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40/42

40 火災

 王ステファンと王太子セオドアの、二人だけの会談がちょうど終わったところに、急ぎの知らせが入った。

 それによると、王立騎士団の施設で爆発騒ぎがあり、火の手も上がっているようだ。


「分かった」


 第一報を聞いたステファンは、ティーガー騎士団団長が冷静に対処するだろうから、自分は黙ってその報告を待とうと構えた。

 王が騒げば、無駄に人員を割くことになる。


 しかし、次の報告を聞いて、思わずステファンは立ち上がった。

 なんと、王妃のナターリエがいる場で爆発が起こり、現在、ナターリエ自身も火災に巻き込まれているらしいと言うのだ。

 火事は建物の四階で起きており、今も消火中だと言う。

 避難が進んでいるのかも含めて、現場の状況はよく分からない。

 騒ぎが女性のみが立ち入れる場所で起こっているため、情報収集にも消火活動にも支障が出ているのだと言う。


 セオドアはすぐさま飛び出した。


 ◇◇◇


 奮い立ったナターリエの指示を受け、地上にいた者から四階の窓辺に錘を付けたロープが何本か投げられた。

 まずは少女たちを火災現場から逃し、それ以降は消火に力を注ぐ方針が、ナターリエから伝えられた。

 ナターリエも手伝って、四階では女騎士たちがロープを掴み、ロープの先は三階の窓から中に引き込まれた。

 見学会に参加していた少女たちは一名ずつ、腰にも命綱を巻き付けられた上で、ロープ伝いに三階の窓まで降りた。

 四階から下を見下ろせば、かなりの高さだ。

 だが、足手まといにならぬよう、誰も泣き叫んだりはしなかった。

 女騎士たちも必死に支えた。


 最後の少女が三階に降り立つと、四階に残ったのは、ナターリエとナターリエに従う女騎士が二名、自分で歩けないサーラとジーナ、そして、動けない二人に付き添うことを申し出たマリ―アだ。

 三階にいた騎士が四階に登ろうとすると、ナターリエから声がかかった。


「貴方はそこに居て! 給水袋をロープに付けなさい。引き入れるから!」


 重傷を負っているサーラとジーナを窓から三階や地上まで降ろすことは出来なかった。

 ナターリエ自身も、今の状態で自分ではロープを使えない。

 ナターリエだけを救助するために、何人もの人員が必要になる。

 ナターリエは、その労力を火を消す作業に充てることにした。

 ナターリエは、火の勢いを抑えるために、今度は、騎士たちが遠征のときに使うために備蓄している革製の給水袋を持ってこさせ、ロープで引き上げ、手分けして消火に当たった。


 しかし、一旦下火になった炎が何かに引火したようで、急に火の威力が増した。

 とうとう燃えにくい素材でできているはずの絨毯までもが焦げだした。

 床が燃えれば、逃げる場所が無くなる。

 そのとき。


「王妃殿下! 窓辺から少し離れて下さい!」


 地上で叫ぶ者があった。

 そう言えば先ほど、ロープを四階まで投げ入れてくれたのも、その者だった気がする。


 ナターリエは、窓から横に体を避けた。そこに。

 ひゅん、と、給水袋が空から飛んで来た。

 給水袋は人間の頭ほどの重さがある。

 ぶつかっては危ないので眺めていると、給水袋は正確に次々と投げ入れられ、そしてそれが止んだ。


「王妃殿下! 水を出したら、袋を外に投げ落として下さい!」


 ナターリエと女騎士とマリ―アも手伝って、投げ入れられた水を急いで捲いた。

 なんだかマリ―アは笑っている。


「マリスっ! 今から袋落とすからね!」

「えええっ?! なんで?! お母さん??!!」


 地上から給水袋を投げ入れていたのはマリスだった。

 地上から四階の窓まではかなりの高さがある。

 窓もさほど大きくはない。

 しかし、マリスは正確に、その窓目掛けて大量の給水袋を投げ入れたのだ。

 因みに、一人でではない。

 セオドアと向かい合わせになって呼吸を合わせ、狙いの真ん中に、給水袋を放り上げた。


 マリスは、最初、四階まで壁伝いに登ろうとしたが、怪我を負った者が、背負われて降りてこられる状況では無いと分かり、下から投擲で援護する方向に切り替えた。

 セオドアとやり取りしてそうしたはずだが、ほとんど会話をしないまま、瞬時に二人の心は決まった。

 こう言うのを、阿吽の呼吸と言うらしい。

 マリスとセオドア。二人はときどき、そんなふうにお互いを通じ合わせることができる。

 そしてそれが、マリスにもセオドアにも、とても心地が良いのだ。


(……なんだろう……すごい一体感……)


 大変な状況下でも、鼓動が響き合うように気持ちが重なる。

 愛しさが一層……募る。


(この人のことが、好きだ……)



 何度か繰り返して、先ほどまで怒り狂っていた火が収まってきた。

 そしてやはり、炎が鎮火された廊下側から、騎士団の消火服を纏った男性騎士たちがナターリエのいる談話室に入ってきた。

 男性騎士の先頭にいたのは、ステファンだ。

 王自ら男性立入りの禁を破ることで、訓練された消火隊員が躊躇無く活動に当たれた。

 すぐさま、重傷の二人が医務室へと運ばれていった。



 そして、王であるステファンは、着方もよく分からない消火服をなんとか体に巻き付け、前髪を盛大に焦がして、ナターリエの前に跪いた。


「良かった! 私の女神! ナターリエ、貴方が無事で」


 掛けていた眼鏡も割れている。

 用をなさないので、ステファンは、それを外した。

 いつも前髪と眼鏡で隠れているその顔立ちは、セオドアによく似ている。

 歳を重ねてもその秀麗さは変わらない。


「陛下、ステファン、お顔が良過ぎます」


 なんだか可笑しくなって、煤だらけのナターリエはステファンを抱きしめた。


 ◇◇◇


 ナターリエ王妃を庇って大怪我を負った女騎士サーラ隊長は、一命をとりとめた。

 火傷が酷く、回復するまでに時間がかかりそうだが、サーラはリハビリにも意欲的だ。

 とにかく、ステファンがサーラに恩義を感じ入り、最大級の治療を施すために、国内外の高名な医師を呼び寄せている。



 ジーナも死なずに済んだが、体に麻痺が残ることになった。

 そしてジーナは、自分が火薬を仕込んだことを自白したので、そのまま投獄された。

 爆発の騒ぎで奇跡的に死者は出なかったが、これまでに重ねた罪も大きい。

 刑が決まるまでは牢の中で、ジーナの知る薬や毒についての知識を書き記すよう言い付けられ、ジーナは抗うことなくそれに従った。

 その作業のために、手が不自由になったジーナをマリ―アが手伝った。

 マリ―アの願いにティーガーが口添えしてくれたのだ。


 マリ―アも、ジーナも、お互いが姉妹なのだと思っている。

 実際、二人は従妹のようだが、二人にはもう、それも些末なことだった。

 繕う必要が一切無くなったジーナは、憑き物が落ちたように、マリ―アと接している。


「私、マリ―アを殺そうとしたのに……」

「でも、殺さなかったでしょ」

「たまたま、マリ―アが運が良かっただけだと思うけどね。でも、今は……あなたが生きてて良かったって……勝手だけど、思うわ……」

「ジーナ、私ね、夫を亡くしたときに、一生分の悲しいを経験を済ませてしまったと思ってるの。だからね、残りの人生、運が良いのよ」


(私は……私も、運が良いのかな? 最期にマリ―アに会えたから)


 ニッコリ笑うマリ―アに、ジーナは、そっと微笑み返した。



 余談だが、騎士団内に置かれた火薬を最初に見つけたのは、清掃を受け持つ課の課長だ。

 課長は自主的に清掃状況を見回っていたのだ。

 少し前、意欲的な担当官吏により、王城内の清掃体制が抜本的に見直された。

 そのため、王城に勤める清掃職員の意識が高まり、このような見回りも不定期で行われていたのだ。

 その官吏のやる気に火をつけたのが、他でもないセオドアであることを知る者は、ほとんどいない。

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