35 有能メイドかと思えば
「キャロル、疲れたでしょう? 用具を片付けたら、今日はもう上がりよ」
「はい、大丈夫です。お疲れ様です」
先輩メイドに言われて、薄茶色の髪をお下げにしている小柄なメイドが、清掃用具を持って、倉庫に入って行った。
キャロルは、ゼントラン王国の王城内にある王立騎士団本部で、清掃員として働くメイドだ。
王城内での仕事は、彼女のような平民にとって、大変良い仕事だ。
そして、身元がしっかりしていないとその職に就くことはできない。
地方の中核都市からやって来たキャロルも、職業安定所と領地の代官からの紹介状を持って、王城までやってきた。
最近のことだ。
仕事が丁寧だと、キャロルの評判はいい。
手際の良さを見込まれ、上司から残業を頼まれることもある。
キャロルは、嫌な顔もせずにそれに応じている。
それにキャロルは、他の職員が休む日も早朝も、人手が少ない中でもせっせと働いている。
勤勉で有能なメイドのキャロルは……本当の名をジーナと言う。
東の王国で、老王を父として生まれたジーナは、幼少期から工作員として育てられ、老王の命を受けて、ゼントラン王国や西の王国で様々な陰謀に手を染めたが、それらに失敗した今は追われる身だ。
ジーナは王族のはずだが、老王は、ジーナの赤銅色の髪色が気に入らないと言って、ジーナを王女として扱わなかった。
一方で、ジーナの少女時代、ジーナと同い年なのに、王女として傅かれる生活をしていた明るい赤髪の少女のことを、ジーナは知っていた。
その子は、ジーナを哀れんで、お菓子や綺麗なレースのハンカチをジーナに恵んでくれた。
それは、単に、自分より不幸な境遇のジーナを見て、優越感に浸りたいがための行為だったかもしれないと今なら思うが、それはもう確かめようがない。
ある日突然、その王女が姿を消すことになったからだ。
老王の命令で、ジーナがその子に毒入りのお茶を飲ませた。
盛大に吐血して死んだ遺骸の片付けも、惨状を湛える部屋の掃除も、ジーナがやった。
ジーナは自分が幸運だと思う。
工作員としての役割がジーナを生かしてくれたからだ。
工作員ジーナは仕事が出来る。
あるとき、弟にあたるゴルド王太子の手伝いを老王から仰せつかった。
任務がある。
そのことに意味があった。
ジーナは、自分では何もできないゴルドを助けた。
同時に、西の王国の王女を貶めたり、ゼントラン王国の王子を薬漬けにしてやろうと画策した。
上手く行かなかったが、それで諦めるわけにはいかない。
ジーナの能力を示し続けることが、ジーナの生きる意味なのだから。
(王城の中で、騎士団の建物ぐらいしか入れなかったのは残念だけど、それでも、一定の成果は得られるはず)
ここ数日来、ジーナは、騎士団内の配管スペースや、使われていない小部屋に火薬を仕込む目星を付けている。
細かい部分を掃除するための用具鞄を持ち歩くジーナは、怪しまれずに、行動することが出来た。
火薬は、一つ一つは大きくないが、同時に多所で着火すれば、このところ、やられっぱなしのゼントラン王国に、一矢報いることができるだろう。
それを手土産にして、また新たな使命を老王から賜るのだ。
まず火薬だけを設置して廻り、天気と空気の乾燥具合を見て、発火装置をまとめて仕掛ける予定だ。
ジーナは、仕事が休みの日、城内の宿舎を出て城下に降りた。
発火装置に使う線香などの材料を揃えるためだ。
ジーナは、ゼントラン王国内にも、工作員の手下を少数だが従えている。
そのため材料の調達も手下に指示してやらせることが多いが、今日は、城下での情報収集も兼ねて、自ら買い出しを行う。
(ゼントランの王都を歩くのも、これが最後かしら)
以前、タチアーナ王女の侍女として訪れたカフェの近くを通ったジーナは、なんとなく足が向いて、そのカフェの店頭販売コーナーを覗いた。
あの日、ジーナが見たのと同じ焼き菓子が目に入った。
あの日、その焼き菓子を口に入れる間抜けな王女を眺めながら、いくつかの企みが一気に片付きそうな可能性に気付き、ジーナはほくそ笑んでいた。
でも、結局失敗した。
一体何が、悪かったのだろう。
西の王国で、便利に使っていた子爵親子がいたが、その奥方から情報が漏れたらしいことは、西の王国に潜り込ませている手下から報告を受けている。
それにしても、あのキラキラの太陽王子が、思った以上に切れ者だった。
あの王子のせいで、ゴルドが捕縛されてしまった。
まあ、ゴルドのことはもういいだろう。
ジーナがゴルドに一切仕事を与えなかったから、東の王国のゴルド王太子はなんの役にも立っていなかった。
しかし、それにしてもゼントランの王太子は厄介だ。
少し前から、西の王国の学術院院長を務める大臣がゼントランを訪問している。
セオドアは、その大臣からの講義を毎日受けているそうだ。
御立派なことだ。
しばしば、騎士団の施設にやって来ることもあったセオドアだが、近頃はその授業がある為らしく、まったく顔を出さない。
(やっぱり、あの太陽王子が、一番面倒だわ。王陛下があいつを亡き者にしたいと躍起になっておられるのも頷ける。あいつを……なんとか、殺せないかしら)
考え事をしていたジーナが、店頭販売の菓子を選んで売り子にお金を渡したところで、ジーナに突然、声を掛ける者があった。
「あっ! あの……って、いえいえ……ついうっかり、声掛けちゃった」
ジーナは警戒して振り向くが、自分は、今、キャロルとして王城に上手く潜り込めているのだから、変に動揺を見せてはいけない。
しかし、ジーナが振り返った先にいたのは、まったく知らない女性だった。
職場でも、見掛けたことはないと思う。
ジーナは平静を装って尋ねた。
「あの……どちら、さま?」
人気のカフェの販売コーナーには、菓子を求めて、多くの人間がいた。
そんな中、店員がジーナに商品を渡すと、
「ああ、それ! 美味しいのよね!」
ジーナが、「誰か」と聞いているのに、勝ったばかりの焼き菓子の話が始まって、この話の通じなさに、ジーナは若干思い当たる節があった。
女性がジーナに言う。
「……ああ、いえ、ごめんなさい。違うの、つい声を掛けてしまったけど。あなたと私、別に知り合いじゃないのよ。私が一方的に、あなたを見掛けたことがあっただけなの。
でも、王都のような人の多いところで、偶然また会うなんて、ちょっとびっくりしてしまって……気にしないで」
気にしないでと言われても、そう言うわけにはいかない。
そして、ジーナはある結論に達した。
(この女、あのときの……)
街道沿いのそこそこ大きな街で、赤銅色のジーナの髪を染める染粉をジーナにくれたのが、この女ではないのか?
前回、グレーのフードに隠れていて顔は見えなかったが、そう言えば、声と雰囲気が似ている。
ジーナは、今はよくある茶色い髪のカツラを被っているし、あの日のようにローブも纏っていない。
しかし、この人の良さそうな顔付きをした、ジーナより少し年上だろう女性は、ジーナが分かったようだ。
「あの! もしかして、あのときの親切な……」
ジーナは、偶然の再会に嬉しさを込めた声音で、女性に話しかけることにした。
そうなのだ。
ジーナは、この人を、消さねばならない。
ジーナは、女性と連れ立って、噴水広場にやって来た。
途中で飲み物も買って、二人でベンチに腰掛けた。
女性の方から声を掛けてきたにも関わらず、ジーナが少し話したいと言ったことに、最初戸惑っていたようだが、気が良い人間のようで、断り切れず、結局ジーナに付いて来た。
「まあ! キャロルさん、王城の騎士団の施設で働いているのね」
「ええ、マリ―アさんに会った職業相談所でその仕事を見つけたんです」
「キャロルさん、この焼き菓子やっぱり美味しいわ」
「そうですよね。私も前に美味しいと聞いたことがあって、今日はそれを思い出してお店に寄ったんです」
マリ―アと名乗った女性は、平民のようで供は連れていないが、かなり仕立ての良いワンピースを着ていた。
でも、いつもは手袋で隠しているようだが、焼き菓子をつまむために手袋を外した手からは、貴婦人と言うより働く者であることが伺えた。
それにしても、キャロルを騙るジーナは、なぜ、皆が気に留めなかったのに、マリ―アだけがジーナの髪色に注意を向けたのか、一応確認しておく必要もあった。
あの日あの時間、空は曇り夕暮れ時にも近く、室内は薄暗かった。
他に気に留めた人間はいなかったはずだ。
東の王国内ならともかく、ゼントランでならば、見慣れぬ赤髪に全員が反応するわけでは無いのだ。
ジーナは、だから、マリ―アにニコニコと問いかけた。
「あの、それで、マリ―アさん、私に以前、親切にして下さいましたが……どうして、アレを下さったんですか?」
ゆっくり仲良くなってそれから探る、などと言う必要はないと判断した。
ジーナは、マリ―アをさっさと始末することにして、単刀直入に聞いてみた。
マリ―アは、それを尋ねられると予想していたようで、苦笑した。
赤い髪色のことは、マリ―アの方も、あまり突き詰めたいことではないらしい。
それでもその微笑は温かく、それでいて、どこか気品のようなものも感じさせる。
そしてその瞳が、何故か誰かに重なることに、ジーナは気が付いた。
マリ―アは、少しだけ考える風に、自分の手を見つめた。
そして、キャロルの手の上に自分の手を置いて、それから、キャロルの目を見つめて静かに言った。
「あなたがもし、その髪のことで辛い目に遭っているなら、私、あなたを救いたい」




