あの子の噂を聞きましょう
ヤハウェから離れたとある酒場。
帝国と小国の国境付近。
今日も今日とて呑んだくれ達がたむろして、一日の労働の疲れを癒したり、日銭で稼いだ賃金を酒代に注ぎ込む者などで溢れていた。
集まる人種も雑多で、その日その日で集う客が違ってくる。
給仕は忙しく店内を駆け回り、厨房は数多くの注文で目が回りそうだ。
威勢のいい掛け声で注文を繰り返し、店内の活気に負けじと声を張り上げている。
「はーいエール二つお待ち〜!」
「お客さん方、何かつまみは?お皿が空じゃない、せっかくのお酒が泣いてるわ」
「ん〜、今腹一杯なんだ!それより何か面白い噂話でもないか嬢ちゃん?」
待ってましたと言わんばかりに給仕の女性は片手で数字の5を表し、男性客に詰め寄る。
酒場の裏メニュー的なものだろう。
最新の情報でもいいし、付近の都市伝説でもいい、要は世間話の引き出しと娯楽に飢えていた。
「…銅貨五枚でどう?」
「高い!二枚だ二枚!」
「じゃあ三枚!これ以上はまけないよっ!」
「ちっ、わかったよ!」
「はぁーい、毎度あり旦那方!」
無精髭だらけの若者と壮年の男が、看板娘相手にやいのやいのと騒がしい。
看板娘も抜け目なく小遣い稼ぎして、今日の夕飯でも豪勢にするつもりだろう。
男性から代金を受け取り、ポケットに銅貨を滑らせると得意げに話し始める。
「これは旅の人に聞いた話なんだけど…」
「ここより北のヤハウェに怪物が出たって話さ」
「ただの異形や人外ではなくね、そいつは言葉を話すし、容姿端麗な美女の姿なんだと。だけどね、そいつの本当の姿は黒い影なのさ」
「言葉巧みに人に近づいては、人の邪な部分を丸裸にして弄び、堕落させる」
「…人々の願いを叶える代償に、そいつは人の顔や名前、魂を奪って殺してしまうの。だけど満足せずに何人も何人も奪う事をやめない、自分が何者か知りたいが為にね」
「随分とおっかねぇー化け物だな」
「願いが叶っても自分が死んだら意味ないな」
身振り手振りに、その場にいる様な臨場感たっぷりに語る看板娘に、最初こそ騒がしかった客達は、徐々に静まりかえっていた。
生唾を飲み込む音がする。
「そ、それで?」
「いやそれよりも、なんでそんなにそいつの事詳しいんだ?おかしくないか?」
「なにもおかしくはないわ、だってその怪物こそが私なんだもん…」
「「なっっ!?」」
全員が驚愕の顔になる中、厨房の親父が頭を抱えて、看板娘はニヤニヤしている。
他の給仕達もまたやってると、鉄板ネタを日々改良している看板娘に視線を送る。
「おいっ、その悪趣味やめろと何べんいえばわかる?料理あがったから運んでくれっ!」
「はーい」
毎回毎回飽きないことだ。
大人をおちょくるのがライフワークのようで、旅の人の話にアレンジを加えているのだ。
「バカやろー焦ったわ!」
「演技派だな、ほら話代だ!」
「やーやー、どうもどうも」
小さな帽子の中に投げ入れられた銅貨を、せっせと集める看板娘をよそに御開きとなるが、一人のお客はもっと話代を出すから他の話はないかと、必要にせがんでくる。
外套で全身わすっぽりと覆っているが、やや高い声色から女性である事がわかった看板娘。
まだ木枯らしの吹く様な寒い季節でもないのに、風変わりなお客人だ。
まだ若そうなのに、髪は銀髪?
白髪をツインテールの様にしている。
「どうしてそんなにせがむのですか?」
「だってさ、だってね!」
「数百年ぶりなのよ!私達が人類の敵対者として生を受け、殺し殺される関係になってから出逢う夕闇を歩く者は!」
「…貴女は一体、なんなんですか?」
「私達は日陰者だもん」
「日光に浴びれば灰になるし、銀製のモノで傷がつけば火傷するわ。始祖様の血も代替わりするたびに薄くなるしいいことないわ」
「けどね、けどね」
「私達仲間を増やせるの、血族にしたり従僕にしたりと思うがまま。常識の枠の外に生きてるの」
「……?」
店内のどこかから悲鳴が響く。
首筋に牙を突き立てられ、美味そうに喉を鳴らしながら血液を摂取されている。
さきほどの看板娘は訳解らず呆けているが、不思議と嫌な気持ちにはならない。
恍惚な笑みさえ浮かべ、外套女にされるがままになっている。
ゆっくりと嚥下し、血を味わってから看板娘は失血死していた。
彼女を従僕にしたら面白いかもしれなかったのに、けど起きあがらないから彼女は純潔ではなかったようだ。悲しいことだ。
「あー、いけない。いけないわ」
「なかなかに味わいのある熱き血潮だったのに、これではもう味わえないか」
「脚長おじさまならもっと上手なのに!」
失敗失敗と呟きながら、外套女はまだ見ぬヤハウェの魔女に想いを馳せる。
どんな姿なのか?
どんな声なのか?
どんな顔なのか?
あー、たまらない…。
店内の客や従業員達脱兎の如く逃げ始めるが、彼女の飢餓感は解消されない。
通りに出ると辺りの通行人達を通り魔の様に襲いはじめ、ゆっくり食事を楽しんでいる。
彼女の背後には従者が数人付き従い、その内の一人が彼女に意見を述べていた。
「ミザリー様、そろそろ撤収しましょう?私供が御当主様にお叱りを受けてしまいます」
「嫌よ、せっかくの外出だもん。それにお前達も腹が空いたでしょう?偶には生モノをもらいなさい」
「しかし…お嬢様」
「いいから、命令です飲み喰らいなさいな?」
「私達の種族は本来そうあるべきなのです。他者を恐れ、太陽の光を恐れ、種族全体で国に引き篭もるなんてナンセンスよ。そう思わない?」
体躯ががっしりとした従僕に、凛とした対応をみせつつも、自分の意見を曲げないミザリー。
従僕はそれ以上何も言わず、一礼すると宿場町を襲いはじめた。
喉を潤しながら、堪え難い渇きを癒しひとときの安らぎを得ながらも、彼女の興味はヤハウェの魔女一点だけに注がれている。
私達の様に混ざりモノかもしれないし、脚長叔父様と同じ純正の尊き方かもしれない。
いずれにしても私達の国にご招待したい。
「魔女さん魔女さん、楽しみだわ!」




