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08 次代の王かと思えば

 王都から少し離れた、そこそこに賑わう宿場町に、ケビンは今いる。

 王立騎士団団長閣下の特命を受けた、騎士団第四隊隊長のケビン騎士が、指揮だけでなく自らも率先して捜索にあたっている人物の、とうとう居場所を特定したのだ。


 ◇◇◇


 ザルノール公アディファンという人は、賢君の誉れ高い現王ステファンの弟で、実はステファンが王位に就く前は、アディファンが王位を継承するものだと、周りも本人も当然のように考えていた。

 父である前王が、正妃の子で長子のステファン王子を幽霊のごとくいない者のように扱って冷遇し、側妃の子で弟のアディファン王子を社交の場にも後継者のように見せて登壇させていたからだ。


 前王は、臣下から、示しが付かないと言われていた。

 ステファンは、年々関係が悪化しているとは言え、大国である東の王国の血筋だ。

 ステファンを蔑ろにすることは、東の王国を不用意に刺激することでもある。

 そのため、アディファンの立太子を前王は延期していたが、そろそろ適当な理由をつけて、ステファンの王子としての地位を廃してしまおうと、前王は考えていた。


 アディファンは、小さい頃から、兄王子ではなく、自分が即位するのだと母である側妃から言われていた。

 この母君、貴族令嬢だったが実家の身分が高くない。

 ゼントランの前王は、不仲だった正妃が東の王国の名門貴族出身だったことへの当てつけか、低位の貴族令嬢ばかりを側妃にしていた。

 そのため、ステファンの母君が去って正妃の椅子が空いたあとも、臣下の賛同を得られず、側妃が正妃に上がることはなかった。

 だから、アディファンの母君は、アディファンの即位を強く望んだ。

 自分が国母という立場を得るためだ。

 なので、邪魔なステファンを、嫌がらせと言うのも憚られるぐらいに、この側妃は虐げていた。

 前王はこれに気付いていたのに、我関せずと黙認した。


 ところがだ。

 突然、西の王国から横やりが入った。

 こちらも大国である西の王国が、ゼントランの次の王を指定するようなことを言ってきたのだ。


 当時の西の国王は、「長子のステファンが即位するのなら、王女ナターリエをゼントランに嫁がせても良い」と条件を出してきた。

 内政干渉のようだが、当時、ゼントランは天候不良による不作と災害が続き、困窮していた。

 そのため、豊かな西の王国からの経済的な支援を受ける目論見で、王女の輿入れを熱望していたのはゼントランの方だ。


 東の王国に支援を求める案もあった。

 しかし、東の王国は前王の正妃の母国で、あろうことかこの正妃、正妃の立場も、自分の産んだステファンも、夫も何もかも捨てて、愛人だった遠い異国の外交官と駆け落ちしており、前王は東の王国に何かを頼むことが、心情的にどうしても出来なかった。

 何より、当時から東の王国は、ゼントランの併合を目論んでいる動きもあった。

 加えてもう一つ、ゼントランが異国から王妃を迎える順番としても、西の王国が妥当だった。


 条件のことを聞いて、前王も、アディファンの母の側妃も卒倒した。

 西の王国から、なんらかの条件提示は覚悟していた。

 でも次代の王に、よりによって幽霊王子を名指ししてくるなんて。

 しかも、鉄拳王女と揶揄されるナターリエを娶ることの交換条件なのだ。


 ステファンは憤慨した。

 あんな、武芸ばかりに傾倒しているおかしな王女を押し付けられることを、こちらは我慢してやろうと思っていたのに、自分の方が弾かれるなんて!


 だが、アディファンの母君は卒倒したあと、病床から回復しなかった。

 父王も療養が必要だった。

 そして、父王は西の王国の横暴にも見える条件を呑んだ。


 自分が王に成るつもりだったアディファンは、子供の頃から、邪魔なステファンを蔑んで暴力を振るっていた。

 アディファンの母と、他の側妃たちも一緒にだ。


 ところが、父と母という味方をほぼ同時期に失い、残されたアディファンには、血筋も正当で西の王国からも求められて王に成るステファンと対抗する力など、どこにも無い。

 今更、兄弟仲良くなんて、どの口が裂けても言えない。

 言ったところで、相手にもされない。

 王位継承権も奪われたアディファンは、王領の一部を貰い受け、そこで人生の残りを過ごす以外の選択肢を失っていた。



 ステファン王子はナターリエ王女と婚姻を結び、そして王に即位した。

 ステファンは王になる目的の為にナターリエを娶ったはずなのに、二人の仲は格別に良い。

 ナターリエの方も揶揄されるような王女だった自分を敬ってくれるステファン王を慕っているようだ。

 それもアディファンにはすこぶる気に入らない。

 将来王太子になる王子も、すぐに一人生まれてしまった。

 ますます、アディファンの足元が揺らぐ。

 王は「ナターリエ以外は、側妃も妃妾も絶対迎えない」と宣言していた。

 アディファンは、ステファンの足元も揺らがせてやりたい、そう思った。


 アディファンは楽しいことが好きだ。

 その楽しいことで、王になったステファンと自分を追いやった王妃ナターリエに『嫌がらせ』をしようと、王城にステファン好みの騒がしい余興を度々呼び込んだ。

 実はそれはアディファンの計略でもあった。


 奇術師の策は上手くいったようだ。

 子だくさんだった奇術師夫婦を使い、「子ができやすい」と偽って、堕胎効果のある薬草茶をナターリエに継続的に飲ませることができた。


 ステファンを、官能的な曲芸師の女や、みだらな踊り子たちの虜にしようという企みも練ったが上手くいかなかった。

 ステファンはどうやら、本当にナターリエに惚れ込んでいるようだ。

 気に入らない。


 しかもだ。

 まだ幼いと侮っていたセオドアから、反撃を食らったこともある。

 剣の稽古を付けてくれなどと言ってきて、子供のくせに、もの凄い剣技を見せ付けてきたのだ。

 本当に切られたと何度も思った。恐ろしかった。立てなくなった。

 悔しいこと、この上が無い!


 恨みを募らせたアディファンは、殺し屋を雇って吟遊詩人に仕立てる作戦にでた。

 立太子を控える王子に近付けて、怪我の一つも負わせてやるつもりだった。

 が、殺し屋詩人は、セオドア王子のあまりに尊い美しさと賢さに打たれ、詩を吟じて褒め称えただけで、本来の計画は実行されなかった。

 こっちは人選を誤った。

 殺し屋は、演技だったのに、本当に吟遊詩人に成りきり過ぎたようだ。

 詩人は感受性が商売道具だ。

 殺し屋なのか詩人なのか、とにかく、輝くようなセオドアの美貌に心奪われ、奴は何もかも忘れてしまったのだ。

 腹立たしいこと、この上の、上の上が無い!



 でももう、そんなことも、どうでも良くなってきた。

 自分は何を間違って、今、こうなっているのだ?

 いや、間違ったかな? いいや、間違ったな。


 ザルノール公アディファンは、今やもう、自分で動くことも出来ない。

 薬物は確実にザルノール公を蝕んだ。

 東の王国で精製された違法薬物はジーナという女から提供された。

 ジーナは、ザルノール公に近付いて来て、


「ゼントランの国王に一泡吹かせてやりません?」


 と、アディファンの一番叶えたい願望の実現性を示してくれた。


 飛び付いた。

 ジーナからもらった甘い薬も気に入った。


 今、思えば、全てジーナの掌で転がされていたのだ。

 アディファンは、ジーナの目的のための駒に過ぎない。

 ジーナがくれる甘い薬のために、アディファンはジーナの指示通りに動いた。

 金も使った。ゼントラン王国内の貴族に声も掛けた。


 でも結局上手くいかなかった。

 ジーナも、今どこにいるのか分からない。

 セオドアが、アディファンとジーナの企てを木っ端微塵に壊してしまった。


 アディファンにはもう何も残されていない。誰も残されていない。



 そのとき、宿場町の裏通りにあるくたびれた宿屋の一室で、独り寝ていたアディファンの部屋の扉が、ノックもされずに開けられた。

 長身で飴色の髪の美しい男が抜き身の剣を携えて入って来た。

 その光景すべてがゆっくりと流れるようにアディファンの目に映った。

 神の断罪が始まるのだろうか。


「ザルノール公、あなたを王陛下の元へ連行します。

 あなたの所業は許されないものですが、どうぞ、あの世に行く前にひとつ、善行をなさってください。

 それは王城に着くまで死なないことです。

 それであなたは、私を救うことができます」


 何も残されていないと思っていたアディファンに、まだやることが残っていたそうだ。

 この神が遣わした男のために、残された時間を使おうと、アディファンは心に決めた。

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