05 そっちかと思えば
シレーヌから話を聞いたリリアーヌの行動は早かった。
シレーヌとリリアーヌ。エゼルセフ公爵家の姉妹が二人で王城のマリス騎士を訪れたため、セオドアの専任騎士マリスはセオドアに断って、鍛錬で使用している応接間で二人を出迎えた。
シレーヌは、先日の誘拐事件の際に、マリスが尽力してくれたことに対し、お礼を言いに来たのだ。
シレーヌとリリアーヌは、事件の直前にマリスとシレーヌが行ったカフェの名物である焼き菓子をお礼の品として持ってきている。
あの日、マリスがそれを美味しいと喜んで口にしていたのをシレーヌは見ていたのだ。
まだ、あの事件から十日も経っていない。
シレーヌは大変な恐怖の中に居たはずだ。
出歩いたりして大丈夫なのだろうか。
「マリス様、マリス様のお陰で、わたくし、ものすごく元気なのです。
それに実は目標もできまして、日々充実しております」
(それって、もしかして!)
マリスは目を輝かせた。
ケビンからも聞いている。
シレーヌが興味を持っていると。
「シレーヌ様! シレーヌ様も、鍛錬を始められるのですか?!」
「「……」」
シレーヌとリリアーヌが、それぞれ、「えっ」の顔になった。
マリスの思い違いだったようだ……
「あー、いえいえ。冗談ですよ、ははは、それより今日は天気がいいデスネ」
マリスはとりあえず誤魔化した。
「コホン、あの、マリス様、実は、少し伺いたいこともあって、今日は参りました……」
シレーヌが話をし出したが、言葉が続かない。
シレーヌはなんだか、顔を赤くして、所在無げに、目線をキョロキョロしている。
どうしたんだろう、シレーヌらしくないとマリスは思った。
でも、マリスはシレーヌのことを、主にケビン経由で聞いているので、らしいとか、らしくないとかも含めて、きっとマリスは、偏った情報だけを耳に入れているのだ。
ケビンのシレーヌ語りのお陰で、ほくろの数だけなら滅茶苦茶詳しい自信がマリスにはあるのだが、実在のシレーヌのことを『ケビン情報』だけで判断しては危険な気がしてきた。
「シレーヌ様もリリアーヌ様も、なんでもおっしゃって下さい。
ご存知かと思いますが、第四騎士団のケビン隊長は、私と同郷です。ケビンからシレーヌ様のことは伺っておりまして、私もお話できたらいいのにと、ずっとそう願っておりました」
マリスは本心からそう言った。
しかし、「ケビン」とマリスが口にしたとき、シレーヌの肩がピクリと動いた。
二回動いた。
今度は、リリアーヌが口を開く。
リリアーヌは、シレーヌに全面協力すると宣言した。
内向きな気持ちは、脱ぎ捨てるのだ。
「……あの、今日参ったのは、その、ケビン隊長様のことでなのです。
先日の事件の折、お姉様が王城に到着した際、お姉様は一番最初にケビン様のところへ伺ったのですけど……そのときお姉様は、ケビン様から本当に心を込めて慰めて頂いて、それでお姉様はとても救われたのです。
ですので、ケビン様にも何かお礼を差し上げたいのですが、ケビン様に喜んで頂くのに、どのような物が良いか、参考までにご意見を頂ければと」
と、最もらしいことをリリアーヌは言っているが、リリアーヌの狙いは、マリスの反応を探ることだ。
もしマリスがケビンを男性として慕っているなら、シレーヌがケビンに近付くことに嫌悪感を示すのではないかと。
「シレーヌ様がケビンに何かを下さるのですか! それは、もう、ケビンは何でも喜ぶはずです。目に見えるようです。
以前頂いたという茶器を、ケビンは、それはもう大切にしておりまして。私には一度も触らせてくれないのですよ。
ケビンはいつも言っております。シレーヌ様が博識で勉強家で、それからとってもお綺麗だと。
ですから、ケビンは、絶対なんでも喜びます!」
マリスとしては、ケビンの片思いを少し応援したい気持ちで言った。
まあ、事実を言っただけなのだが。
シレーヌは更に顔を赤くした。
ところでリリアーヌは、ケビンとマリスの関係性について、ある判断を下した。
そして、マリスの話からして、ケビンの気持ちにも可能性を見出した。
当事者であるシレーヌには分からないことでも、外側から眺めるリリアーヌになら、一目瞭然なこともあるのだ。
リリアーヌは確認のために、思い切ってマリスに聞いた。
「あの、少し立ち入ったことをお聞きするようですが、マリス様は、ケビン様と将来の約束をされている……と言うようなことはございますか?」
そのとき、ノックもしないまま、応接間の扉が開いて入って来る者がいた。
「そ!、そ、その話…………あ、いや! 急に済まない。……失礼した。
………ノックしようとしたら声が聞こえて……盗み聞きなど、するつもりは……本当に無かったのだ……」
セオドア王太子だ。
ちょうどこのあと、応接間でマリスと鍛錬を行う予定だった。
執務に切りが付いたセオドアは、時間を繰り上げてやって来たのだ。
マリスもシレーヌもリリアーヌも、立ち上がって礼を取り、挨拶した。
リリアーヌもシレーヌから聞いているので、いつも端麗な微笑みを浮かべている完璧王子のセオドアが、なぜ今、慌てたり狼狽えたりしているのかを理解している。
とりあえず、静観しよう。
「「「……」」」
「………………で? あの…………マリス。……先ほどの、リリアーヌ嬢の質問の答えは、どうなのかな?」
「えっ? ……ああ、そうそう、私の元上司のケビン第四隊隊長の件ですよね。
うーん…………贈り物は何がいいかなあ……
何でも喜ぶと言われると、却って悩みますよね……」
マリスは腕を組んで考え出した。
そっちじゃない方を考え出した。
「いや、あの、えーと、あの……」
セオドアがモゴモゴ言っている。
この応接間にいる最年少のリリアーヌが、深窓の令嬢を長く務めてきたリリアーヌが、静かに目を閉じ、助け舟を出すことにした。
「……マリス様、その……マリス様はケビン様と大変親しいと伺っておりまして……
もし、もしも、お二人が将来を誓い合っておられるのなら……贈り物もお二人にお渡しするようなものが良いかと、わたくし思っております。如何で、しょうか?」
マリスは、少し困ったような顔で返事をした。
「申し訳ありません。私は田舎育ちで弁えません。
『将来を誓う』と言う言い回しが、私の知る限りでは、『結婚の約束をする』というような意味で使うので、リリアーヌ様のおっしゃることの答えになるか分かりませんが……
ただ、ケビンは本当にシレーヌ様からの頂きものなら何でも喜ぶはずです。
……そうだ! 青い薔薇の柄のハンカチなんかはどうでしょう?
ケビンは絶対、肌身離さず持つはずです。
私になんか触らせてもくれないんだろうなあ。見せてもくれないだろうなあ。
あっ、私にも下さるんでしたっけ。
ハンカチだったら、私は遠慮します。
せっかく頂いても、ケビンはきっと、私のハンカチも寄越せと言ってくるはずですので」
とりあえず、リリアーヌは満足だ。分かった。
マリスはシレーヌの恋敵では無かった。
マリスの方に恋愛感情が無いことは明白だし、しかも、ケビンの気持ちもシレーヌに少なからず向いていると考えて良さそうだ。
しかし、セオドアはまだ納得できていない。
「その……マリス、教えてくれないか。
マリスは、上司だったケビン第四隊長と、例えば、将来……結婚しよう……とか、話したりはしていないのだろうか」
「ケビンとですか? うーん……そんなの有りましたっけ? そう言えば……有ったような気もしますが……」
え?! あった?!
その場にいた二人の顔から、血の気がさーっと引く音がした。
だが、十七歳のリリアーヌにはもう落ちが分かったので、静かな気持ちでお茶を口にする。
リリアーヌより年長の、王太子セオドアと公爵令嬢シレーヌがそれぞれ、青い顔でマリスを見ている。
マリスは思い出したように言った。
「まあ、有りましたね。
……確か、最初がシャールで、その次ガー君かな? で、その次『ケビンと結婚する!』って、五歳くらいまでは言ってましたね……そう言えば。今となっては笑い話ですよね」
次回「対処できたかと思えば」




