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愛は散っても桜は咲く。  作者: 百夜


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7/10

七章

窓の外からは、容赦のない太陽の光と共に、狂ったように鳴き続ける蝉の声がなだれ込んできていた。

うだるような夏の湿気が、古びた教室の床や机の表面にじっとりとまとわりついている。エアコンの微かな稼働音さえかき消されるほどの蝉時雨の中、僕たちのクラスは、ある一つの明確な「終わりの時間」を迎えていた。


「いい?明日から待望の夏休みだが、くれぐれもはしゃぎすぎないように! 特にそこ、元気! 休みに入ったからって羽目を外さず、しっかり宿題を計画的にやるように!」


担任の男性教諭が、手にした黒い出席簿のファイルを教卓の上にドンと縦に叩きつけるようにしておいた。その乾いた音が、退屈そうに頬杖をついていた生徒たちの意識をわずかに引き戻す。先生の視線はクラス全体を厳しく見渡しているようでいて、その実、早く職員室に戻って冷たいお茶でも飲みたいという本音が透けて見えていた。


「――よし、それじゃあ、解散!」


担任が最後にその言葉を投げかけ、教室のドアへと向かって歩き出した瞬間。

それまでかろうじて保たれていた静寂のダムが崩壊したかのように、教室内が一気に騒がしくなった。


「よっしゃあ! やっと終わったー!」

「今日このあとカラオケ行かね?」

「マジで暑すぎ、とりあえずどっか涼しいとこ避難しよ、かえろー」


あちこちで机を引くガタガタという音や、カバンのジッパーを閉める鋭い音が響き渡る。誰もが目の前に広がった「夏休み」という輝かしい特権に目を眩ませ、隣の席の友人と言葉を弾ませていた。


そんな喧騒の渦中、僕はいつものように、誰とも視線を交わすことなくひっそりと帰り支度を整えていた。教科書と筆箱をカバンに押し込み、椅子の背もたれにかけていた薄手の制服のサマーカーディガンを手に取る。一人で静かに、この騒がしい空間から抜け出そうとした、まさにその時だった。


トントン、と、僕の机の木目の表面に、二つの小さな手のひらが迷いなく置かれた。


「ねー。このあと、どこ行く?」


すぐ目の前から、あの聞き慣れた、だけど今の僕にとっては心臓を跳ね上がらせるのに十分な声が降ってきた。

驚いて顔を上げると、そこには咲楽がいた。彼女は僕の机に両手をしっかりとつき、身体をぐっと前のめりにして、僕の顔を覗き込むようにして立っていた。彼女の短い茶髪が、その勢いでふわりと揺れ、甘い柑橘系のシャンプーの香りが、夏の熱気に混ざって僕の鼻腔をくすぐる。彼女の大きな瞳は、純粋な期待と好奇心でキラキラと輝いていた。


しかし、彼女が僕に話しかけたその瞬間。

周囲を流れていた楽しげな会話のボリュームが、僕たちの周りだけ不自然に、そして急速に下がっていったのが分かった。

すぐ近くの席にたまっていた女子生徒たちのグループが、信じられないものを見るような目をこちらに向け、それからお互いに顔を見合わせてヒソヒソと口を動かし始めたのだ。教室の喧騒の隙間を縫って、鋭く尖った、僕の耳を抉るようなあおる声がはっきりと聞こえてきた。


「ねぇ、見て……。またあいつ、ストーカー男と話してるよ?」

「ほんとだ、ウケる。ぶっちゃけ、あの二人の組み合わせやばくない? もしかして堀北さん、あいつのこと好きなの? ww」

「えー、嘘でしょ、あんな地味で暗い男? さすがにセンスないわーww」


冷笑を孕んだ笑い声が、僕の鼓動を不規則に激しく刻ませる。

今までは、悪口を言われ、蔑まれるのは僕一人だけでよかった。僕が静かに耐えていれば、世界はそれ以上に歪むことはなかったはずだった。なのに、大阪への旅行や、お昼休みのあの純一との事件を経て、ついに牙は彼女にまで向き始めていた。クラスの一部の人間の悪意が、僕と関わり続ける彼女に対しても、容赦なく愚痴や陰口という形でこぼれ落ちていた。


(僕のせいで、咲楽がこんなことを言われている――)


胸の奥が、冷たい氷の棘で刺されたように痛んだ。彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ返すことが、急激に恐ろしくなる。

しかし、咲楽自身はそんな周囲の刺々しい視線や、隠そうともしない悪意の囁きなんて、まるで最初からこの世に存在していないかのように完全にお構いなしだった。彼女はただひたすらに、僕の反応を待って、その場にじっと立ち尽くし、話しかけ続けていた。


「ねーえ。聞いてる? 春樹、ねーってばー!」


彼女は少し唇を尖らせて、僕の顔をもっと覗き込もうとする。

だけど、僕はその潤んだ瞳を見つめることができなかった。これ以上、僕たちの距離が近いままでいれば、彼女への非難はさらにエスカレートしてしまう。僕は何も言わず、ただ自分のカバンの紐を強く握り締めると、彼女の問いかけを完全に無視して、椅子を引いて立ち上がった。そして、彼女の身体をすり抜けるようにして、大股で教室のドアへと向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと! 待ってってば!」


背後から、咲楽の少し焦ったような声が響いた。

彼女は慌てて自分の席へと走り戻り、机の上に放り出されていた通学カバンをひったくるようにして持つと、すぐに僕の後を追いかけてきた。床を叩くローファーの不規則な足音が、僕の背中にじわじわと迫ってくる。


教室を出て、長くて白いリノリウムの廊下を進み、階段へと向かう。

すれ違う他クラスの生徒たちが、僕と、その後ろを必死に追いかける咲楽の姿を見て、不審そうな視線を投げかけてくる。だけど僕は、一度も後ろを振り返ることはしなかった。ただひたすらに、前方の階段の一段一段を、急ぎ足で下りていくことだけに集中しようとした。


「ねーえ。春樹ってば、なんで怒ってるの?」


階段を下りる僕のすぐ後ろから、咲楽の声が降ってくる。

その声はまだ、いつものからかうような軽さを含んでいた。彼女は僕がいつものように照れているだけだと思っているのかもしれない。階段の踊り場で、一瞬だけ彼女の影が僕の足元に重なったけれど、僕は頑なに足の速度を緩めなかった。


「おーい、おーい。おーいってばー!」


一階へと下り、薄暗い下駄箱のスペースへと入る。

僕が自分の番号の書かれた木製の扉を開け、上履きから外履きのローファーへと履き替えている間も、彼女は僕のすぐ隣の下駄箱に張り付くようにして、何度も何度も僕の名前や呼びかけを連呼していた。コンクリートの床に、彼女が履き替えるローファーのカツンという音が響く。


「聞いてる? ねー? なんで無視するのさー」


下駄箱を出て、光が溢れる校門の先へと足を進める。

校門を出るまさにその瞬間も、咲楽はすかさず僕の前に回り込もうとするようにして、僕の顔を斜め下からじっと覗き込んできた。彼女の額には、夏の暑さと僕を追いかけて走ったせいで、微かな汗の粒が浮かんでいた。その瞳は、僕の視線を何が何でも捕まえようと、必死に僕の顔の動きを追いかけている。


だけど、僕はやっぱり目を合わせなかった。

校門の近くには、まだたくさんの生徒たちが残って立ち話をしており、僕たちが近づくたびに、またあの冷ややかな視線が僕たちの背中に突き刺さるのを感じていたからだ。


(関わっちゃダメだ。僕が彼女を無視し続ければ、彼女も諦めて、僕から離れていくはずだ。そうすれば、あんな悪口を言われなくて済むのに――)


そんな勝手な自己完結の防衛本能だけを免罪符にして、僕は前だけを見つめて歩き続けた。

アスファルトから立ち上る陽炎が、視界をゆらゆらと歪める。ジリジリと肌を焼く太陽の下、彼女の「ねえ」「春樹」「おーい」という声だけが、僕の耳の奥に幾重にも積み重なっていく。


声をかけられた回数が、もう30回を超えたあたりだろうか。

校門から駅へと続く、人気のない一本道の途中で、それまで途切れることなく続いていた彼女の声が、不意にピタリと途絶えた。


周囲にあるのは、遠くで鳴く蝉の声と、通り過ぎる車の微かなロードノイズだけ。

あまりにも唐突に訪れたその静寂に、僕の心臓がドクリと嫌な音を立てた。何が起きたのかと不安が頭をよぎった、その刹那。


「……ねぇ。私のこと、嫌い?」


背後から聞こえてきたのは、今にも消え入りそうな、そして文字通り今にもボロボロと泣き崩れてしまいそうな、酷く震えた声だった。

いつもの明るさも、僕をからかうような余裕も、そこには微塵も存在しなかった。ただひたすらに、拒絶されることを恐れる、一人の傷ついた少女の生々しい本音が、その短い言葉に凝縮されていた。


その言葉を耳にした瞬間。

僕の脳からの指令を無視して、全身の筋肉が勝手に硬直した。歩こうとしていた右足が、アスファルトの上でピタリと止まる。いや、全身の動きが、まるで時間を止められたかのように、その場に縫い付けられてしまった。


アスファルトの熱気が、足の裏からじわじわと伝わってくる。

数秒の、気の遠くなるような沈黙。僕たちの間を、熱い夏の風が吹き抜けていった。


「――そんなんじゃない!」


僕は、自分の喉が張り裂けんばかりの勢いを出して、叫ぶようにして振り返った。

その声は、自分でも驚くほど大きくて、必死だった。彼女に「嫌い」だなんて思われることだけは、僕の魂が、僕の存在そのものが、全力で拒絶していた。


振り返った僕の視線の先には、両手でカバンの紐を胸の前にきつく抱きしめたまま、立ち尽くしている咲楽の姿があった。

彼女は僕を見上げていた。その大きな瞳の奥には、行き場のない悲しみと絶望が波打っていて、彼女のふっくらとした涙袋の上には、大粒の涙が、今にも溢れ落ちそうなギリギリのところで、表面張力のように留まっていた。彼女の長い睫毛が細かく震えるたびに、その涙の膜が太陽の光を浴びて、痛々しいほどにきらきらと反射している。


「……じゃあ、なんで無視するの?」


咲楽は、今にもその場に崩れ落ちてしまいそうなほど、身体を小さく震わせながら問いかけてきた。その声は掠れていて、僕の胸の奥を激しく締め付ける。彼女の視線は、僕の目の奥にある本当の意図を必死に探り当てようと、真っ直ぐに僕を見つめ続けていた。


僕は、そのあまりにも純粋で、真っ直ぐな瞳に耐えきれなくなり、視線を斜め下の、路傍に生えた雑草のあたりへと逸らした。自分の頬が、恥ずかしさと情けなさで、じわじわと熱くなっていくのが分かった。


「……だって、咲楽が僕なんかに話しかけたせいで、教室であいつらに、悪口言われたじゃん」


僕は、自分の声をできるだけ低く、だけど絞り出すようにして言葉を紡いだ。


「僕が……僕みたいな、クラスでストーカー扱いされてる地味なやつが、君の隣にいるから、君まで変な風に言われるんだ。僕と一緒にいたら、君の価値まで下がる。あんな風に、君が他の女子から愚痴をこぼされたり、センスがないって笑われたりするのが……僕は……」


そこまで一気にまくしたてて、僕は言葉を詰まらせた。

自分の身勝手な理由で彼女を傷つけていたことへの罪悪感で、視界が少しだけ滲む。彼女のために良かれと思ってやった無視が、結果として彼女を一番深く傷つけるナイフになっていたのだ。


数秒の間、僕たちの間に、静かな沈黙が流れた。

彼女の泣く一歩手前の、荒い息遣いだけが聞こえてくる。僕は彼女がさらに深く傷つき、僕を責める言葉を口にするのを覚悟して、床を向いたまま身体を硬くしていた。


ところが。


「……ふっ、あはははは!」


静寂を破ったのは、予想もしなかった、彼女の弾けるような大笑いだった。

驚いて僕が勢いよく顔を上げると、そこには、さっきまで今にも泣き崩れそうだったはずの咲楽が、あたかも最初から泣いてなどいなかったかのように、満面の笑みを浮かべてお腹を抱えて笑っている姿があった。涙袋に溜まっていた涙は、笑った拍子に頬を伝って流れていったけれど、その表情にはもう、先ほどの暗い陰りは一切消え失せていた。


「な、何笑ってるんだよ……僕は本気で……」


「あはは! だってww そういうことだったのね! ww てっきり、本当に私のこと嫌いになったのかと思ったじゃん! ww」


咲楽は目元に残った涙を人差し指の腹でくいっと拭いながら、本当に心の底から安心したようにケラケラと笑い続けた。彼女のその切り替えの早さに、僕は完全に気圧され、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


(そんなはず、あるわけないのに――)


僕が彼女のことを嫌いになるなんて、世界がひっくり返ってもあり得ない。むしろ、その逆なのに。そんな僕の心の声を知ってか知らずか、咲楽は笑い声を少しずつ収めると、僕の顔を優しく見つめてきた。


「別に、あんなの気にしなくていいよ。私、昔はよく言われてたもん」


咲楽はそう言うと、ふっと視線を僕から外し、前方の遠い空の向こうを見つめた。その顔には、一瞬だけ、触れてはいけないような深い孤独と、少し悲しげな陰が混ざっていた。

昔はよく言われていた、というその言葉の真意が、今の僕にはまだ分からなかった。彼女のような、誰からも好かれる太陽のような女の子が、どうしてそんな過去を持っているのだろうか。カバンの奥の薬の存在といい、彼女の過去には、僕の知らない深い闇がいくつも隠されているような気がして、胸の奥がキュッと締め付けられる。


だけど、今の僕にとって重要なのは、過去のことではなかった。今、目の前で僕のために微笑んでいる彼女の存在、ただそれだけだった。


「でも……」


僕は、再び視線を自分の足元へと落とした。路面のアスファルトの粒子が、妙に鮮明に見える。目頭が熱くなり、大人の男として泣くのを見られたくないという必死のプライドで、喉の奥を強く締め付けて涙を堪えた。


「……僕のせいで、君が傷つくのはいやだ……。君が誰かから悪く言われるのを、僕はただ見てるだけなんて……そんなの、耐えられない」


下を向いたまま、消え入りそうな声で、だけど僕の心の一番深い場所にある本音を言葉にした。

彼女を守りたい、傷つけたくない。それが、僕という人間の、偽らざる歪んだ優しさの正体だった。


僕のその言葉が、静かな一本道に響き渡った後。

二人の間に、今日一番の、長くて深い沈黙が訪れた。

蝉の声さえも、まるで僕たちの会話の邪魔をしないように、一瞬だけ遠のいたような気がした。


僕は俯いたまま、彼女の反応を待っていた。

すると、視界の端で、咲楽のローファーが少しだけ、もぞもぞと動くのが見えた。彼女はしばらくの間、何も言わずにその場に立ち尽くしていたけれど、やがて、小さく咳払いをすると、僕の横をすり抜けるようにして、少し早足で前に向かって歩き出した。


「そ、そうなら……まぁ、仕方ないね」


前を歩く彼女の声は、いつもより少し上ずっていて、どこか調子が狂ったような響きを帯びていた。

気になって、僕がゆっくりと顔を上げて彼女の背中を見つめると、彼女は振り返ることなく、首を少し縮めるようにして歩いていた。彼女の白い首筋が、夕暮れの光のせいだけではなく、明らかに赤く染まっているのが後ろからでもはっきりと分かった。


「今日はもう、帰るか。私、なんか疲れちゃった」


咲楽は歩く速度を少し緩め、ふと後ろを振り返った。その顔には、いつもの天真爛漫な、だけど少し照れを隠しきれないような、歪で愛らしい笑顔が浮かんでいた。


(あんなに大声で、僕の名前を30回も呼び続けながら追いかけてきたからだろ……)


僕は心の中でそうツッコミを入れながらも、彼女のその笑顔を見て、胸の奥の強張りが完全に解けていくのを感じていた。僕は小さく息を吐き出すと、彼女の歩調に合わせるようにして、一歩を踏み出し、深く頷いた。


「……うん、そうだね」


なぜだろうか。彼女の顔を見つめ直すと、僕の顔全体も、再び火がついたように熱くなっていくのが分かった。お互いに顔を赤くしたまま、僕たちは並んで駅への道を歩き出した。二人の距離は、教室にいた時よりも、ほんの少しだけ近くなっているような気がした。


(ああああああ! もう、何なのあいつ……! 私のこと、そんなに気にかけてくれてたの?? 自分のことより、私が悪口言われるのを心配して無視してたとか……うれしすぎる!!! どうしよう、心臓がバカみたいにうるさい……!)


咲楽は、僕の少し右前を歩きながら、心の中で激しくのたうち回っていた。彼女の手は、通学カバンの紐をこれ以上ないほどきつく握り締めており、その指先は微かに震えていた。僕に見られないように必死に前を向いていたけれど、彼女の顔全体は、完全に熟したトマトのように真っ赤に変色していた。自分の胸の奥から湧き上がる、抑えきれないほどの歓喜と愛おしさに、彼女は呼吸の仕方を忘れてしまいそうだった。


そんな彼女の猛烈な脳内暴走に気づくはずもない僕は、ただ隣を歩く彼女の横顔を、時折チラチラと盗み見ながら、静かに駅への階段を上っていった。


やがて、自動改札機が規則正しく並ぶ、駅のコンコースへと到着した。

夕方の帰宅ラッシュが始まりかけており、周囲は多くの人々で行き交っている。ピピッ、ピピッ、という電子音が構内に響き渡る中、咲楽は自分の定期券をカバンから取り出すと、自動改札機にタッチして、スルリと向こう側へとくぐり抜けた。


改札のプラスチックの柵を境界線にして、二人の身体が離れる。

咲楽はホームへと続く階段へと向かう直前、不意に足を止め、くるりと僕の方へと振り返った。


「じゃね!」


彼女は、改札の向こう側から、僕の目を真っ直ぐに見つめて、大きく右手を振った。その顔には、先ほどまでの照れや動揺を完全に隠し通したような、いつもの満開の、太陽のような笑顔が咲き誇っていた。


「うん。また明日!」


僕はすかさず、自分の右手を小さく振り返した。

明日からは夏休みだから、本当なら「また明日」はおかしいのかもしれない。だけど、僕たちにとっては、そんな学校のスケジュールなんて関係なかった。明日も、明後日も、この夏休み中、僕たちはきっと何度も会うことになる。その確信が、僕の言葉を自然と動かしていた。


僕のその返しを聞いた瞬間、咲楽は嬉しそうに目を細め、もう一度大きく頷くと、今度こそホームへと続く階段の方へと歩き出した。

彼女の茶色い髪が、駅構内の風に揺れて弾ける。その少し小さくなった背中を見送りながら、僕は彼女が完全に見えなくなるまで、その場にじっと立ち尽くしていた。


周囲の雑音や、電車の発車メロディが遠くに聞こえる。

胸の奥に残る、彼女の涙のきらめきと、真っ赤になった頬の温もり。これから始まる長い夏休みが、僕たちの関係をどのように変えていくのか、その先の未来に対する小さな怖さと、それ以上の大きな期待を胸に抱きながら、僕は自分の定期券を取り出し、ゆっくりと改札機へと歩みを進めた。

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