってその怪物こそが私なんだもん…」


「「なっっ!?」」


全員が驚愕の顔になる中、厨房の親父が頭を抱えて、看板娘はニヤニヤしている。

他の給仕達もまたやってると、鉄板ネタを日々改良している看板娘に視線を送る。


「おいっ、その悪趣味やめろと何べんいえばわかる?料理あがったから運んでくれっ!」

「はーい」


毎回毎回飽きないことだ。

大人をおちょくるのがライフワークのようで、旅の人の話にアレンジを加えているのだ。


「バカやろー焦ったわ!」

「演技派だな、ほら話代だ!」


「やーやー、どうもどうも」


小さな帽子の中に投げ入れられた銅貨を、せっせと集める看板娘をよそに御開きとなるが、一人のお客はもっと話代を出すから他の話はないかと、必要にせがんでくる。

外套で全身わすっぽりと覆っているが、やや高い声色から女性である事がわかった看板娘。

まだ木枯らしの吹く様な寒い季節でもないのに、風変わりなお客人だ。

まだ若そうなのに、髪は銀髪?

白髪をツインテールの様にしている。


「どうしてそんなにせがむのですか?」


「だってさ、だってね!」

「数百年ぶりなのよ!私達が人類の敵対者として生を受け、殺し殺される関係になってから出逢う夕闇を歩く者は!」


「…貴女は一体、なんなんですか?」


「私達は日陰者だもん」

「日光に浴びれば灰になるし、銀製のモノで傷がつけば火傷するわ。始祖様の血も代替わりするたびに薄くなるしいいことないわ」


「けどね、けどね」

「私達仲間を増やせるの、血族にしたり従僕にしたりと思うがまま。常識の枠の外に生きてるの」


「……?」

店内のどこかから悲鳴が響く。

首筋に牙を突き立てられ、美味そうに喉を鳴らしながら血液を摂取されている。

さきほどの看板娘は訳解らず呆けているが、不思議と嫌な気持ちにはならない。


恍惚な笑みさえ浮かべ、外套女にされるがままになっている。

ゆっくりと嚥下し、血を味わってから看板娘は失血死していた。

彼女を従僕にしたら面白いかもしれなかったのに、けど起きあがらないから彼女は純潔ではなかったようだ。悲しいことだ。


「あー、いけない。いけないわ」

「なかなかに味わいのある熱き血潮だったのに、これではもう味わえないか」


「脚長おじさまならもっと上手なのに!」


失敗失敗と呟きながら、外套女はまだ見ぬヤハウェの魔女に想いを馳せる。

どんな姿なのか?

どんな声なのか?

どんな顔なのか?


あー、たまらない…。


店内の客や従業員達脱兎の如く逃げ始めるが、彼女の飢餓感は解消されない。

通りに出ると辺りの通行人達を通り魔の様に襲いはじめ、ゆっくり食事を楽しんでいる。


彼女の背後には従者が数人付き従い、その内の一人が彼女に意見を述べていた。


「ミザリー様、そろそろ撤収しましょう?私供が御当主様にお叱りを受けてしまいます」


「嫌よ、せっかくの外出だもん。それにお前達も腹が空いたでしょう?偶には生モノをもらいなさい」


「しかし…お嬢様」


「いいから、命令です飲み喰らいなさいな?」

「私達の種族は本来そうあるべきなのです。他者を恐れ、太陽の光を恐れ、種族全体で国に引き篭もるなんてナンセンスよ。そう思わない?」


体躯ががっしりとした従僕に、凛とした対応をみせつつも、自分の意見を曲げないミザリー。

従僕はそれ以上何も言わず、一礼すると宿場町を襲いはじめた。


喉を潤しながら、堪え難い渇きを癒しひとときの安らぎを得ながらも、彼女の興味はヤハウェの魔女一点だけに注がれている。


私達の様に混ざりモノかもしれないし、脚長叔父様と同じ純正の尊き方かもしれない。

いずれにしても私達の国にご招待したい。


「魔女さん魔女さん、楽しみだわ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。