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04 過ぎた夢かと思えば

 ケビンは決意した。

 もう、想いを秘めたりはしないと。

 シレーヌが幸せならそれでいいなんて、そんなものは、意気地の無い自分への言い訳だ。

 自分の出来る限りの力を使って、シレーヌに見合う自分になればいい。

 それでも選ばれなければ、諦めるのはそのときでいいのだ。


 ◇◇◇


 ケビンは今日、私用でティーガー騎士団団長閣下と面会をする。

 ティーガーはケビンの師であるシャールの古い友人で、マリスのこともだが、子供のころからケビンのことも気に懸けてくれている。

 立場上、今は上司と部下という関係なので、これまでティーガーとは距離を取っていたケビンだが、シレーヌに想いを打ち明けるためには、なりふりなど構っていられない。


 ケビンからシレーヌに、好きだと伝えるだけなら、今すぐにでもできるだろう。

 しかし、騎士団に何人もいる、たかが騎士隊長の自分が、高位貴族中の高位貴族であるエゼルセフ公爵家のしかも王太子妃候補でもあるシレーヌに、想いを伝えてそれでおしまいというのでは、単なる自己満足の迷惑行為なだけだ。

 気高いシレーヌに、選択肢の一つとして見てもらえるだけの場所に、なんとか這い上がるのだ。

 ライバルは王太子だ。並大抵のことではない。


 ティーガーはケビンの話にとても驚いていたが、協力を約束してくれた。

 ティーガーも、誘拐されたシレーヌが、真っ先にケビンの元を訪れたことを知っている。

 ただ、ケビンと旧知のシャールがシレーヌと一緒にいたため、特に疑問視していなかった。が、しかし。

 シレーヌがセオドア王太子の元に現れた際にティーガーも近くにいた。


 なるほど、シレーヌがケビンをチラチラと目線で追っていたことには気が付いていた。

 シレーヌがしきりにマリスの救出を気にしていたので、そのせいかとも思っていたが……

 得心したティーガーは、ケビンに対して、思わぬ提案もしてくれた。


 ケビンは貴族の庶子だ。

 ケビンの父親は、王都近郊に領地を持つ伯爵家の当主だ。

 近々、ケビンとは母親が違うケビンの兄が伯爵家を継ぐことになっていたらしい。

 このケビンの義理の兄、というのに、ケビンは幼い頃、一、二度しか会ったことがない。

 なのでよく覚えていないというのが正直なところだ。

 しかし、伯爵家の侍女頭だったケビンの母と伯爵との間に生まれた不義の子であるケビンのことを、この義理の兄は、冷淡に見つめていたような気がする。

 この義理の兄というのが、つい最近、愚かな行いで王の逆鱗に触れた。

 父である伯爵の飴色だった髪が、あっという間に真っ白になったらしい。


 ケビンの義兄は、国家反逆の罪を犯そうとしたザルノール公に唆され、違法薬物に手を出そうとしていたのだ。

 ザルノール公、現王の弟という立場でありながら、セオドア王太子を害し、ゼントラン王国を東の王国の老王に差し出す企てに一枚噛んでいた。

 伯爵でなくても、髪の毛真っ白案件だ。


 一応、ぎりぎりのところで、薬物の取引きは未遂だった。

 セオドアとセオドアの側近ジャスティンが、薬物の取引きをするという日の前日に、伯爵家の自領にいた義兄のところへ乗り込んできたのだ。

 その日の夕方、王都で王太子襲撃騒ぎがあり、そしてシレーヌの誘拐騒ぎがあり、翌朝、今度は王都の外れでセオドアとマリスを巻き込んだ別の騒ぎも起きた。

 直後に、ザルノール公は出奔。

 残されたのは、ケビンの義兄の罪を示す証拠の書簡だ。

 ジャスティンが、ケビンの義兄ともみくちゃになりながら見つけたそうだ。


 未遂だからと、国家転覆の策略までは知らなかったのだと、罰を逃れることは決してない。

 セオドアを、国そのものを陥れる大罪の一端を担いでしまったのだ。

 王と王妃の怒りは相当だ。

 即刻、伯爵家の取りつぶしが命じられるところだった。

 そこで、少しだけ猶予をくれと取り付けたのが他でもない、ティーガーなのだ。

 ティーガーは、この伯爵家とケビンという昔なじみの関係を知っていたので、ケビンに塁が及ばぬようにしたいと思ったのだ。


 そのタイミングでケビンから話があった。

 ケビンは誘拐事件の起こった翌日にはティーガーに面会の申し入れをして、数日の内に団長の執務室までやって来ていた。

 ケビンは決意したのだから、待っている時間など一呼吸ほども要らないのだ。

 結果、この時点で伯爵家の醜聞は、まだ公にされていなかった。

 だから、ケビンも知らなかった。


 話を聞いて、伯爵家に対して思うところは無くはないが、兄にはきちんと罪を償ってほしいとケビンは思った。

 そしてケビンは……シレーヌに相応しい立場に近付くためにティーガーに相談に来たのだが、自分と血の繋がりがある兄が謀略の片棒の端っこを掴んでしまったと知って、青い薔薇はやはり自分には、過ぎた夢だったのかと肩を落としそうになった。


「ケビン、任せて! これはある意味チャンスだから!」


 ティーガーはそう言った。そうか。


 現王ステファンが最も信頼を置く臣下として知られ、ティーガー・ブリッツオーフェン侯爵にして、ゼントラン王国王立騎士団団長閣下である、『戦場の虎』、ガー君が、チャンスと言うならチャンスなのだ。


 そしてケビンは、団長閣下の特命を受けて、即座に旅立って行った。


 ◇◇◇


 シレーヌ・エゼルセフ公爵令嬢には、妹がいる。

 リリアーヌ・エゼルセフ公爵令嬢である。

 一目で皆が惹かれる華やかな美貌の姉に対して、妹は慎ましやかで可憐な令嬢だ。

 社交界にも滅多に出て来ない、深窓の姫君だと言われている。


 リリアーヌには、実は、心に秘めた人がいる。

 リリアーヌは見た目に反して、大人しいだけの女性ではないのだ。

 もちろん、自らに求められる妹公爵令嬢としての振る舞いをずっと意識してきたからか、真面目で内向的な性格だと周囲には思われているだろう。

 自分の意見を言うことにも慣れてはいない。

 しかし、心の中は自由だと、リリアーヌは知っているのだ。

 そして、その想像力だけでなく、行動力も、そこら辺の令嬢の比ではない。


 叶わないと知っていても、とある令息に恋心を寄せるだけでなく、遠くから彼の人を見掛けるためだけに、用も無いのに王城で出向いてしまうのがリリアーヌだ。

 目が悪いわけでもないのに、眼鏡工房に無理を言って、令息のものと同じ意匠の眼鏡もこっそり手に入れている。

 その男性は十七歳のリリアーヌにとっては五歳も年上で適齢期、しかも侯爵家の嫡男だ。

 つまり、婿を取って公爵家に残る予定のリリアーヌには、手を伸ばしたところで絶対に届かない、天空の星のような人なのだ。

 それでも、自室でこっそり、銀縁の眼鏡を掛けて鏡の前に座っては、想い人とお茶を飲みながら語らう時間を想像してしまうリリアーヌなのだ。


 もちろん、王太子妃として相応しくあろうと努力を続ける姉の横で、リリアーヌも、自分の責務を忘れる日は無い。


 ところがだ、最近、姉が変だ。

 姉は以前より王太子の妃候補筆頭と言われている。

 しかも、先日の誘拐騒ぎの渦中、セオドア王太子本人の面前であるにも関わらず、

「こんなことなら、シレーヌを早く王太子妃にして頂けば良かった」

 と、動揺した父公爵が言っていた。

 だから騒ぎが落ち着けば、今度こそ、姉と王太子との婚約という話が出るだろうと、そう思っていたのに。


 なのに、姉が変だ。

 急に、もじもじしながら、

「あのね、リリアーヌは、わたくしがこの家に残って婿を取るって、どう思う?」

 などと言い出した。

 王太子殿下を婿に?! ……のはずはない。落ち着けリリアーヌ。

 王太子は国王と王妃にとっての唯一の御子なのだから。


 そうではなくて、リリアーヌのお姉様には……ズバリ、お目当ての男性が、出来たのだ。

 才媛の誉れ高い、青き大輪の薔薇君であるシレーヌ姉様に、婚姻は勉強課題の一つであって、傾向と対策を練れば失敗しないと言って憚らなかったあのお姉様に、「お好きな殿方」が出来たのだ!


 お相手は、多分、身分がそう高く無い方なのだろう。

 だから、その方と添うために公爵家に婿として迎えようという考えに違いない。

 リリアーヌは、シレーヌの問いかけを聞いて、そのとき腕に抱いていた子猫の濃い茶色の少しフワフワした背を一撫でした。


(も、しか、して、わた、くし、にも、チャンスが、めぐって、来たの、では?!)


 リリアーヌが、これまで生きてきた中で一番ぐらいの大きな声で言いながらシレーヌに駆け寄ったので、茶色い子猫はびっくりして逃げ出した。


「お姉様、そのお話、詳しくお聞かせ下さい。

 わたくし、全、身、全、霊で、お姉様に協力いたします!」

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