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37 運命かと思えば

 東の王国から戻ったばかりの王太子セオドアと王ステファンが二人だけの会談を行っている頃、王妃ナターリエは王立騎士団を訪れていた。

 今日は以前より計画されていた、女騎士や女性騎士を目指す少女たちのための見学会が王城内で催されている。

 そして、来賓として、王妃自らが顔を出すことになっていたのだ。

 王立騎士団中央棟で待機していたナターリエは、少し前、フードを被って顔を隠し、女騎士たちを引き連れて見学会が行われている南棟に向かった。

 予期せぬ来賓(サプライズゲスト)の登場に、少女たちの歓声を上げる姿が目に浮かぶ。


 先ほどまで、控室として王妃が訪れていた騎士団団長室に、団長であるティーガー宛のメモを持って、秘書官が入室してきた。


「こちら、団長閣下のご自宅の騎士殿より、伝文をお届けに参りました!」

「ふむ、ご苦労」


 ティーガーは伝文に目をやった。

 そこには、こう書かれていた。


「マリ―ア様は、予定の通り、友人のキャロル嬢の招きで王城に入られました。

 その後、マリ―ア様たちは騎士団南棟の女子階に上がられましたので、自分は入ることができず、南棟の前で待機しています」


 伝文を送って来たのは、ティーガーの自宅であるブリッツオーフェン侯爵家の男性護衛騎士で、マリ―アが、男性の立ち入りが禁止されている女性専用の入口から建物に入って行ったことを知らせてきていた。

 この護衛は、念のためとティーガーに報告しているが、騎士団の建物内にいるのだから、護衛対象に危険はないだろうと考えているのが伺える。

 伝文に記載されている時刻は、ほんの少し前だ。

 この護衛は、今日、王族がその建物を訪れるとは思っていないはずで、後から王妃がやって来るのに気付けるだろうか。



 現在、ティーガーは自宅に、マリスの母マリ―アを逗留させている。

 マリ―アは、故郷の方にも遅れて聞こえてきたマリスの醜聞を知って心配を募らせ、意を決して王都まで様子を見に来たのだ。


 因みに醜聞とは、出過ぎた真似をして剣術大会で王太子を負傷させたマリスと言う女の騎士が、恐れ多くも王太子の側仕えに収まって、王太子や王太子の側近に不埒な行いをしている、と言うものだ。

 噂には尾ひれが付き、その醜聞騎士は、秘薬や魔術を施して、高貴な方々をだまくらかしていることになっていた。

 信じがたいことだったが、マリスに手紙を送っても、「心配なことは何も無いよ」と詳細を伏せた返事が来るだけ。

 だから、マリ―アは自分の目で確認するしかなかったのだ。


 醜聞は事実無根だったが、醜聞で騒ぎになっていることは実情だった。

 マリスは、母に気苦労を掛けまいと、具体的な話をすることは避けていた。

 ところが、マリス自身が知る以上に噂の内容は醜悪だった。

 元来がのんびりしたマリ―アも流石に不安を感じた。


 そしてなんとか王都に着いたマリ―アが騎士団の受付で問い合わせたところ、なんとマリスは今、とある公爵邸に住んでいると言うではないか。

 それならばと、今度はケビンに面会したいと伝えたら、ケビンも不在だと言われてしまった。

 マリスの立ち位置がよく把握できないまま、マリスが居ると言う貴族の邸に伝文を送ってもらうことは憚られたので、困ったマリ―アは、ティーガーを訪ねることにした。

 シャールが王都に滞在する際は、ティーガーのところに泊っているのをマリ―アも知っていたからだ。


 マリ―アはティーガーから、マリスのこと、ケビンのこと、シャールのことも聞いて、そして安堵し、誰にも会わないでこのまま故郷に戻ると言っていたが、ティーガーがそれを引き留めた。

 そのときティーガーは、王太子がマリスにご執心であることは言わなかった。

 ただ、マリスが大変に気に入られて大抜擢されたことは伝えた。


 ところでシャールは、ティーガーに背中を押されてマリ―アに会いに行ったはずだったのだ。

 そのはずだった。

 しかし、どうしたことか、シャールは旅先で厄介ごとに首をつっこんだようで、マリ―アとは行き違いになってしまった。

 ちょうど、セオドアの潜入計画の準備も始まっていて、母親だとしてもマリスに外部の人間を会わせるのは憚られたこともあり、ティーガーはシャールが戻るまでと、マリ―アに邸で待ってもらうことにした。

 ところが、そのシャールが中々戻って来ない。


 しかもゆく先々で、ティーガーに一方的な手紙を寄越しては、あれこれ頼みごとをしてくるくせに、こちらからの返事を待たずに移動してしまうため、連絡が付かなかった。

 そしてその内、とうとうシャールは東の王国にまで行ってしまったのだ。

 ただその後、老王を倒して新政権の後押しをすると言う、大活劇を演じた(ことになっている)シャールは、今は、ゼントラン王国へいつでも戻れる状態だが、東の王国の新政権樹立を公表するタイミングで華々しく凱旋する演出をするために、帰国の日程を図っているところだった。

 セオドアが秘密裏に今日戻ったので、シャールも近日中に、大歓声を伴って帰って来るはずだ。

 ということで、シャールはまだ戻っていない。


 ティーガーはマリ―アを歓待し、マリ―アが退屈しないように、マリ―アの外出も許している。

 そして、マリ―アに断った上で、陰の護衛を付けていた。

 陰の、だから、姿を隠したまま後ろから付いて行く護衛だ。

 マリ―アは、特に命を狙われているといった状況でも無いが、王都に不慣れなことと、英雄シャールの親族であり、王太子の側近で専任騎士を務めるマリスの母親なのだから、外出の際は、そんなふうに護衛を帯同してもらっていた。


 しばらくすると、マリ―アは、王都に来る途中で出会った女性と、王都で偶然再会した。

 マリ―アは、ティーガーの言いつけを守って、自分が伝説の剣士や王太子とも一応は繋がりがあることを、その知り合いに話してはいない。

 だが、知り合ったそのキャロルという女性が、実は、王立騎士団の施設で働いているメイドだと聞いて、マリ―アは興味津々だ。

 娘のマリスの、今となってはもう古巣にはなるが職場だったのだから、話を聞いたり、実際に見たりしたいと思うのも当然だろう。

 それに、団長のティーガーに案内されるより、一職員が見る景色に心惹かれるのも理解できる。

 そしてマリ―アが興味を示したからか、キャロルは、同僚が休む穴埋めのために、職場の上司に掛け合って、マリ―アに職場体験の場を設けてくれたそうだ。

 話を聞いたティーガーが、商工会の伝手でマリ―アの紹介状を用意してくれたこともあり、ちょうど人手も足りなかったらしく、キャロルの職場の了承はすぐ得られた。


 そもそもマリ―アは、王都でマリスとしばらく暮らせるように、職探しをしようかと職業案内所に立ち寄ったこともあるそうだ。

 でもマリ―アは、育ての両親から「目立たないように生きなさい」と言われたことを思い出して、それを取りやめていた。

 マリ―アは働き者だ。

 侯爵邸で客人として持て成されているより、キャロルの職場に入らせてもらうことの方が、ずっと楽しいに違いないとワクワクしていた。


 マリスが将来王妃になるかもしれないことを考えると、許可しない方が良かったのかもしれないが、とにかく、ティーガーも一日ぐらいならと、マリ―アの希望を叶えることにした。


 それにしても侯爵家の護衛の報告によると、マリ―アは、ナターリエも向かった騎士団南棟の四階、通称「女子階」に、偶然にも今いるらしい。

 マリ―アとシャールとソード、ナターリエ王妃とステファン王、そしてそして、マリス騎士とセオドア王太子。

 ティーガーには、まるで見えない糸のような何かで、皆が繋がっているような不思議な縁を感じ入ってしまう。



 しかし、ティーガーはまだ知らない。

 この運命が絡まった先に、東の王国の秘密と、キャロルを騙るジーナもいることを。

 そして、ジーナが今日、マリ―アにしようとしていることを。

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