41 変わらなくても良いはずだが
ゼントラン王国の王太子の執務室に、側近のフェリクスとジャスティンがいる。
セオドア王太子が行った東の王国への潜入作戦は成功した。大成功と言えるだろう。
今は、東の王国が新たな国の形を整えるために、そのソフィア摂政とセオドアとで、様々な協議が進められている。
東の王国が開国路線に梶を切り、それをゼントラン王国が助けることは、決定事項だ。
また、東の王国から国外に持ち出されていた有害な薬物の類を、各国と協力し合って、取り締まることも決まった。
そして、セオドアに課せられた責務は、東の王国との多方面の取り決めを整えるだけではない。
西の王国の様々な関係機関や、更には周辺国、更に更に、もっと遠くの国々からも、東の王国との執り成しを求める書簡が届いているのだ。
その量は膨大だ。
王城の一画にあるセオドア王太子の執務室は、今ではそれらの、要望書や申し入れのための容れ物と化している。
そのため、フェリクスとジャスティンは、それらを別室に設けた棚に整理しなおす作業を官吏に指示しているところだ。
「こちら、また、王太子殿下への婚約の打診が混ざってました」
「こちらの要望書にも、セオドア殿下を見習うために、姫をゼントラン王国へ留学させたいと追記されていますが、王太子殿下目当てなのは間違いないですね」
「こっちは遠い国の貴族家令嬢ですが、八人姉妹全員で輿入れしたいそうです」
「こちらの王女は御歳四歳とのことですが、ご本人たっての希望でセオドア殿下との婚姻を希望する旨、ご本人自らの筆で書いて送ってこられました」
「……やれやれですね、ジャスティン。こういうの、また更に増えましたね」
「やれやれ過ぎる。しかも政略目的だけじゃなくて、セオドアに惚れ込んで申し込んできてるのがほとんどだもん。文面に熱意が込められてるから、その内、書簡から火が出そうだ」
「いやいや、縁起でもない。火事はやめてくださいよ。それにしても、今のセオドア、人格者の鏡の鏡、みたいに言われてますからね。きりが無いですね」
「あー、もー、仕事増えるなー」
フェリクスとジャスティンも頭を抱えている。
「セオドアとしては、自分の妃を自分で決めたいからって、今回の作戦考えたんですけどね」
「なんか、近付いたんだか、遠のいたんだか、分からんな」
「まあ、周囲の状況はそうですね。でも、二人の関係は、びっくりするぐらい近付いてますよ」
「えっ? そうなのか?」
「そうですよ。マリスがセオドアを『セオドア様』って呼んでるでしょ?」
「いや、フェリクス……それは、アンドリー王太子とかゴルド王太子と一緒に居たからなんだろ? 『王太子』とか『殿下』だと紛らわしいからって、前に、マリスからもそう聞いたぞ」
「ジャスティン……分かってませんね。マリスの、言い方が、違ってますよ。気持ちがこもってます」
「えええ、そんなの分からん。だいたいなんでフェリクスには分かるんだ」
「私が、愛を知る人間だから、でしょうね」
「………………」
最近フェリクスはこんな感じだ。
一時期、恋人との仲が破綻しそうになり、フェリクスは、殺虫剤を撒かれたあとの羽虫のように、力なく風に吹かれていたが、今はすっかり復元している。
「……なんだよ。知らない内に『暗黒期』終わってたのか!?」
「そうそう。いつまでも変わらないなんて油断してたらいけませんよ。知らない内に、ジャスティンだけ取り残されてますよ」
「な、ん、だっ、て、ー」
ジャスティンが、頭を抱えた。
(いやいや、私もセオドアも、ジャスティンの、そう言う、変わらないところに、いつも救われてますけどね。言わないけど)
フェリクスが、いつになく快活に笑った。
◇◇◇
シャールはこれでもかと言う盛大さで、ゼントラン王国に凱旋させられた。
もちろん、シャール・ソードフェン伯爵としてである。
国威高揚と、シャールがゼントラン王国に属する貴族であると知らしめることが目的だ。
今回も、結構勝手をやって盟友ティーガーに尻ぬぐいをさせたので、シャールも渋々言うことを聞いた。
なんでも、マリスがセオドア王太子の妃になる可能性があるらしく、そのお膳立ての意味もあるのだそうだ。
マリスの叔父が英雄であればあるほど、マリスとセオドアの婚姻に臣民の理解も得やすいと言われた。
セオドアがマリスを甚く気に入っていることは、シャールにも分かる。
まあ、マリスにお妃様なんてものが務まるのかと言う疑問は残るが、シャールは言う通りにするほか無い。
火災のあと、「男とか女とか、らしいとからしくないとか、その辺全部が馬鹿馬鹿しくなったから」と、ティーガーは騎士団内でも公に自己を解放した。
とにかく、そのティーガーからの「やるのよ!」の指令に、シャールは全部従わねばならない。
因みに、トマスはこの度の功績を以って、シャールに召し抱えられることになった。
シャールにとってもトマスは信頼のおける人間だ。
シャールの希望でそのように取り計らわれた。
ところで、シャールにはもう一つやることが残っている。
言わないといけないことがあるのだ。
今日もマリ―アは、王城のジーナに会いに行っている。
シャールはそのマリ―アを迎えに行った。
ジーナのことはシャールも知っている。
ジーナは、有能だが、どこか感情が抜け落ちたような容赦の無さを感じさせる人物だ。
そのジーナが、牢の中で、なんとマリ―アと楽しそうに談笑していた。
ジーナが今後牢から生きて出されることは、絶対に無いだろう。
だから、ジーナが何かの目的を持って、マリ―アに親し気に接する必要性はないはずだが。
そのとき、マリ―アの迎えが到着したことを知らされて、マリ―アが席を立った。
「マリ―ア、明日もここに来るの?」
「そうよ、ジーナ。あなたに逢いに来るわ」
「そう。あなた暇なのね」
「そうそう。暇みたい」
二人はクスクス笑い合っている。
牢の扉が開けられて、マリ―アが出て来た。
ジーナもシャールに気が付いたようだ。
なんだかシャールには、ジーナがにっこり微笑んだように見えた。
「マリ―アはジーナとも仲がいいんだな。すごいな」
「すごいのかしら? でも、ジーナは私の妹だもの」
王城にあるジーナの牢からマリ―アはシャールと共に、ブリッツオーフェン侯爵邸へと馬車で向かった。
マリ―アは拾われた子だったので、天涯孤独の身の上だ。
養父と養母、そして兄弟のようなシャールとソードからも慈しまれて育った。
それでも、どこか所在の無さを感じていたのだ。
マリ―アは、ジーナのこれまでの生きざまと自分のそれとを重ねて、ジーナに思い入れを持ってしまうのだろう。
「私、家族が欲しかったから。ソードにも『本物の家族になりたい』って言われたとき、ものすごーく嬉しかった」
ソードとマリ―アは、兄と妹として育っていたので、元々家族だったとも言えるだろうが、マリ―アが求めていたものはそれとは違っていたのだろう。
「あいつ、ソードは……『家族』って言ったのか? 『恋人』じゃなくて? ソードは、マリ―アのこと、『妹』だと思ったことは一度も無いって、俺には言ってたぞ」
「うーん……家族って言っても……私があの頃なりたかったのは『妹』じゃないから。兄と妹だと、それぞれの家庭を持ったら距離ができるでしょ。ソードは、その辺の私の気持ちも分かっていたみたい。
そもそもね、ソードはね、ソードが欲しいものじゃなくて、私が欲しいもののことをいつも考えてたかな。私、あの頃はとにかく、兄と妹でもなく、恋愛相手でもなく、絶対に離れない『家族』が……やっぱり欲しかったの。
だから、ソードは、『恋人』じゃなくて『夫婦』になろうって言ってくれた」
「そうか。ソードはすごいな……ホントにすごい……叶わないな……」
日は随分傾いている。
シャールとマリ―アは、先ほどから黙ったままだ。
それでも、それなりの年月を過ごしてきた二人には、沈黙も心地良い。
このまま何も変わらなくても良いはずだ。
これからも付かず離れずの関係でいたって良いはずだ。
「……マリ―アさ……ソードは本当に素晴らしい人物で、マリ―アを誰よりも大切にしていたから、マリ―アはこれからもソードを想い続けるんだと思うけど……」
「ん? なーに?」
馬車から見える空が色付いてきた。
「……あの……あの……マリ―アの……マリ―アの、時間……」
「時間?」
「マリ―アの、五日の内……じゃなくて十日の内でもいいから、一日は…………」
「一日?」
「……一日は……一日だけ………………俺に……下さい」
「下さい?」
「……」
「……」
夕焼けが広がる時刻だ。
茜色の雲が棚引いているのが、マリ―アには見えた。
「嫌よ」
「うっ……そ、そうか……変なこと言って……ごめん……忘れてくれ」
「それも嫌」
「そうか……本当に、ごめん」
シャールは小さくなって俯いてしまった。
マリ―アは腕を組んで言った。
「もう! シャールってば……
十日ある中の一日って、残りの九日間、シャールの気持ちはどこに行っちゃうの? 五日の内なら五日、十日の内なら十日、これからの人生全部、私に寄越しなさい。それでなきゃ、嫌よ」




