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42 間違えないはずだが

「ふーーーっ」


 マリスは何故か深呼吸をしている。


 ここは、ゼントラン王国の王太子、セオドア殿下の執務室だ。

 つい先日まで、もの凄い量の書簡が山のように積まれていたが、セオドアの側近二人が、なんとか整理してくれたところだ。


 そして、セオドアは今日も執務に追われている。

 忙しいのは、セオドア自身が捲いた種によるものだし、国の平穏のためならばと、寝る間も惜しんで書類を捌く日々が続いている。


「あ、あのー……」


 一通り深呼吸をしたマリスがようやくと口を開いた。

 仕事ばかりではいけない。

 小休憩を挟むことにしたセオドアはマリスに微笑んだ。


「何かな? マリス。次の鍛錬のことで何かいい考えが浮かんだとか? マリスの好きな焼き菓子、用意してあるから、一緒に食べながら話す?」


 マリスは今日は所用があって、このあとセオドアの護衛を離れることになっている。

 代わりの者が扉の外で待っているから何も問題は無いし、今からマリスは勤務を外れるのだから、この瞬間は王太子と護衛という関係では無く、親しい友人のように話をしてもいいはずだ。


「いえ、そういうことではなくて、あの、私……」

「なんだろう。なんでも言って欲しい……」


 セオドアは、マリスから何かの要望をもらえそうで期待するような心持ちになった。

 マリスからリクエストをもらえたら、全力で応えたいのだ。


(いやいや)


 が、思い直して、緩みそうな頬を引き締め、姿勢を正した。

 少しでも慢心が有れば間違いの元だ。

 慎重に、慎重に、言葉を聞き取ろうと、セオドアは身構えた。


「はい。あのですね、私、セオドア様のことが………好きみたい、なんです」


 マリスが何かを言い出した。


「うん? ……ああ、うんうん。そう……なんだ……?」

「こんなこと、わざわざ言うことでは無いとも思ったんですが、でも、お伝えして落ち着かないと、今後の職務や鍛錬に支障が出るといけないと思いまして」

「うん? なるほど?」


 マリスは何を言っているのだろう。


「あっ、ちゃんとの『好き』ですよ。 お菓子が好きの『好き』じゃなくて」

「ふむふむ?」

「でも、だからと言って、どうなりたいとか、そういうのは無いんです」

「うーん? なるほどー?」

「私なんかがセオドア様を男性としてお慕いするって、おかしいかもしれないと最初思ったんですが、沢山の人がセオドア様をお慕いしているんだから、私が一人増えても、この際いいですよね?」

「うんうん? そう……なのかな?」


 マリスは何かを言い続けている。


「ともかく、私、セオドア様といると、楽しいんです。一緒に行う鍛錬がすごく楽しい。セオドア様が、無茶苦茶なこと言ってるときも楽しい。一緒にいると楽しくて、鍛錬も頑張ってしまいます。腹が立つことがあっても、それすらもなんだか楽しいんです。だから、これからもずっと、セオドア様の専任騎士として、頑張りたいと思います!」

「なるほど……なるほど?」


 セオドアが、はて? と腕を組みだした。

 先ほどから、マリスは何を言っているんだ?


 とにかく、とにかくだ。

 おかしいぐらい自分に都合の良い言葉が聞こえてきた気がするが、こういうときこそ、謙虚な対応が求められるはずだ。

 セオドアは失敗から学んだのだ。

 絶対、絶対に、間違えてはいけない。


「マリス、とにかく、私は間違えないから。安心してほしい。マリスが困ることは全て取り除くから。

 前みたいに、無期限休暇、と言うのだけは……あれを避けられるなら、なんの問題もないよ………………で、間違えてないよね?」

「大丈夫です。言ったらスッキリしました。お気遣いも頂いて恐縮です。私も今後の業務に支障を来しません。ご安心ください」

「ああ。良かった……?」

「王太子殿下、それでは失礼します。このあと、叔父に新しい剣を見立ててもらう予定になっておりますので」

「そうだったね。お疲れ様。また明日だね」

「はい! また明日です。失礼します!!!」


 マリスは、いつもより深くお辞儀をして、そして王太子の執務室を颯爽と出て行った。

 マリスは気持ちを伝えた。言葉通りスッキリした。

 はなからマリスの一方的な想いが実るとは考えていない。

 ただ、この想いを胸に、セオドアを守り続けたいと言う宣言をしたかったのだ。


 マリスが去った王太子の執務室で、セオドアの「?」だらけの思考が再起動し出した。


 …………それで…………マリスがなんだって?


 セオドアは、混乱していると言うより、なんと言うか、知らない異国の言葉でマリスが話すのを聴いていたような気分だ。

 セオドアは、とりあえずと執務を再開した。

 書類をめくって、片付け、また次の書類をめくって、片付け……


 ガターーーーーン


 セオドアは、椅子から立ち上がった。

 勢いが付き過ぎて、椅子が転倒し、インク壺が倒れて、書類箱がひっくり返った。

 窓辺に居た小鳥たちも驚いて飛んで行った。

 何事かと、執務室の前で護衛をしていた騎士が入室してくる。


「殿下、どうされましたか?!」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ………」

「殿下っ!!! 人を、至急呼んで参ります!! 誰か!!」


 セオドアのただならぬ様子に、護衛騎士は、医師を呼んだ。

 セオドアは、そのあと、無理矢理寝かされることになる。




 ゼントラン王国は、二つの大国、西の王国と東の王国に挟まれており、賢い王と武術に優れた王妃が治める国だ。

 運命のように出会った二人は、互いが互いの唯一になり、国は栄えたと言う。


                              「了」

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