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09 憧れだけで良いかと思えば

 騎士団第四隊の隊長ケビンは、ティーガー騎士団団長の特命を受け、国家を転覆させるような罪を犯そうとして失踪していたザルノール公の捜索に力を注いだ。

 ザルノール公は、潤沢に持っていた財産を即座に凍結されていた。

 公は、ゼントラン王国内に支援者のような派閥も持っていない。

 しかし、資金も人脈も無いはずなのに、公の行方はなかなか判明しなかった。


 そこでケビンは、ザルノール公と懇意にしていたという貴族の未亡人に、飴色の髪も魅惑的なその整った容姿で迫り、公が逃走しただろう経路を聞き出した。

 公が当初潜伏していたと言う娼館を捜索する際は、剣も振るって、用心棒として雇われていた破落戸たちを倒してもいる。

 ケビン隊長さすがです。

 とにかく、ケビンは自分の能力を存分に使って、目覚ましい速さで公の跡を追った。


 ザルノール公は早い段階で市井に潜っていたため、発見が難しかったのだが、これは身を隠すためと言うより、金も(かくま)ってくれる有力者も無かったからだ。

 公の逃亡が上手く行かないことは分かっていたが、ケビンは自らの目的のために、生きている公を捕らえたかった。

 そしてケビンは、すでにベッドからも起き上がれなくなっていたザルノール公を王城まで連行することに成功した。


 ザルノール公は、心労も有ってか、短い期間にすっかりやせ細り、手足は木の枝のようになっていた。

 兄である国王は、弟を王城前の広場に晒した。

 ただ、天幕を張って雨風は凌がれていた上、護衛が付けられ、世話をする者も用意されていた。

 そして、横には立て札も設けられた。


 立て札には、


「この者は、王国と王と王の民に大きな害をもたらすことを企てた。

 大変な大罪人である。罰としてここに晒されている。

 この者は、違法薬物にも手を染め、今このような恐ろしい姿になっている。

 この者の罪は非常に重いが、この者に罰を与えられるのはゼントラン国王のみであり、国王以外の者が罰を与えることを厳重に禁ずる」


 と、王の名で書かれていた。

 護衛は王立騎士団の騎士だ。常に睨んでいる。

 多くの市民や貴族も、薬物依存の結果、ミイラのようになったザルノール公の姿を目にしたが、石を投げつけるような者はいなかった。


 ザルノール公は、静かに、数日間は生きていて晒されていた。

 身をもって、国を脅かすことの愚かさと、薬物の恐ろしさを、皆に示す役割を兄王から与えられたのだ。

 ザルノール公は、最期に、兄王と、あの飴色の髪の男の役に立ったのだ。


 ◇◇◇


 ケビンの父の爵位と所領は一旦国に取り上げられることになった。

 財産もほとんど接収され、ケビンの義兄は労役に処される。

 そうでないと、他の貴族に示しが付かない。


 そして、国賊ザルノール公を捕らえて王都に連れ帰ったと言う大功績を挙げたケビンに、その褒賞として子爵位が与えられることになった。

 というより、やらかした兄の代わりに、弟のケビンが家を継ぐことを許可されたと言う方が実態に合っている。

 伯爵から降爵はするが、貴族として家はなんとか断絶の危機を免れたわけだ。

 出来た『弟』のお陰だ。


 そしてそしてケビンは、爵位と功績と、それから花束を持って、しばらく会えなかったシレーヌの元へと向かうのだ。

 ケビンは難しい任務の中でも、己の気持ちを再確認した。

 シレーヌはケビンにとって、遠くから憧れるだけで諦めてしまって良い存在ではないのだ。


 ◇◇◇


 さて。

 シレーヌの妹、公爵令嬢リリアーヌだが、今、大変に悩んでいる。

 今日は公爵邸に、リリアーヌの『恋人』を招いて父に紹介する日なのだ。

 リリアーヌの宝物、銀縁の眼鏡を掛けるかどうかについて、リリアーヌは答えを出しかねている。

 度は入っていない。

 一見すると特別な意匠の物でも無い。

 でも見れば分かる。この眼鏡は一点ものだ。

 眼鏡を作る工房主に無理を言って、同じものを作ってもらった。

 だから、これを持っているということが、これを所有している誰かへの好意を示す行為だと、分かる者には分かるのだ。


 リリアーヌはこの眼鏡を数年前から大事に持っていて日々眺めている。

 眼鏡が好きだ。

 リリアーヌの憧れの人が眼鏡を掛けているからだ。


 さてさて。

 リリアーヌは、シレーヌ共々すっかり仲良くなったマリスと協力して、ある計画を立てた。

 それは、リリアーヌの『恋人』を用意すると言う作戦だ。

 その目的はもちろん、姉であるシレーヌの手助けをすることだ。


 リリアーヌは、将来シレーヌがゼントラン王国の王太子妃になると、小さな頃から教えられてきた。

 弟か妹が生まれなければ、リリアーヌが公爵家を継ぐのだと言われていたのだ。

 弟も妹も生まれなかった。リリアーヌは婿を取らねばならない。


 でも、リリアーヌは、とある侯爵家の嫡男に気持ちを寄せていた。

 「貴族の婚姻に恋愛は不要」と言うのは、気高く見せていたシレーヌが以前に言っていた話で、対してリリアーヌは内に秘めた自分の恋心をずっと手放せずにいた。


 その秘めた想いの相手で、侯爵家の嫡男で、王太子の側近でもあるフェリクスが、リリアーヌの『恋人』として、なんと今日、リリアーヌの父であるエゼルセフ公爵と対面してくれるのだ。


 と言っても、本当は、『偽装の恋人』だ。

 当然、『期間限定』だ。

 シレーヌが公爵家に残る必要性をお膳立てする為に、リリアーヌの方が家に残れない理由を用意したのだ。

 そのためにリリアーヌは「恋人とお付き合いをしている」演技をする。

 もちろん、貴族の子女用の教本に書かれたお手本のように、完全なる健全なお付き合いだ。


 恋人役についてはマリスが提案してくれた。

 マリスは、マリスの鍛錬仲間でもある「フェリクスか、ジャスティンか、どちらに頼む?」とリリアーヌに聞いてきたのだ。

 偽装恋人として、国でも有数の大貴族であるエゼルセフ公爵に、不興を買う覚悟で対峙してくれる知り合いなど、令嬢のリリアーヌにだっていない。

 だいたい、適齢期の令息の多くは既に婚約者が決まっている。

 リリアーヌには、シレーヌが王太子妃に決まったあとに、かなり年若い令息の中から婚約相手が選ばれるはずだった。


 マリスは、「フェリクスかジャスティンぐらいにしか頼めない」と言った。

 確かに、マリスの知り合いの貴族令息と言えば、この二人だろう。

 しかも、フェリクスとジャスティンには婚約者がいない。

 何故なら、セオドア王太子の婚約者が決まっていないのに、側近が先に婚約することが憚られたからだ。

 それにしても、マリスの言うフェリクスが……フェリクスなのだ。


 マリスの提案を聞いて、リリアーヌは泣きそうになったが堪えた。

 そして、「できればフェリクス様に……」と伝えた。


 マリスも、フェリクスの方が良いと考えていた。

 偽装を頼むだけなのでどちらでも良いかもしれないのだが、マリスの中で、フェリクスの方がジャスティンよりも、若干……徳が高い。

 リリアーヌもその辺を見越して、フェリクスを、と言っているのだろうと考えた。


 マリスはフェリクスに事情を話した。

 フェリクスと言う人は、なんだかんだ世話焼きだ。

 こんな話に、エゼルセフ公爵は良い顔をしないだろう。

 ジャスティンだったら、絶対めんどくさがるところだが、マリスの頼みならと、フェリクスは期限付きの偽装恋人役を引き受けてくれた。


 王太子の側近として確固たる地位を持つフェリクスならば、恋人の期限が切れたあとにリリアーヌから振られたことにでもすれば、公爵から睨まれることにも、さほど心配が無い。

 相手が、エゼルセフ公爵家の可憐なお姫様なのだから、このことでフェリクスの経歴には、可愛いい花が添えられるはずだ。


 ところでシレーヌは、自分が公爵家を継いだからと言って、リリアーヌを追い出したりはしないだろう。

 けれど、偽装恋人の期間が終われば、リリアーヌは公爵家を継ぐための役目も失って、途方に暮れることにはならないだろうか。

 マリスもフェリクスも、それを心配したが、リリアーヌの意志は固いようだった。


 いずれにしても、リリアーヌとしては、例え偽装でも、その宝石のような時間を過ごしてしまったら、もうフェリクス以外の相手と添うことなど、考えられなくなってしまうに違いないと思うのだ。

 シレーヌの願いが叶ったあとは、公爵領のどこかで、独りひっそり暮らしていこうと、リリアーヌは決意した。

 ともかく、フェリクスの恋人として過ごす時間は何ものにも代えがたい。


「この眼鏡を掛けたら、フェリクス様に頭のおかしい小娘だと思われるかしら……」


 それでも良いのかもしれない。

 だって、どうせ偽装なのだから。

 期限付きなのだから。

 その期間ぐらい、めい一杯、浮かれていてもいいはずだ。


 リリアーヌは箱に入った銀縁の眼鏡に手を伸ばす。

 いつも磨かれているそれがきらりと光った。

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