死の商人と面会しましょう
「そこの馬車止まれっ!」
ヤハウェの私兵達が検問所でムツキ達を検閲する為、制止を促す。
赤旗の騎手が旗を軽く一周させると、なり損ない達は一斉に動きを止め、待機の状態になる。
シズネは静かに馬車から抜け出し不測の事態に備え、なり損ないのタイチョーとコモレビは御者台で柔かな笑みを浮かべている。
だがその笑顔はどこかぎこちない。
彼らにはアドリブの才能はなさそうだ。
「ヤハウェへの来訪目的を告げられたし、観光か商売か?それとも別の目的か?」
「ご苦労さん、此処には商売にきたのさ。最近は国内も落ち着いたから、この辺りで稼ぎたくてね。働き口はあるかな?羽振りがいいって噂を聞いてね」
馬車からのっそりと出てきたムツキ。
今は面長な男性の姿に化けているが、声帯までは変えれないのか、オネエ言葉みたいになっているのにどうしようもない違和感がある。
「戦争屋か?」
「難儀だねぇ同情するぜ、そういうことならうちの大将に連絡しておこう。後はあんたらの運次第だ。精々頑張んな!推薦状はあるか?」
「それと滞在はどれくらいだ?」
「仕事にありつけたら暫くは、ダメだったら数週間で別のとこあたるよ。よしみにしてる方の物はあいにくとなくてね、情に訴えてみるまでさ」
「そうか、あんたらに幸運を!」
「ありがとう…」
にかっと笑う私兵達は警戒を解き、検問所で簡単な書面にサインを促してくる。
代表者の欄にはコモレビ、所属する一団の名前にはジョンドゥと達筆な文字で明記した。
一団の名前を怪訝な顔で見つめる私兵。
「生死不明の名無しの権兵衛さん、…ね。もっとマシな団体名があるんじゃないかい?」
「団長の命令でね、イヤイヤさ…」
「…そうかい、改めてようこそ!」
それ以上はなにも咎められることはなく、街の中への来訪を許可された。
跳ね橋がゆっくりと下ろされている。
只の一地方都市にしては警備が物々しい、検問所を抜けてからも道沿いには小さな砦や櫓があり、正門に至っては城の様な威容がある。
正門で道案内が付き、その後を追う。
まるで戦時中の様な緊張感だが、街中はより混沌としていた。雑多な職種や建物を一纏めにより集めた様な、どこかちぐはぐな街の印象。
傭兵やら博徒やらがうようよし、酒屋や娼館、賭博場などの軒を連ねている。
どこどこで何人斬ったやら、酔い潰れて喧嘩をしたり、羽振りの良さそうな客に愛想を振りまく娼婦達。全体的に空気が悪い。
すえた様な、くぐもった様な匂いが充満している。
何処からか連れられてきたのか、戦争奴隷達が数珠繋ぎで連行されている。
泣き叫んでも、怒鳴っても、誰も咎めないばかりか囃し立て、幾らするのかと尋ねている。
憲兵達もそれが日常風景なのだろう、欠伸をかきながら警棒片手に肩を叩いている。
浮浪者や浮浪児達が、道行く人々を生気のない目で追っている。その数はやや多く感じられたが、ヤハウェの私兵達を恐れて路地裏からは出てこない。
法も秩序もなく、ここは暴力が支配する今の帝国そのものだ。街並みは立派でも、人の心が荒廃し荒みきってしまっている。人情なんてものはない。
金の為なら何でもやる。
それ以外の道理は知らんと言わんばかりだ。
「なんなんのよ…」
「…こんな街不快だわ。先生の命令がなくても私が燃やしてやるのに…!」
「シズネ、これも街の一つの形だ。誰もが幸福な国を創るには、どうしたってこうゆう街も必要になってくる。統治者が自国民に対するガス抜きの為にもだ、だからやめておけ…」
「今騒ぎを起こすのは得策じゃない!」
「へぇー、お優しいんだね!コモレビ…」
「僕だって悔しいさ、けどなこれが現実だシズネ。だから我慢してくれ」
「…わかった今は我慢するわ、今はね」
浮浪児達がかつての自分と被るのか、歯痒い想いを抱いている。あの子達にきちんと食事を与えたい、あの子達に人の温もりを与えたい。
今にも自身の怪人としての異能で、誰かに襲い掛かりそうなシズネをコモレビが宥めている。
ただ理屈ではわかっていても自分も憤りを感じている。公然と奴隷を商売の道具にするやり方は、間違えている。
彼らも同じ人で、家族がいるのに…。
一行の中で、唯一ムツキだけは鼻唄混じりにご機嫌だ。街全体に欲望が渦巻き、人々は自身の欲をよく理解している理想的な状況だ。
大陸全土がこんな風になればいいのに。
やがてヤハウェの私兵達にがっちりと固められた屋敷の前に着くと、守衛に武器を預け、身体に武器を隠してないか入念なチェックを受ける。
この辺りは私兵達の縄張りの様で、周りは私兵の住居が点在し、街の住人達も悪さを控えている。
案内人の後ろからムツキとシズネ、コモレビが続いて最後尾をタイチョーが歩く。
見た目以上に複雑怪奇な造りで、階段を上がり降りし、ヤハウェの私兵達の群れを抜け、でかい屋敷の中を左へ右へと進んだ最奥の部屋で、この街の元締めたる代表は事務仕事の最中であった。
「この書類はむこうに、判子があるのは急ぎだ!あちらの山は整理しなくていい…」
「畏まりました代表」
「やぁ待たせたね、此処で働きたいんだってね君達?私に何を期待し、何を提供してくれる?私になにかメリットはあるのかなぁ?」
「こんにちは代表!」
「…私達は貴方に不眠不休の兵士を用意する事が出来るんだけど、あいにくと数が今揃えられなくてね素材集めがしたいのよ」
話しながらに羽根ペンを走らせる代表。
坊主頭に口髭をたくわえた中年が、ムツキを一瞥した後短く嘆息する。夢見がちな若者達と素早く判断し、自分の利益にはならないと分析した代表が、ぶっきらぼうに返答する。
「悪いがオカルト趣味も、こじらせた宗教にも入信していない。私は自分の見たものしか信じない主義なんでね。夢物語は他所でやってくれないか?私は多忙なのさ。足代くらいは恵んでやるさ…」
【ムツキどうするんだ?】
【…先生の血を坊主に流しますか?】
二人が意味ありげな視線をムツキに飛ばしているが、ムツキはあまり動揺していない。
むしろこの結果は予想通りだ。見ず知らずの輩を警戒しない奴はいないだろう。
ムツキは少し逡巡した後口を開く。
「おや代表?私は嘘はついていませんよ、貴方にも私にも実益があるお話です。例えば今貴方が頭を悩ませている交易路の安全確保、それが解決するとしたらどうします?」
「…へぇー、あんたどこでその話を?確かに私らの商品が、最近義賊を名乗るクソ野郎供に邪魔されていてね。交易路を変えようか知恵を絞っていたところだったんだよ」
「あんたは何か知ってるのかい?」
羽根ペンを持つ手を止め、ムツキを値踏みする様な目で見る代表。
ムツキも代表を愛でる様な目で見ている。
両者共思惑の絡んだ眼差しだ。
「どうです我々を雇ってみませんか?もしその問題が解決しましたら、また改めてお願いを聞いて貰いたいです。我々は役に立ちますよ?」
「解決できるのかい?」
「えぇ、それはもう容易く」
ニヤニヤと嗤う両者。
差し出された手に握手すると、代表は上機嫌な様子でムツキ達に詳細を話しだす。
彼らの商品。
それは人に多幸感をもたらし、効果が切れると幻覚症状と被害妄想、様々な症状を併発する劇薬そのものであった。
ユメミ草と呼ばれ、人々を惑わす悪魔の花・狂い花と呼ばれる白い花。
清涼剤として有名だが、粉末状にして火をつけて吸引することで人体へ影響を及ぼす。
白い花に呼ばれた者達に待つのは破滅か栄光か、彼らの悪行の片棒を担ぐこととなる。




