親睦を深めましょう
シズネは苛立ちを覚えていた。
目の前に立つ男に対し、私の怪人としての能力がまるで通用しない。
手応えがないと言うべきだろうか?
火焔に包まれても、その火焔からするりと抜け出しては攻撃してくる。
奴の能力が不明のまま、こちらの動きは対処され、糸口がつかめない。
【先生からいただいた異能なのに!こんな優男一人倒せないなんて、屈辱だ!】
【私は強くなったんだ!】
【弱虫で泣き虫だったのは昔の話だ!】
わからないならわからないなり足掻いてやる。
シズネは自身の火焔を身体に纏い、短剣を構えて隙を伺う。だが構えがぎこちない。
短剣を握り、火焔で威嚇しているだけだ。
素人剣法丸出しのシズネに、容赦のない猛攻を加えるウィリアム。
大きく振りかぶった短剣は、容易くいなされて虚空を舞い、がら空きとなったシズネの脇腹目掛けてナイフを突き入れるウィリアム。
しかしそれはシズネの狙い通りだった。
「もらった!」
「それはこちらの台詞、だっ!」
「あらら、根性あるじゃないか悪魔憑き?けどそんな戦い方長くは保たないよ」
「ふん、舐めた態度とるからだ!それに私はシズネ!何度も言わせないで」
脇腹にナイフが突き刺さる刹那、シズネは自身の身体を高温状態にし、傷をもらいながらもウィリアムのナイフを融解させることに成功した。
剣術や近接格闘戦のスキルはあちらが遥かに上だ。
私にできるのは泥臭いやり方だけ。
受けた傷がズキズキと焼ける様に痛い。
だが、我慢できない痛みじゃない…。
「けど詰めが甘いなシズネちゃん、誰がナイフが一本といったかな?司祭さん謹製のナイフは、まだまだ、まだまだあるんだよ!」
「じゃあ全部燃やすまでです!」
白装束の外套の内側に、びっしりと同じ形状のナイフがあることを見せびらかすウィリアム。
負けず嫌いというか、子供っぽいというか…。
溜息がより深くなるシズネ、あれ全部は骨が折れそうだ…。
めんどくさい奴、本当に…。
ヨハンは注意深くムツキを観察する。
彼女の影の触手は、意思が通っている様に前後左右に動き回っている。
結界で彼女を捕らえようと試みても、術を発動させる時間も与えてくれない。
苦心して本体を捕らえても、自身の影に溶け込み結界の外へと逃れてしまう。難しい相手だ。
なかなか奴の呼吸が掴めない。
それにさっきまで激昂していたのに、今は冷静さを取り戻し、直線的な触手の動きが緻密なものとなり、回避も一苦労だ。
蛇行し、枝分かれし、渦を巻き、絶えず変化する。
こちらの動きを観察し学習している。
「悪魔さんや、もう悪さしないというなら見逃してやってもいいがの?」
「お爺ちゃん、説法なら他所でして」
「私はやりたいことを好きにやる、誰にも束縛なんてさせやしないわ。自分勝手に生き、どこまでも傍若無人に振る舞ってやる!」
「こりゃあ堅物じゃの、口説くのもちと時間がかかりそうだわ!まったく、とっとと往生してくれんかの?なぁ?」
「嫌だと言ったら?クソ坊主」
「ぬかせ、クソ悪魔が」
罵詈雑言を浴びせながらに、ムツキの触手を次々に浄化するヨハン。
ムツキも触手の形を細部化し、根元を悟らせない様に分裂して対処している。
ヨハンの杖が光ると数十本の触手が崩れ、ムツキがそれを少しずつ再生する。
果てのないせめぎ合いが続くかにみえたが、ムツキとシズネの一騎討ちは唐突に終わりを迎える。
それは白装束のヨハン達にも明確に伝わる幕引きの合図だった。なにかおかしい…。
ブォーン、ブォーン、ブォーーン
角笛が短く三回吹き鳴らされた。
本隊の退却が終了し、こちらも退けという合図だが、些か早い気がする。
上層部で何かあったか?
ヤハウェ本陣の後方が妙に騒がしい。
「シズネ!一旦退くわ!」
「お爺ちゃん、またね。次はその小憎たらしい顔面剥いでやるから、覚えてなさい」
「つれないのぉ、臆病風に吹かれたのかの?」
「はいはい、また今度ね」
「やれやれじゃの、ウィリアム後退じゃ〜」
シズネが煙幕を張り、脱兎の如く離脱するムツキとシズネ。それを彼女の部隊が支援する。
ウィリアムとヨハンは、罠の可能性も疑いながらも大人しく後退する。
呆気ない幕切れだが、仕留めきれなかったのが心残りだ。次は上手くやれるかどうか。
「殺し殺され、因果な世の中じゃのう」
老人の呟きに返事はない。
誰かが明確な答えを教えてくれれば楽になるかもしれないが、そんな輩は誰もいない。
結局は折り合いをつけて自分で真理を探究する他ない。誰かがやらねば誰かが不幸になる。
彼奴らはそういう輩だから。
…………
そして嫌な予感というのは当たるものだ。
風の知らせかもしれない。
ヤハウェの軍団司令部の天幕は、私兵達の嗚咽と怒号に溢れていた。
厳重に警備されていたはずの司令部に敵の精鋭部隊が突入し、何人もの指揮官が暗殺され、その中には仕事仲間であるマクベスも含まれていた。
手並みもさることながら、退き際も鮮やかでヤハウェの私兵の姿で兵士達の群れへと姿を消したそうだ。
不思議なものだ。
この間は元気だったのに、もう彼はいない。
喉に矢が刺さったのが致命傷となったようで、微笑みながら事切れていた。
必死の救命活動をするマクベスの部下達だが、彼から溢れ出る血の多さに顔面蒼白だ。
いっこうに息を吹き返す様子もなく、射抜かれた喉に包帯を巻きつけるも、彼の身体はピクリとも動かない。自分達の不甲斐なさが許せないのだ。
マクベスの側近達は諦めきれない。
諦めたら、誰を目標に頑張ればいいのか?
こんな現実を受け止める事ができないのだ。
「マクベスの兄貴!マクベスの兄貴!」
「みんなでヤハウェをでかくするんでしょ?」
「兄貴大丈夫だって励まして下さいよ!俺達は兄貴がいないと、ダメなんだ!」
「学のない俺達は、まだあんたに恩返ししてないんだっ!だから、目を開けてくれよ…」
「マクベスの兄貴…」
護衛達も気づくのが遅れ、一瞬の出来事だったようで、発見した時には倒れていたそうだ。
【彼の欲は完結していた】
【だけど彼の生き方にはどこか他人を惹きつけるものがあった。人望だろうか?人柄だろうか?私には無いナニカなのだろう…】
【どうか安らかに、マクベス】
みかねた他のヤハウェの士官が、マクベスの側近や取り巻きを彼の遺体から離し、ベルヘルミナの国旗で彼を優しく包み込む。
もう後できるのは身綺麗にして、棺に納棺する際に花を敷き詰めることぐらいだ。
勝ったのか負けたのかわからないままに、ヤハウェの軍団はノースフェラ平野を後にした。
強固であったヤハウェの牙城が、目に見えない形でガラガラと崩れ始めている。
彼等の鉄の結束は、今やか細い糸の様だ。
なにかの拍子で途切れそうな危うさであった。
その夜。
なかなか寝付けないコモレビは、テントから抜け出して星空を眺めていた。
死者の魂は何処に行くのか?
やるせない気持ちのままに寝そべっている。
そんな彼に、見知った顔が近づく。
酒瓶を二つちょろまかし、つまみと一緒にどうかなと身振り手振りで伝えてくる。
断る理由もないので、快諾すると彼女は嬉しそうに近寄ってくるが、距離感がおかしい。
「…ムツキ」
「んー?なにかなコモレビ?」
肩と肩が触れ合うくらい密着し、コモレビの頰をすりすりするムツキ。
仔犬がマーキングでもしているかのようだ。
君は私のだと、行動で示している。
彼女の肌はどこか冷んやりしているが、やや体温の高いコモレビにとっては心地いい。
最初は騒々しい奴だなと思っていたムツキだが、いつのまにか彼女の存在が大きくなっていた。
きっとこれは、惚れた弱味か何かだな…。
最初の出会いは最悪だったのに、何故だろう。
「どうしたんだ?急に」
「ん」
「…君は私の前から突然いなくならないよね?君の血と肉も魂だって、私のものなんだから」
「最初に約束したじゃないか、僕はムツキの契約相手さ。目的を果たすまでは死なないさ…」
「本当に?」
「あぁ、まだ夢半ばだしね」
「…絶対の絶対?約束する?」
「王弟を打ち倒すまでは這ってでも生きてやるさ、どんなにみっともなくても…。必ず」
「ん、そっか」
いつも悪戯ばかりするムツキの瞳は、どこか潤んでいて儚げだ。ムツキが絡ませている腕がやや強張って震えている。こんな事は初めてだ。
真剣な表情に思わず真面目に答えるコモレビ。
その晩、彼女と飲み交わしたお酒はどこかほろ苦く、経験した事のない風味がした気がした。




