閑話 自分の欲に向き合いましょう
季節外れの長雨が続く。
かれこれ半日は降っているだろうか。
ざーざーと土砂降りの雨の中、立ち寄った村の宿屋に数日分の宿泊費を先払いし、今後の旅路を話し合っていた。
休息が不要ななり損ない達は、ムツキ達が宿屋に停めた馬車や馬の側で佇みぼんやりしている。
村人の動静監視と護衛も兼ねて。
だが、当の村人達は、雨の中でも直立不動な姿勢の兵隊達を気味悪がり、雨戸を閉め、玄関を固くしめて無関心を装っている。
「いっそベルへルミネの帝都に立ち寄って、怪人やなり損ないを無数に放って、混乱の中王弟の首を刈り取りましょうよコモレビ!」
「僕の顔の人相書きが出回っているかもしれない、その案は却下だよムツキ。もっと現実を見ないと、そもそも仲間が足りない…」
「じゃあ増やせばいいじゃない?」
「いやいや、簡単にいうけどさ…」
先程から、宿屋に入るなり熱い議論をしているのか、ふざけているのかわからない会話が続く。
すっかり蚊帳の外のタイチョーとシズネは、二人の会話を黙って聴いている。
「…先生?悪徳の街や無法者達が集まる場所を巡れば、欲深い人間がいるのでは?そうすれば自然と私達の戦力増強に繋がっていくかと…」
「それでいきましょうシズネ!」
「えー、本当かよ…」
ふと思っていたことを口にだすシズネ。
それしかないとばかり同調するムツキに、なし崩し的に同意せざるを得ないコモレビ。
旅の支度と、シズネの怪我の療養でさらに数日留まることが彼女の一存で決まった。
微笑ましいやりとりを傍目に見ながら、やっぱり奇怪な縁だと思う。
もしあの場所で出逢わなければ…。
もし私に先生が声をかけてくれなければ…。
今の私はいない。
自分の事が大嫌いな過去の私、無為に時間だけ過ぎていくあの日常が続いていたと思う。
そしていつからムツキ先生を目で追っていただろうか?恋心でも、憧れでもない。
先生の側で『必要』とされたい。
そんな欲望が漏れ出ていたのかもしれない。
私の執着そのもの。
そして少しだけわかった事がある。
先生は時折姿形、容姿を変えている。
この前は私と瓜二つで髪の毛の色だけ違う少女の姿で話しかけられた。
そしてその前は彫の深い精悍な顔の男性、その前は丸々と太った少年と、安定しない。
「…本当の私が解らない、だから何者かに成り変われは自分の秘密が紐解けるかもしれないじゃない?ほんの遊びよ…」
ムツキ先生は笑いながら話してくれたが、寂しそうな眼差しであった。
だから私の今の目標は先生の隙間を埋めること。
私に生きる意味を教えてくれた先生への、それが私の恩返し。
そしてもっともっと仲良くなって親密になったら、ムツキ姉さんと呼んでみたい。
先生は嫌がるかもしれないけど。
私の目標がまた一個増えた気がします…。
遠くで悲鳴や嗚咽が聞こえる。
その悲鳴はだんだんと近づいてくる…。確実な死の恐怖を伴い、鉄と血の匂いが混じっている。
抵抗する者、しない者の区別なく滅多刺しにされ、屋敷の中はこの世の地獄だった。
「皇太子派は皆殺せ、等しく絶やせ!」
「生き残りなど要らない!」
「褒美が欲しければ殺せ、殺して奪え!」
誰かに手を引かれ、台所の床下へと強引に押し込まれる。この時は何が起きてるのかわからなかった。
「若様?動いてはなりませんよ。私がいいと言うまで目と耳を塞いでいて下さいね?××××との約束ですよ…、いいですね?」
「待って××××!僕はっ…!」
答えを聞くよりも早く床下に蓋をし、短いやりとりがなされた後、××××の押し殺した様な苦悶の声がする。上からは生暖かい血が垂れてくる。
「……っ!」
「いけませんよ若、貴方様は強い、…ですから、こんな事では泣いてはいけません!…男の子なんですから?そうだ、今度、若の、好きな、…パンケーキを、奥様、旦那様、どうか若を…」
「母さん…」
支離滅裂な言動を続ける××××。
その血は流れ続け、やがて止まった。
強くなりたい…。
ただ強くなりたい…。
誰かを守れるくらいに強く、誰も泣かなくてすむくらい絶対的な力が。
自分にもっと力があれば、自分にもっと強大な力があれば…、もっともっと…。
いつもの夢を見たコモレビは、浅い眠りから目覚める。これで何回目だろうか?
少年の頃の無力感に苛まされた夢。
寝汗も酷く再び眠る気にはなれないので、身体を動かす事にした。
宿屋の外にはなり損ないのタイチョーが佇んでいる。シズネがそう呼んでいるから僕も真似して呼んでいる。この者だけは、他のなり損ないに比べて独特な雰囲気がある気がする。
「夜更けにすまないな、また頼めるか?」
「…ゔぅ」
木刀を手渡し、剣の稽古を頼むコモレビ。
小さく手を挙げ応じるタイチョー。
自分も我流だが、なり損ないの彼もまた我流。
ただ一人で素振りするよりかは気が紛れる。
だらんと木刀を構えているが、やや斜めに構えている。僕とは違った構えだ。
今日もまたコモレビは剣を振るう。
自分が強くなるその日まで…。




