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稀代の悪を目指しましょう  作者: 同田貫
天使と悪魔と
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悪徳の街を目指しましょう

数日村の宿屋で過ごした一行は、旅の目的地を無法者達のいる街ヤハウェに定め、村でこの辺りの地図を買い、ムツキは古書店で伝記やら歴史小説、童話や寓話の本を買い漁っていた。



どうも彼女の知的欲求の琴線に触れたらしい、馬車に積まれていた本はあらかた読み尽くし、新たな知識を求め続けている。シズネもその中から恋愛小説を借りていそいそと読み込んでいる。コモレビは本や小説はからっきしで、読み始めて数ページで降参してしまう。自分にはむかない、柄じゃない…。


ムツキから勧められた絵本をそっと脇に置き、馬車から見える田園風景を眺めている。



絵本の内容は狼男の話で、自分の意思とは関係なく変身してしまう狼男の苦悩が描かれている。

ムツキは今推理小説を読んでいるが、犯人の名前にペンで丸印がされているのに腹をたて、本を放り投げる構えをみせている。


シズネは…。


『ギュンターの顔が徐々に近づいてくる。唇が触れ合った瞬間、火傷するのではないかと思うくらい、熱いなにかが全身を駆け巡った。この逢瀬もいつまで続けられるかわからない…。私とギュンターは身分が違う、ギュンターは子爵の子で、私は平凡な村娘。彼には許嫁だっている、私が入り込む隙間なんてどこにもない…。けど…、私は、私は彼を!』



身分違いの悲恋をテーマにした恋愛小説に想いを馳せているようだった。

少女ながらに乙女な顔をしている。


「…ギュンターの叔母は意地悪」

「…この許嫁卑劣よ、手口が陰湿」


時々主人公の子に感情移入しすぎているのか、難しい顔をしたり眉をひそめたり、涙ぐんだりと、ころころと表情が変わっている。

この著者の術中にはまっているのだろう、少女が自分の世界から帰還するのには時間がかかりそうだった。



「ねーコモレビ?ヤハウェって有名?」


「帝国だけじゃなくて他国でも有名だよ、勿論悪い意味でだけどね。金さえあればなんでも買える街なんだと、人も物も、合法から非合法な物までが謳い文句さ。僕は正直好きにはなれない街だ」


「…世界に終末が訪れたら、真っ先に滅ぼされてしまいそうな街ね。ふっふっふ、俄然やる気でたわ!どんな悪党がいるのやら楽しみ!」



コモレビがムツキに街の風評を伝えると、彼女は満面の笑みだった。人の欲望が漏れ出ている場所の話は、彼女にとって最高の場所なんだろう。



都市ヤハウェ。



ベルへルミナ帝国の辺境の一都市だが、交易都市として一大勢力を築き、帝国の貴重な財源の一部となっている。


先の継承戦争の際は、初期から中立を宣言しどちらの陣営にも属さずに、他国との交易を継続し、帝国中央へ莫大な献金をする事で交易権や自治権を認めらている。表向きは真っ当な商人面をしている。

だが、黒い噂が絶えない。それも無数に…。


露店の様に戦争奴隷を売っている。

軍の武具を他国に横流ししている。

街の支配者層は帝国の憲兵達と癒着し、罪や罪状をでっち上げている。


例を挙げたらキリがない。

おそらくは大部分が真実だろう。

交易都市でありながら、悪党達の巣窟と化している。正に人外魔鏡のようだという話だ。




コモレビから話を聴き終わると、ムツキは我が世の春みたいな晴れやかな表情だ。



「…ムツキは楽しそうだね?」


「そう見える?」

「コモレビもいい表情よ、私は欲望に素直な人って大好きなの。下手な偽善者なんかよりもずっとずっと、愛しているといってもいいわ!」



「左様ですか…」


「さぁ、新天地へ向かいましょう!私達にとびきりの悪をみせてもらおうじゃない!」


「怪人は増えそうですか、先生?」


「きっと増えるよシズネ、断言してもいい。私の可愛い可愛いシズネちゃん…」


「先生近いです、その、耳がくすぐったい…」



二人はなんだか仲睦まじい様子だ。

ムツキは変なテンションだが、横で馬車を操るタイチョーは平常運転だ。

我関せずな様子で妙に落ち着く。



そうこうしているうちに、ヤハウェの検問所が見えてきた。一都市にしては警備が凄い。







ヤハウェの検問所の当直兵は退屈していた。



戦乱もなく、避難民が列をなしたり、負傷兵が逃げてくることもない。

このところ退屈な日常が続き、刺激が少ないとぼやいていると、他の当直兵にどやされている。


「馬鹿、平和は尊いんだよ。戦乱ばっかりだと身も心も参っちまう、俺達にとっては稼ぎ時かもしれないが、俺は平和がいい」


「あーはいはい」


「天にまします我らが神よ、この平和ボケな信徒に耐え難い苦痛と辛酸を与え給え…」


「おいおいそりゃあないぜ」



彼ら当直兵は勿論、ヤハウェの懐事情は潤っていた。戦争特需で武器を売り捌き、死の商人として忌み嫌われていようと御構い無しだった。

他人の不幸は蜜の味を、そう言わんばかりに。


彼らは帝国国軍の正規兵ではなく、都市ヤハウェ子飼いの私兵達だ。軍規も規律も緩いが、ただ犯罪だけは犯すなと上司から厳命されている。

それを犯した者は磔にあい、五体バラバラとなって田んぼの肥料となる未来が約束されているが。



「…おい、なんか来るぞ!40〜50人位の団体さんだ。赤い旗印に、揃いの黒い鎧に馬車が一台。ぐるっと回りを固めてる!」


物見櫓の見張りが声を張り上げている。

小銭稼ぎにくるいつもの帝国の駐在武官殿じゃなさそうだ。軍装が実戦向きすぎる。


「奴隷を買いに来た帝国か他国の、変態貴族御一行様じゃないのか?」


「それにしては護衛が多くないか?」


「まぁなんにせよ来訪の目的を尋ねろ、一応正門から人数を集めてくれ?向こうさんは何か急いでる様子はあるか?確認できるか?」


「いーや、ないな。徒歩に合わせたゆっくりとした様子だ。売込みかな?」


「そーだろうなぁ。最近この手の輩が増えたな、今は人手は足りてる。理由つけて帰ってもらえ、ごねるなら多少金を包めば納得する」



「あいさー、了解!」



細かい指示を飛ばすと、検問所の責任者はヤハウェの他の私兵達とのトランプ賭博に戻る。


黒い一団がゆっくりと近づいててくる中。

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