恋文をしたためましょう
『拝啓マクベス様』
『つい先日もお便りをお出ししましたがその後お変わりはないでしょうか?肌寒くなった今日この頃ですが、季節の変わり目は特に風邪をひきやすいのでご自愛くださいませ。さて、前置きが長くなりましたが襲撃者達との決戦はいつ頃のご予定なのでしょうか?』
『隊員達も今か今かと恋焦がれ、まるで恋人を待つ様な気持ちで御返事をお待ちしております』
『いっそ先走ってもよいでしょうか?』
『貴方のムツキより』
マクベスは一昨日届いた手紙を丁寧に折り畳み、引き出しへと戻した。
そして昨日届いた手紙は短文で、軍隊の指令書の様な短さのものが届いた。
『決戦ハイツ?場所ノ詳細ヲ求ム』
溜息をこぼし手紙を引き出しへと置き、更に今朝届いた手紙には脈絡のない呟きの様な手紙が一枚入っていた。
『私にはもう貴方しかいないのに、どうして返事を渋るのですか?私を約束の場所へと連れ出してくれるというのは、嘘なんですか?』
『やっちゃいましょうよ?』
マクベスの溜息は更に深まっていく。
手紙だけならまだいいのだが、頭痛の種はそれだけではない、ムツキが色々な姿形に化けてこの宿舎を訪れるので、ヤハウェの私兵達からはマクベスに不名誉なあだ名がつけられていた。
たらしのマクベス。
絶倫マクベス・男根マクベス。
寝所の守護者マクベスなどなど…頭が痛い。
毎日毎日、淑女だったり女学生だったり、少女だったり、挙げ句には男性に化けてたりと完全に遊ばれていた。
最初こそは遅めの春がきたと狂喜乱舞したものだが、ムツキの相方のコモレビから打ち明けられた時は酷く落胆したもんだ。
「マクベスの兄貴!今日は手紙はなしですかい?人の恋路の邪魔はしたくありやせんが、不誠実なのは感心しませんぜ…」
「わかってるさ、それとフェルナンドの旦那に戦闘の詳細を尋ねてきてくれ!お駄賃は弾むぜ?傭兵達がごねていてな」
「またですかい?へいへーい」
小走り走り去る私兵の一人。
ぶっきらぼうながら、慕われているのはマクベスの人徳だろう。
だが、私兵達がすれ違うたびにニヤニヤした様な視線がマクベスに突き刺さる。
当初予定していた日程より、かなり前倒しして準備が進んでいるが、肝心の代表のゴーサインがでない。慎重になりすぎてないか?
警備部門の責任者達と会議で擦り合わせ。
必要な経費は確保し、人も物も揃えた。
後は当日の配置の割振りと、陣形や各々の装備の確認作業くらいだろう…。
「歯痒いねぇ、こちらもあちらも…」
代表が何を考えているかはさっぱりだ。
盗賊時代に拾ってもらった恩もあるから、強くは言えないが、何か策あってのことだろう。
ただ俺はあの人の指示に従うだけだ、昔も今も。
これからも…。
「ねーコモレビ?」
「暇ね」
「あー、そうだねムツキ…」
「ねーねー、気晴らしに何か話して?」
「んー?急には難しいかな」
「それに僕は、剣の素振りや演習試合が沢山できて嬉しいけどね。ヤハウェの私兵は身体が仕上がっている方が多くてやりがいがあるし」
「…まったく、筋肉バカなんだから」
ヤハウェの代表はだんまりを決め込み、警備部門のトップたるマクベスからは塩対応。
ムツキのフラストレーションは、正に火薬庫に引火する勢いで高まっている。
新たな怪人候補である幸の薄そうな少年は、あれから数週間も眠りこけている。
覚醒はまだ先になりそう。
シズネは少年の事を眠り王子と呼び、なんだか毎日楽しそうに過ごしている。
そして何より、新たななり損ない達の教練に熱をあげ、使命感に燃えている。
「左、右、左、右!」
「全体っー!縦列横隊!行進始め!」
ダカダカダガダガダン…
鼓笛のリズムが小気味よく響く。
高らかにたなびく赤旗に黒い竜の紋章。
ヤハウェの職人に頼んで作成してもらったものだが、戦意高揚に一役買っている。
そして旗持ちであるなり損ないの不気味さと相まって、異質な空気感を放っている。
「三十五番から四十番!半歩遅い!」
「もう一度よ!」
「ゔぅ、ゔゔぅー」
「言い訳するな、手足を動かしなさい!」
演習場を見渡す小さな櫓から鋭い檄が飛ぶ。
シズネの指揮するなり損ない達が、密集隊形から亀甲型へと瞬時に変化し、盾の隙間から槍衾を無数に形成している最中だ。
騎馬隊への対応策だろう。
凄まじいスピードで次々に陣形が変化し、今はカカシの標的に向けて矢を射かけている。
命中精度はまずまずだが、三割程は明後日の方向へ矢が流れている。
ローグ連合の精兵とヤハウェの私兵。
勝利の女神は気紛れだ。
どんなに大軍だろうが、寡兵に負ける事もある。
その逆もまた然りだ。
知略と謀略。
怒りと憎しみ。
正義と悪。
戦場に持ち込む感情はどれが正しいのか?
誰もその答えは判らないし、その答えを教えてくれはしない。ただ自分が信じた最善を行うほかないのだから…。




